16. やっぱり……
「僕だって身分証がないとダメなことくらい分かっているんだよ」
ジェドさんはそう言いながらゴソゴソと荷物を漁っていた。
「この町に来る途中で盗賊に会ってね。荷物の大半と持ち金を全て盗られてしまったんだ」
「?この大荷物は?」
「僕の着替え。洗濯前のね」
「えっ?」
絶句する私にジェドさんはパチリとウィンクした。
「ていうのは嘘さ」
「ええ?!」
「はは、驚いた顔してる」
愉快そうに笑って、ジェドさんはまた荷物をゴソゴソ漁り始めた。
「旅商人は盗賊にねらわれやすいからね。これも知恵なのさ。新品の衣服を汚れたように染色する。盗賊は汚れた着替えは持っていかないからね。一番大事な商品はその服の中に隠すのさ。金もそう。盗られても良い最高額を財布にいれて厳重に保管する。残りの大半の金はこの中に隠すのさ」
よっ、とジェドさんが取り出したのは薄黄色くなったヨレヨレのシャツ。少し酸っぱい匂いもしてる。本当に染色なだけ?臭いし汚いんだけど……。
「よく出来てるだろ?匂い袋もあるんだ。商品には匂いは付かないようにしてあるから大丈夫」
そう言ってジェドさんは大銀貨をシャツの中から取り出した。
「足りないとは思うけど、薬代だ」
渡されたのは大銀貨五枚。普通の薬の値段が分からないから確信はないけど、これは多すぎる気がする。
「こんなにいらない」
実質材料費タダだし。
「いいから受け取ってくれ。君は命の恩人だ」
「そういえば、どうして怪我してたの?怪我、だよね?」
「宿屋で君も見てただろ?僕が追い出されるのを。あの後、この川原まで連れてこられてね。ボコボコに腹を蹴られた。多分あのままだったら死んでたかもね」
ええ?!じゃあ、あのシンディさんが?!とてもそんなことを指示する様には見えなかったけど。
「そんな酷いことする宿だったなんて……」
「ああ、違うよ。あの女将さんじゃない。あそこに泊まっている客だよ。余興だとか言ってボコられた」
あ!シンディさんが言ってた柄の悪い他国の冒険者!
「だから本当に助かったんだよ。君がいてくれて良かった、ありがとう」
ジェドさんはにこやかに言い、ようやくシアの警戒が解かれた。
渡されたお金を鞄に締まって気になっていたことを訊いてみた。
「身分証がないって、ギルド証もないの?」
「うん。盗られてしまったんだ」
「また作ってもらえないの?」
「再発行手続きはしたよ。商人には良くあることだからさ。ギルドも慣れているんだ。殺されるよりは素直に従って差し出す方がいいからね。ただ商人ギルドの決まりは厳しくてね。再発行には時間が掛かるんだ」
「商人ギルド?」
「あれ?知らない?商人になるには商人ギルドに登録して売上金の一割をギルドに納めるんだよ。それでギルドの保護を受けられるんだ」
そんなギルドが在ったんだね。知らなかった。歴代は皆冒険者一択だったからね。
「ギルド証の盗難申請をすると、ギルドは盗まれてから申請時までの間にギルド証が使用されていないかを確認して、使用の差し止めをするんだ。その後で新しい番号のギルド証が発行される。その確認に数日かかるんだ。ギルドで泊めてもらおうとしたんだけどいっぱいで無理だった」
「だから色んな宿に突撃したの?」
「突撃って……。まぁ、そうかな。食い下がれば一軒くらいは泊めてくれるかも、と思ってね」
「ジェドさんはこの町は初めてなの?」
「いや?何度も来てるよ。年に三回くらいかな」
「じゃあ、何時も泊まる宿に行けばいいじゃない。毎回違うの?」
「それがさぁ、地図も盗られちゃってね。宿の名前も忘れちゃったし、分からないんだよ」
はぁ、と深い溜め息を吐いて、ジェドさんは項垂れてしまった。
「何時も泊まる宿はさぁ、入りくんだ場所にあってさぁ。この町はダンジョンで栄えてるだろ?人が増え続けていて増改築が激しいんだよ。来るたびに地図が変わっててさぁ。もう迷路だよね。地図なしでは辿り着けないんだ」
もう今夜は野宿だよ、とジェドさんは呟いた。
なんか可哀想。野宿ならハンモックあるし、一緒にしてあげてもいいよね。あの森なら安全だし。確か三件目の宿は食事処だったよね。そこでご飯食べてから森に行けば……うん。これがいいよね。ジェドさんは怖くないし、大丈夫。
「ねぇ、野宿なら私も一緒にしてあげるよ」
「え?いやいやいやいや、ちょっと待てよ。こんなに小さいのに野宿とかダメだろ。可愛い女の子が見ず知らずの男と一緒に野宿なんてしてはいけません!」
クスッと思わず笑ってしまった。この人は良い人だ。とっても。
「笑い事じゃないんだよ。君は身分証が有るんだろ?宿に泊まれるじゃないか。まさか、ない……のか?」
「あるよ」
ギルド証を見せた。
「冒険者、なのか?」
「うん。今日、なったの」
「今日?」
「そう、さっき登録したの」
「そうか。小さいのに偉いな。頑張れよ」
一瞬戸惑いながらも手が伸びて頭を撫でてくれた。ぎこちないけど優しい手つきだ。少しごつごつした感じは剣を握るから?商人なのに?はてな?
「ジェドさんは剣が使えるの?」
「どうしてだい?」
「手がごつごつしてる」
「ああ、剣だこか。そうだよ。旅商人は短剣を持つよ」
「それなのに盗賊に襲われたの?」
「短剣は盗賊用じゃなくて、魔獣用。食料はなるべく現地調達しないとさ、運ぶ商品が減ってしまうだろ。ホーンラビットくらいは倒せるよ。肉は僕の食料。角は売り物になるしさ。大商人になれば護衛を雇えるけど僕みたいな駆け出し商人は自衛が鉄則なんだよ。食料は自力で調達、盗賊からは全てを渡して命は守る」
「大変なんだね、旅商人て」
「そう。だから僕は一人でも大丈夫。君はまだ明るいうちに宿を探した方がいい。話し相手になってくれてありがとう。元気が出たよ。君は優しい子だね。さてと僕も行くよ。野宿の場所を決めないとね。ホント助かったよ。じゃあね」
大きな荷物を背負って、あれ?さっきよりも軽く感じるな、と呟きながら歩き出すジェドさんの手を掴んだ。ん?と下を向いてくれた。
「リリー・ハイレーン、です。これで知らない仲じゃないよね?一緒に行こ」
「いや、それ、強引過ぎないか?」
「自己紹介し合えばもう知り合いでしょ?問題ないよね」
「いや、有りすぎだろ」
「いいから、いいから。まずはご飯を食べに行こう!」
やれやれと諦めの溜め息を吐くジェドさんの手を握り、道へと戻った。
ご飯、何かな?美味しいといいな!
《ハンモック確定でご機嫌ですね。大賢者様。最初から野宿で良かったのでは?》
シアが何か呟いていたけど聞こえなーいよ。
ご飯、楽しみだなぁ。
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