第8話 騎士
「俺の想い、受けとってくれ」
麻袋を被った半裸の凶賊は巨大な戦斧を振りおろしてきた。
私の大剣は戦斧を受け止める、とそのまま剣ごと折られて死ぬのは確定だったので前に飛び込んで避ける。
どうする?流石に人間を殺すわけには……。
即死したりしないところを狙うしかないか?
間合いを切って、小手を打ち込む。
不思議と男は避けなかった。
ガラスを引っ掻くような耳障りな音が響く。
男の腕を見ると、赤い筋がうっすら入っただけだ。
「痛たたっ、駆け出しのくせに俺の肌に傷をつけるとは中々やるな」
「こんな剣で切り付けてその程度だなんて……そんな馬鹿な話」
「ナオミ、あれは“凍人”と呼ばれる戦士の異能だ。一定以上に鍛えると、弱い攻撃は通らなくなる」
凶賊は斧を再び振りかぶる。
「そういうことよ。一年、いや半年後に会っていたらもっとこのデートも楽しめたかもな」
その時、ブロンソンの吹き替えみたいな渋い声が響いた。
「獅子の瞳よ 引き裂く腕に力を与えたまえ! ナラシンハ!」
シクステンの唱えた魔法の効果か、私の腕に力が漲った。
チャンス!死んだらごめんなさい、だ!
「キエェッストーッ!」
私の面は変態の肩口から腰に抜けた。
「いってぇー!ヒゲダルマが、余計なことすんじゃねぇー!」
したたかに流血した変態だったが、まだまだ余裕だ。
「お、お頭!」
錫杖を手にした変態の配下が回復呪文マドラを唱える。
変態の傷口がすぐにふさがってしまった。
他の配下達は双子の冒険者、アスウェンとオスウェンの遠距離攻撃に牽制されて近づけない様子。
ここで退いては、やられる!
「めんめんめんめん、こぉてこてこてこてこてわぁーッ!」
こうなりゃ手数で勝負だ!
私は不機嫌な時の切り返しみたいに連続で変態に打ち込んだ。
「むおっ!落ち着けお嬢さん!愛というのはじっくり育むもんだぜぇ!」
「黙れ変態!ナオミ、このまま一気に押し切るぞ」
ユスフも横から入って、四本の腕で変態の顔やら股間やら急所っぽい場所をごんごん叩く。
その時、背後から風を切る音が聞こえた。
私は咄嗟にしゃがむ。
「どわっ、いててて。飛び道具は卑怯だぞ!」
変態の胸に投げナイフが刺さっている、だが、むんっという変態の鼻息とともにナイフは弾き出された。
「あちゃちゃ、通じなかったよアスウェン」
「びっくりだね、オスウェン」
双子の冒険者の笑い声が聞こえる。
ユスフが振り返り、ギシギシと牙を鳴らせている。
その目は真っ赤に光っていた。
「なんのつもりだ!ナオミに当たるところだったじゃないか」
ユスフの怒りにも双子はなお笑い続ける。
「避けれたんだから、いいじゃんね、アスウェン」
「信頼の証だよね、オスウェン」
ユスフの目が激しく明滅する。
「貴様らッ、謝罪の言葉もないのかッ!」
「ありがとうユスフ!だけど、今はこいつを何とかしないと」
私は不敵な笑みを浮かべている変態と、いや、麻袋を被っているからわからないが多分そんな感じの変態と対峙する。
その時、馬蹄の響く音が聞こえた。
◇
「合流地点に姿が見えないのでこれはと思い馬を進めたが、正解だったな。ジュリアン殿、ご無事か」
馬に乗った三人の戦士が蹄の音を響かせて現れた。
リーダー格らしき一人は馬上にて、二本の剣を構えている。
鎧の上に羽織のようなものを着て、ちょっとお洒落なヤフー族。
整った細い顔にこれまた糸のように目。
伴のもの二人の内一人は、おそらくエルフ族なのだが長い金色の髭を蓄えた偉丈夫である。
手にはハルバードとかいうやつだろうか、槍と斧の中間みたいな武器を持っている。
もう一人は黒い日焼けした顔のドワーフ族の戦士で、髭が頬から横に飛び出しているのが特徴的だ。手には槍と槌を組み合わせたような武器を携えている。
ジュリアンの馬車の馬がいななきながら叫ぶ。
「遅い遅い遅すぎだぜっ、ジュリアン坊ちゃんに何かあったらどうするんだ」
「我らローゼンダール騎士団が来たからにはもう安心だ。そう喚くな、兄弟」
糸目の男の乗っている馬が歯を剥き出して笑いながら言う。
馬の喋る世界、慣れないな。
馬上の糸目の剣士は二刀を構える。
