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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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19. お預け


「あ、そうだ。お父さん、リリーちゃんとジェドお兄さん、野宿するんだって」


 くるりと振り向いてミナちゃんはアランさんに告げた。アランさんとリタさんは驚いて、


「野宿!いえ、そんなっ。部屋は空いておりますから」

「そうですよ、是非お泊まりください」


 と言い出した。


 これは、野宿の危機?


「………秘薬………秘薬なのか………治りが早いからそれなりの薬だとは思ったけど、まさか………どうしよう…………いくらかな………金貨?…………白金貨か?…………支払える気がしないよ………なんで僕は生きてるんだろう………あのまま死んでたら………いや、今からでも………」


 項垂れてぶつぶつとだんだん物騒な事を呟いているジェドさんの腕をつんつん突っついた。はぁ?と頭をあげるジェドさんに、野宿するよね?、と確認する。


「野宿?いや、そうだけど、それよりも大事なことがあるだろ」


 と、ジェドさんはまたぶつぶつと物騒な呟きを始めた。とりあえず、殴っておこう。よくわかんないけど。ちょっと瘴気出かけてるし。


 ジェドさんの頭をポカリと叩いて、正気に戻した。


「痛てっ。………あれ?僕は何を……」


 痛がるジェドさんの顔を覗きこんで、


「野宿、するよね?」 


 ちゃんと確認する。これ、大事。


「まぁ、そうだね」


 ジェドさんは頭を擦りながら頷いた。そんなに痛い?私、力ないよ?


 少しショックを受けた顔でアランさんが近づいてきた。


「ローラン殿まで。どうしてそこまで野宿に拘るのですか」

「拘るというか、ギルド証は再発行中で身分証明ができないんだ」

「なんだ、そんなことですか。ローラン殿はお得意様です。再発行されてから見せてもらえれば大丈夫ですよ。お泊まりください」

「うちは素泊まり程度で宿としてのサービスはありませんが、野宿よりはゆっくり休めますよ」


 リタさんも薦めてきた。


 この流れは、まずいよね。ハンモックの危機だよね。


 ジェドさんは少し神妙な顔で私を見つめてきた。私も少し緊張する。


「リリー、ちゃん?さん?様?」

 

 ちょっと身構えていたのにがくりと力が抜けた。


「…………ちゃんでもさんでも呼び捨てでいいから様はやめて」


 今はただのハイエルフだから!そんな特別感いらないよぉ。あ、ハーフだった。


「ならリリーちゃんと呼ぶよ。泊めてもらえるなら泊めてもらおう。やっぱりこんなに小さいのに野宿は反対だよ」

「ええ?!森は安全だよ?」

「森に行こうとしてたのかい?!河原じゃなかったのか!」

「森の方が安全だもん」

「ええ?!……いや、ハイエルフならそう、なのか?いや、でも……」


 言いよどむジェドさんに、嘘つき、とほっぺを膨らます。だって楽しみにしてたから!リョクのハンモック、試したいんだもん。


 その時、とても落ち着いたシアの声が脳裏に響いた。


《私は宿に泊まることを推奨いたします》


 ガーンと木槌で叩かれたような衝撃を受けた。少しだけ裏切られたような気持ちになる。じわっと目尻に涙が浮かんだ。


「なんで?どうして?」

「え……涙?そんなに野宿したかったの?」


 ジェドさんの狼狽えた声がしたけど、今は無視だ。


《お忘れですか。大賢者様》

「何を……」


 私は忘れていると言うの?


 机の上で拳をぎゅっと握って考える。


 ちゃんと地上に来たよ。正体がバレない様に自重したよ。冒険者登録もしたし、冒険者が何であるかも聞いた。渦巻く瘴気だってちゃんと浄化したし、人攫いも退治したよ?ハーフハイエルフとして出来てるよね?おつかいの事も覚えてるよ。探してるし、すぐには見つからないのは分かってるし。………シアは何を言っているんだろう。


「ちゃんと、してるのに………」

「いや、まだ野宿はしてないけど、君は頑張ってるよ!頑張ってるからゆっくり休んだ方がいいと思うんだ!」


 喚くジェドさんを見つめた。ジェドさんがうるさい。ふいっと視線を反らしたら、あからさまに、ガーン、と言ってショックを受けた。今はそんなことどうでもいい。


 今は考えなくちゃ。私は何を忘れてる?


