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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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8. 誘惑


「こ、こんにちは」


 おずおずと見上げながら声を掛けた。


 だってシアが《まずは挨拶からです》って言うから。


 門番の大男は革の胸当てと革の兜といった簡易的な装備をしていた。門番は腰の剣から手を離し、じろりと見下ろしてきた。


「こ、こんにちは!」


 もう一度挨拶してみた。今度は頑張ってにっこり笑ってみた。


 少し声が上擦ったけど、大丈夫だよね?人間の言葉、話しているよね?


 どきどきしながら見ていると、大男はにへらっと相好を崩して、徐にしゃがんできた。


「うっわっ、可愛い子だな。初めて見るかぁ?どうしたんだい、お嬢ちゃん。一人なのかい?」


《大賢者様が可愛いのは当たり前です》


 シアが可笑しな事を言い出したけど今は無視で。


「は、はい。その……えっと……町に入りたい、です《でいいんだよね?》」

《もちろんです。流石です》

「そうか。認定証か通行証かギルドカードは持ってるか?」

「え、えっと……《なにそれ?!どうすればいいの?》」

《落ち着いてください。大丈夫です。無い事を告げてください》

「持ってないの…………どうすればいいのかな?町に入れない?」


 もじもじしてたら門番が頭を撫でてくれた!―――――良い人だ!


「大丈夫だぞ。心配はいらない。こっちに来て、この水晶に手を当ててくれれば町に入れるぞ」


 門番に連れられて、小さな部屋に入ると机の上に三十センチくらいの水晶柱が置いてあった。


 あ、あれ。告解の水晶かな?犯罪者かどうか判別するやつ。二代目が自棄で作ったって記録にあった。世界を作り替えるときに残す人と切り捨てる人を選抜するために造ったって。記録では巨大な水晶山になってたけど、まだ残ってるんだね。まあ、便利だもんね。


 言われた通りにペタリと手をつけると、ピカー!と青く光った。


 うわっ、びっくりした!


 そうだった。光るんだった。犯罪者は赤く、それ以外は青に。


 驚いて固まっていると、ぬははっと門番は笑って飴をくれた。―――――良い人だ!


「さあ、これをなめて、通っていいぞ。気を付けてな。どこに行くんだ?」

「ギルドってところ」 

「ギルドか。冒険者ギルドなら、この通りを真っ直ぐに行って、噴水を右に行った所にあるぞ」

「えっと、真っ直ぐで、噴水を右。うん、わかった」

「気を付けてな」

「ありがとう」


 手を振る門番に小さく返して門をくぐった。


 二、三歩歩いてはた、と止まる。


 ―――――今、私、『人』と普通に会話したよね?ふ、不自然じゃなかったよね?


《どうかしましたか?》


 シアが心配そうに訊いてきた。


《私、変じゃなかった?普通に『人』と会話してた?》

《大丈夫です。何も問題はありませんでしたよ》

《そっかぁ。良かった》


 安堵して前を見た。そこには、記録でしか見た事の無い『人の町』が広がっていた。


 石の敷き詰められた道。これって石畳って言うんだよね?馬が四角い木の箱を牽いてる。………馬車だ。馬車だよね?荷物運ぶんだよね?あれは……そう!お店だ。野菜や果物が並んでる。人も沢山。細い人太い人、大きい人に小さい、子ども?かな?

ああ、確かに!金髪、茶髪、緑に、赤い髪。色んな人がいるけど、銀髪はいないね。瞳は………うん。良かった。青い人もいる。これなら変じゃないよね?『人』に見えるよね。……あ、ハーフハイエルフの設定だった。


 とりあえずギルドに行こう。まずは登録。町探険はそれからにしよう。


 えっと、真っ直ぐだよね。噴水までは真っ直ぐ。


 馬車に気を付けながらてくてく歩いた。でも、数歩で止まってしまう。


 あれ!なんだろう?お肉焼いてるの?いい匂い!


 あ、あれ!キラキラしてる!宝石っていうものかな?


 わあ、沢山の瓶が並んでる!何が入っているんだろう?


 通りに軒を連ねる木の台と布の屋根の簡単な作りのお店はどれもこれも珍しくて、いい匂いで。どうしても足が止まってしまう。


 精霊の森にお店はない。食料は自然の恵みだし、お肉だって寿命を迎えた動物達からいただいている。


 お店に売っているものはどれも見た事の無いものばかり。


 どうしよう。ギルドに辿り着ける気がしないよ。


《歩きましょう。大賢者様。お買い物は後からでも出来ますよ》


 そうだよね?そうだよ。そう、なんだけど。


 こんなにも誘惑にかられるなんて!


「おや?可愛いお嬢ちゃん。見ない顔だね。一人かい?」


 串に刺さったお肉を焼いているおじさんが声を掛けてきた。


「う、うん。一人」

「親とはぐれたのかい?」

「ち、違うよ。一人で町に来たの」

「へえ!お嬢ちゃん一人でか!それは頑張ってるね。よし、これはサービスだ。気に入ったら今度買ってくれよな」

 

 焼いた肉が刺さった串を差し出された。


「え、えっと………」


 戸惑っていると、さあ、とぐいぐい強引に手渡された。意外に重い。


「コカトリスの串焼きだよ。美味しいから食べてごらん」


 コカトリス!って魔物?!


 ええ?!魔物って食べれるの?!


 精霊の森に魔物はいないし、第一魔物って瘴気から生まれるよね?死んだら瘴気に戻らないの?え、どういうこと?


《大賢者様。精霊界に瘴気は存在しませんので魔物はいませんが、地上では普通に食料として出回っております。死んで瘴気に戻ってしまえば世界から瘴気が消えません。魔物は瘴気から生まれ、瘴気を吐き出す存在ですが、死ぬと体から瘴気は消えます。世界の仕組みの一つではないでしょうか》

 

 そっか。瘴気は世界の膿。消さなきゃいけないものだよね。やっぱり、実際に地上に来ないと分からないことが一杯だね。


 うん。よし。食べてみよう。


 こう、かな?


 一番上のお肉をパクリと噛った。 


「!」


 ジュワーと肉汁と甘辛いタレが口一杯に広がる。


「美味しい!」

「そうだろ、そうだろ」


 おじさんはうんうんと頷いて、焼く作業に戻った。


「ありがとう」

「気を付けてな」


 おじさんに手を振って分かれ、今度こそ歩き出した。


 手の中の串焼きを噛りながら。


 私は大賢者。誘惑には――――とても弱い。











読んでいただき、ありがとうございました。

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