「薔薇と剣の名誉にかけて」
剣士が一刀を振るい変態が斧で受ける。
すかさず二刀目が胴を斬りつける。
ほとばしる鮮血を見て、変態の配下が回復呪文を唱える。
エルフ族の戦士が馬を寄せて回復呪文を唱えた敵にハルバードを振るった。
首がころころと転がって、一瞬遅れて首の根元から勢いよく血が噴き出した。
人が殺された。
私はもどしそうになるのを必死でこらえる。
弓を構えた変態の配下が虎髭のドワーフの戦士に矢を放つ。
また、ガラスを引っ掻くような音がする。
「わっはっは、藪蚊でもおったかな」
ドワーフ族の虎髭は逃げる弓使いを馬で追いかける。
弓使いが木の根元に足を引っかけて転ぶと、ドワーフは武器のピッケルのような部分ですかさずその背を叩いた。
背骨の折れる酷い音がして、弓使いが絶命する。
剣士と鍔迫り合いをしていた変態は仲間が立て続けにやられるのを見ると叫ぶ。
「形勢わるし!相棒、ビクトリアよ、助けてくれ!野郎ども、撤退だ」
土埃を巻き上げて茶色い馬が接近してきた。
「相手を舐め切ってるからそうなるの!最初からあたしに乗れば良かったのよ。ほら」
間合いを切った変態はビクトリアという名前らしい馬に飛び乗ると、一目散に逃げ始めた。
残っていた変態の手下達も急いでお頭の後を追う。
二刀の剣士は後ろから切り掛かるが、ビクトリアは上手くその場で脚を捌いて変態の回避を手伝う。
鮮やかな動きだ。
「ナオミ、見とれている場合か、ナオミ」
ユスフの声が聞こえたが、ちょっとこれは目を離せない。
電光石火の斬撃が繰り返される。
数合撃ち合うも決着はつかない。
すると、美髯のエルフと虎髭のドワーフが横合いから割って入った。
変態は押されつつも、何とか持ち堪えている。
「三体一とは卑怯なり。騎士の風上にもおけないぜ」
「顔を隠して殺しをするようなやつが騎士道を語るなよっ、と」
美髯のエルフは変態の麻袋を剥ぎ取った。
朱色のモヒカンの髪、綺麗な二重、形のいい鼻。
髪型のことはともかくとして、かなりの美形だった。
二刀の剣士も一瞬驚いたのか、攻撃の手を緩めてしまった。
モヒカンの美形は戦斧を振り抜いて間合いを切ると、一気に距離を離した。
ビクトリアはかなりの名馬なのか、三人の戦士は追いつけなかった。
三人の戦士は戻ってくると、下馬してきた。
「我ら三人で仕留め損なうとは、不覚でした」
糸目の男にジュリアンが笑顔で応じる。
「まさかトロイエ殿下が助けに来てくださるとは。お二方、ガイマ殿とフリューゲル殿もご壮健そうで何よりです」
こういうとき、はたから聞いているとどいつが誰さんなのかわからなくなるものだが、ジュリアンはご丁寧に呼びかける度に相手の顔を見てくれるので認識できた。
糸目の人がトロイエ殿下、美髯のエルフはガイマ、虎髭のドワーフがフリューゲルらしい。
「やはり今回の件も北方の政変が関係あるのでしょうか」
「わかりませんな。しかし、今回のような事が一回きりとは限りません。ローゼンダールまで同行いたします」
こうして、騎士団も合流しローゼンダールへと向かうことになった。
危機を一緒に乗り切った人々は自然と親しくなっていった。双子は別だが。
私はユスフやシクステンから喋る馬、フイナムについて聞いていた。
「そもそも、ナオミの世界ではフイナムは喋らないのか……そちらの方が驚きだ」
ユスフは複眼を丸くする。
「いや、わしらの世界でも上古の時代にはフイナムは喋らなかったと聞くぞい」
シクステンはなかなか博識らしい。
「ときに。ナオミ殿は、騎士団の戦いぶりに強く惹きつけられたようじゃの」
「ええ、すごかった。人馬一体というの?ぴったりフイナムと息があっていて」
「戦士のうち、鍛錬を積んで騎獣とのリンク、つまりフイナムなどに乗る技能を習得した者を“騎士”と呼び習わすのじゃ」
私もいつかはその騎士になることが出来るのだろうか?
「……っていうか、じゃあ、あのモヒカンも騎士なの?」
「そういうことじゃのう」
えー、イメージ違う。
「あの鶏冠頭、まえに見た事があるような……」
ユスフは他にも思うところがあるのか、上腕を顎にあてて思案している様子だった。