 だけど、考えても考えてもわからない。


 焦りから涙がどんどん溜まっていく。視界が歪んで見えなくなった時。


「わかった!野宿するから!ちゃんと約束守るから!」

《大賢者様。今日で二日目です》


 ジェドさんの喚きと重なって、シアの静かな声が答えをくれた。


《二日……》

《時間魔法が切れるのではないですか》


「あっ!!」


 一瞬で涙は引っ込んだ。


 ばん、と机を叩く。


 そうだ。そうだった。今日で二日目だった。今夜か早朝か、魔法が切れる。追跡して掛け直すのは簡単だけど、時間魔法は使用後に時の反動の揺り返しが起こるからしばらくは使えない。一、二時間は元のサイズに戻ってしまう。ジェドさんと野宿してたら、五歳でないことがバレてしまう。それはダメだよね?ギルド証取り上げられちゃうかな?年齢は百歳でも、見た目が三歳だったら規律違反になる?


 たらり、と汗が流れた。これはまずいよね。まだ冒険者らしいことしてないし、ダンジョンコアとも話してない。何もしていないのに終わるのはダメだ。


 くるりとアランさんの方を向いた。


「泊めてください」

「ええ?!」 


 背後でジェドさんが喚いた。


「あんなにごねてたのに!」

「ごねてないよ。考え事をしてただけ」

「そんなっ。僕の覚悟は一体……」

「野宿くらいで大袈裟な」

「大袈裟に野宿に拘っていたのは君だよね?!」

「何のこと?」


 わかんない、と首を傾げると、ジェドさんは半眼した。


「五歳のあざとさに百歳のふてぶてしさ。これがハイエルフ………」


 人聞き悪い。私は素直な五歳児よ。


 ててて、とミナちゃんが駆け寄って私の手を握った。


「リリーちゃん、うちに泊まるの?」

「うん、そうだよ」

「じゃあ、一緒にいられるね!」

「うん!」


 ミナちゃんとにっこり笑いあった。


「リリーちゃん、字は書ける?」

「書けるよ」

「凄いね!まだ小さいのに」

「何年も沢山練習したからね」


 小さな手では上手くペンが持てなくて、何度も何度も線や丸を書く練習をした。魔法で書くのは簡単なのに自分の手では難しい。今でも時々字が歪む。でもこの身体なら、上手に書ける気がするんだ。 


「あ、そうだった。リリーちゃんは百歳……」


 ミナちゃんはちょっと小声で、私は苦手。上手く書けないから、と教えてくれた。じゃあ、今度一緒に練習しよう、と言ったら笑顔で応えてくれた。


「お父さん、宿泊手続き。リリーちゃん、自分で書けるって」


 ミナちゃんに言われて、アランさんはカウンターから書類を持ってきた。ジェドさんと私の前にそれぞれ置く。


「名前をお願いいたします」


 宿泊票と書かれた紙の名前の欄にリリー・ハイレーンと書く。ジェドさんもスラスラ記入した。


「では身分証明になるものをお願いします」


 アランさんは私に小さなトレーを差し出した。その上にギルド証を乗せる。


「お借りいたします」


 カウンターの端に小さな水晶が埋め込まれていた。そこにギルド証を当てると青く光った。


「確認いたしました。宿泊期間はどのくらいでしょうか」


 ギルド証を受け取りながらシアに念話する。


《どうしよう》

《とりあえず一月程泊まられては?》

《わかった》


「「一ヶ月」」


 ジェドさんと重なった。


「なんか仲良いね。一緒の部屋にする?」


 ミナちゃんがにこやかに言うけど、それはまずい。


「ううん、別で」

「なんか急に冷たくないかい」


 ジェドさんがおろおろし出した。何を言っているんだろう。部屋が別は当たり前の事なのに。


「そう?でも別々の部屋をお願いします」

「塩対応!」


 何だろう。この人こんな感じだっけ?性格変わった?


《わかります。大賢者様と触れ合いますと、庇護欲と保護欲を刺激されますから》


 またシアが変なことを言い出した。なにやらジェドさんに共感しているようだけど、無視しよう。突っ込んではダメな気がする。


「リリーちゃん、一人で泊まれるの?」

「うん、大丈夫」

「そっか。料金は先払いなの。一泊銀貨三枚だけど朝ごはんを付けると銀貨四枚、夜ごはんも付けると銀貨六枚だよ。一ヶ月だと、えと、割引があって、朝と夜のご飯付きは金貨一枚と大銀貨五枚になるの。……合ってる?」


 最後はリタさんに確認をとっていたけど、ミナちゃんが丁寧に教えてくれた。ジェドさんは朝ごはん付きで金貨一枚を払っていた。私は朝と夜ご飯付きで支払った。


 ミナちゃんはリタさんから部屋の鍵を預かり、一つをジェドさんに渡した。


「ジェドお兄さんは二階の部屋ね。リリーちゃんは三階だよ。案内してあげる」


 ミナちゃんは私の手を握ると階段へ駆け出した。









 

読んでいただき、ありがとうございました。

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