牛の首
大学2年生になって俺はバイトをたくさん入れるようにした。正社員を含めて辞めてく人たちが増えているからだ。このコロナ禍に入って大学生活も一変した。今ではオンライン講座を時間問わずに受けることが可能になって、それを自分の都合で開いて受講すればいいのだ。
そんなワケで自宅にこもって過ごす学生もいれば、ここぞとばかりにバイトに精をだす俺みたいな奴もいる。
みんな「思うようにうまくいかない事ばかり」とか言っている世の中だけど、俺からしてみれば「思うようにいく事ばかり」な感覚で生きていた。あの晩に、あの出来事が起こるまでは――
その日、バイトの残業で深夜遅くまでなってしまった。終電は逃しちゃうし、このタイミングで雨がザーザー降りになるとかで最悪。
俺のバイト先のハンバーガーショップは学校のすぐ近くにあるのだけど、その区域のアパートに同じゼミの友人がいたことを思いだした。
友人と言っても、ゼミ以外では顔を合わせる事がない。根暗な牛島っていう男。正直、コイツと連絡を取る事になるなんて思ってもみなかったが、まさに藁にも縋る状況に他ならないのだから仕方ない。俺は牛島に電話をかけた。
「ごめん、今晩泊めさせてくれる?」
『…………』
「あ、無理だったらいいけど、今度ゼミで何かあったら協力するからさ!」
『いいよ。でも俺の彼女もいるけど秘密にしてくれる?』
へぇ~コイツに彼女なんているのか? 俺は失礼ながらの感心をしてしまったが、ひとまず安心することにした。
彼のお家は奇妙なぐらいに綺麗だった……というか何もなかった。
頭上に飾られている三頭の牛の首を除いては。
彼は仏壇に向かって延々と御経を唱えていた。
彼曰く何をしてくれても構わないとのこと、飯を食べてもいいがゴミ等は責任もって持ち帰るようにしてくれと頼まれた。
こんな状況で飯なんか食えるか?
俺は恐々としながらも、部屋の片隅で雨がおとなしくなるのを待った。
すぐにこんなところなど出ていったほうがイイに決まっている。
しかしどうも腑に落ちない事が。彼の言う彼女って何の事なのだろうか?
彼の妄言だったのだろうか?
部屋に飾られている牛の首は3頭。まるでケルベロスを衒っているかのようだ。ずっとそれを眺めていると時折それが人の顏、女の顔のように見えたが気のせいって事にしておいた。
結局朝になるまで雨は止まなかった。そして俺は一睡もできなかった。
牛島はやることを終えてから、静かに横になって寝ていた。
「ひっ!?」
俺は目にしてしまった。頭上に飾られている牛の首だと思われていた物は三頭とも切り取られた若い女の首であった。首からは血が滴り落ちていた……。
「誰にも言うなよ?」
寝ていた筈の牛島が俺の背中に言葉の刃をたてた。
飾られていた女の首はここ1年で行方不明になった俺達の学校に通う女子大生3人組のもので間違いないとローカルのニュースで確認した。
俺は翌日、警察に牛島が行方不明になった女子大生を殺害した疑いがある事を話しに行った。後日、警察が調べてくれたが結局何もなかったらしい。
そしていま、俺は彼のコレクションの1つになった――