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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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22. 思惑の夜⑵


 シャンパール王国王都のほぼ中心にシャンパール城は聳え立っている。二百年前は砦だった城は堅牢な城塞で、物見櫓を兼ね備えた二つの塔が武骨さを物語っていた。


 二百年、ろくに手入れのされていない城壁はあちらこちらが崩れたり、剥がれたりしている。夜であるのに篝火は少なく、最低限の灯りが城を照らしていた。


 威厳ある壮年の男は夜半、静まり返った城の中を塔へと進む。兵や灯りの少ない城内に男の靴音だけがやけに響いていた。螺旋階段を登り、最上階の一室に辿り着く。静かにノックすると、応えの声が聞こえた。扉を開けて中に入る。


「殿下。少しよろしいですか」


 男が頭を下げると、机を照らす灯りで書類を書いていた少年―――アルフレッド王子が顔を上げた。


「やあ、宰相」

「夜分にすみませぬ」

「構わないよ」


 アルフレッド王子はペンを置き、宰相を見た。しずしずと近づいた宰相は、机の一歩手前で止まると、やや神妙な顔をする。


「―――――本物でございました」

「……………そうか」


 アルフレッド王子から安堵の溜め息が洩れた。ドサッと背もたれに身体を預ける。


「これで、首の皮一枚繋がったか………」

「諦めかけておりましたので……。この時期に得られたのは僥倖でございました」


 いつも顔色の悪い宰相も、今宵ばかりは頬が紅潮している。


「支払いは出来そうか?」


 アルフレッド王子はもう一つの懸念を口にする。それが……、と宰相は言い淀んだ。


 やはりか、とアルフレッド王子は嘆息した。


 元々この国は百五十年程前に滅んだとある大国の一領地だった。当時ダンジョンは呪いを吐くと思われており、二百年前、この地に突如現れたダンジョンを恐れた当時の国王は領主ごと領地を捨てたのだ。その時の領主が初代シャンパール王であり、アルフレッド王子の先祖である。


 ダンジョンが生まれる土地はしだいに痩せ、農作物が育たなくなる。初代シャンパール王はそれがダンジョンの魔物を退治すれば収まることを発見し、冒険者ギルドを誘致して、土地の退廃を防いだ。それは今も続いているが、ダンジョンの生まれる速度と魔物の発生の速度に対応が追い付かず、土地は年々痩せるばかり。収穫量は減り、さらに魔物による作物の被害もあり税収は毎年赤字である。とてもではないが余剰の金はどこにもないのだ。


「価値としましては金貨百枚でよろしいかと」

「十枚は渡したから残りは九十枚か」


 その十枚もアルフレッド王子が腹心の近衛騎士と共に冒険者として稼いだお金である。五歳で登録して四年経つ。昼は冒険者として魔物を狩り、夜は王子として執務を勤しむ。それがアルフレッド王子の日常であった。


「五十枚はご用意できたのてすが……」

「四十枚は、足りないか……」


 宰相は懐から金貨の詰まった袋を取り出して机に置いた。アルフレッド王子は袋を開けて中を確かめる。


「今年は不作も続き、魔物の襲撃も相次いで昨年の半分も収穫できませんでした。品質もかなり落ち、ワインの出来も例年の半分以下。農家への補填を考えますとこれ以上は出費できませぬ」

「いや、十分だよ。残りは僕がギルドで稼いで渡すよ」


 アルフレッド王子は壁に立て掛けてある剣をチラリと見た。


「申し訳ありませぬ」


 宰相は僅かに頭を下げた。


「それにしても、よく五十枚も集められたね」

「我々大臣の給料と王家の食費を減らしました。しかし我らとて生活がありますれば、これ以上は難しいかと」

「なるほど。わかった。……交渉は委せても構わないかい」

 

 宰相は胸に手を当てて深くお辞儀をした。


「身命にかけて、必ずや回避して見せます」

「うん。頼むよ」


 宰相の退出を見届けて、アルフレッド王子は立ち上がり、窓辺に近づいた。


 王都の夜は薄暗い。街に城に灯りが少ないからだ。城の退廃は気にならないが、街の国の退廃はくい止めなければならない。ましてや他国などに構っている時間はない。


 アルフレッド王子は拳をぎゅっと握った。


「なんとしても、この国を守らなければ……」


 見上げた空には、月がぼんやりと辺りを照らしている。その色はこの数ヶ月求め続けたものにどこか似ていた。


「………帝国は金貨を集めてどうするつもりなんだ……」

 

 呟きは外に広がる闇夜に溶けて消えた。





















読んでいただき、ありがとうございました。

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