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第6話 望郷

 「1匹そっちに行ったぞ、ナオミ」


私は両手剣を構えると小手を打つ。

小手を打つと言っても、そのくらいの高さに打つとゴブリンの頭あたりにガッツリ当たるから小手をチョイスしているのであって、小手を狙っているわけではない。

私の繰り出した小手はゴブリンの頭を打ち砕く。

血飛沫が跳ね、ゴブリンは崩れ落ちる。

ユスフは4本の腕の全てに単杖を持って、手数で対応しているが、複数回当てないとゴブリンを倒せない。

苦戦するユスフの横から割って入る。

私は大剣を一閃する。

ゴブリンの上半身と下半身が泣き別れて地面を転がっていく。

こうして一撃で敵を殺せる自分に、やや高揚感というか全能感みたいなものを感じなくも………。


「痛ッいってぇ!くそっ」


お尻に激痛が走る。

手をやると、スカートを突き破って右の尻に木の杭のようなものが刺さっていた。

振り向くと下手人らしきゴブリンが手を叩いて、跳ね回っている。

皺くちゃでピンクの醜い顔。

黄色く薄汚い牙が不快な歯擦音を上げる。


「その音、耳障りなんだよッ!」


私は木の杭を引き抜くと、ゴブリンの腹に目掛けて投げつけた。

ゴブリンは悲鳴をあげて、地面に釘付けになった。

ぴくぴくと痙攣して糞尿を垂れ流している。

私は大剣を容赦なく振り下ろし、ゴブリンの頭を叩き潰す。

私はゴブリンの首元から噴出する血を顔に浴びながら、下腹部に熱いものを感じていた。


「ぁあ……………やったね、ユスフ」


「うむ、しかし……」


ユスフはゴブリンの死体に手を合わせて祈りの章句を口にする、

彼らの教義では、魔物退治というのは呪われた魂を肉から解放し天へと導く行為であるとして認められている、らしい。

何度目かのゴブリン退治は、わずかな傷を負っただけで終わった。

しかし、首尾よく依頼をこなしたにも関わらず、回復呪文を唱えるユスフの表情は曇っていた。


 「なんでそんな浮かない顔なの?あ、店員さん追加注文、ちょっと聞いてるー?」


前にも足を運んだ店のテラス席で、私は山盛りのブラッドソーセージに齧りつく。

口の中に血の味が広がる。

それは子供の頃に戯れに舐めた鉄棒の味に似ていた。

血が鉄の味なのか、鉄が血の味なのか。

そんなことをぼんやり考えながらも、私の口は次々とソーセージを平らげていく。

一方でユスフの食は進まない。

ユスフは、顎の間からため息らしいものをついた。


「最近の君は、殺しを愉しんでいる」


「えっ」


二の句を継げなかったのは、思い当たる節があったからだ。


「こう言われて衝撃を受けるのはまだ正常な証拠だがな。君は退治の依頼をこなしているとき、気分が高揚しているだろう」


私はフォークを置き、静かに頷いた。

快感すら感じていた、などとは流石に打ち明けられないが。


「ヤフー族の冒険者によくある危険な傾向だ。やがて、日常でも気持ちが昂ったままの状態が続き、その攻撃性を魔物以外にもぶつけてしまう」


私は水を飲んで深呼吸した。


「そうならないためには、どうしたらいいのかな」


「拙僧のように信仰を持つか、あるいはこころざしを立てるか、だな。信ずるもの、目指すものが道を創ってくれる。まあ、行き過ぎた信仰や信念のために道を踏み外す者もいないではないが。古の殺戮王グザヴィエのように」


その名前には聞き覚えがあった。


「エルフのエーヴァさんが言ってたグザヴィエ大帝のこと?大遠征を行なったとかいう人でしょ」


ユスフの目が一瞬、赤くなった。


「大遠征などという優しいものではない。ヤフー族最強の戦士であり魔道士でもあったグザヴィエは、魔法や強化といった異能を持たない人々を価値なしと断じて、大殺戮を行ったのだ。賛同する狂信者達を率いてな」


「聞いてた感じより悪い人だったのかな……あと、強化って?」


ユスフは顎をわきわきさせる。


「ヤフー族の戦士に特に顕著な能力、運動による動作の最適化や筋力の亢進のことだ。鍛えれば鍛えるほど、戦えば戦うほど強くなるということさ。君は、ゴブリンを倒すときに以前より少ない力で剣を振るえてはいないか」


「確かに今日の戦いは前の時よりも楽だった。剣が肉を貫いても、紙みたいな手応えだし」


確かに慣れとかそういった領域を超えている感覚があった。

私はまるでゲームの主人公がレベルアップしたかのように強くなっている。


「そうだ、君はどんどん強くなっている。その強さに溺れないようにしなくてはいけない」


ユスフはそこまで言うと、2本の左手を顎に当てて考え込んだ。


「……さっきの話の、エルフのことだが」


「エーヴァさんが、どうかした?」


「そのエルフは、グザヴィエを大帝と言ったのか。殺戮王グザヴィエのことを」


「言ったけど……?」


「言い間違いであると信じたいが……いや、いい、今のは忘れてくれ」


ユスフは気を取り直したように、今日はサワガニの煮込みを食べていた。相変わらずの共食い感。

私はと言えば、ユスフの言ったこころざしという言葉を反芻していた。


こころざしを はたして

いつの日にか 帰らん

山は青き 故郷ふるさと

水は清き 故郷ふるさと


私の口から自然に歌声が出ていた。

それはこの世界の人々の言語ではなく、私の元いた世界の、日本語のままの歌だった。

私の故郷に山はない。

私の故郷の川は汚い。

だけど……。


「良い歌だ……故郷を歌った歌だろう」


「わかるの」


ユスフの目が青く、そして淡く光る。


「わかるさ」


私には志などないが、いつかはそれを立てる日がくるのだろうか。

それを果たしたとても、故郷に戻れる見込みはほぼないのだが。

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