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第5話 僧侶ユスフ

 私は僧侶のユスフと地下道を抜け、元の広場に戻った。

どっと疲れたので、噴水の前にあった石造りのベンチに座る。

ユスフもまた隣に腰をおろした。


「ナオミよ。先ほどのスライムに絡みつかれたところ、見せてみろ」


私は、袖を捲ってユスフに腕を見せた。

ドン引きするようなミミズ腫れが出来ていた。


「他の場所は……いや、ここがこうならば見るまでもないか」


よかった。他の部位は人目をはばかる。

ユスフは胸の前で印を組んだ。


「神々の豊穣なる蜜よ、傷を清め、癒さん マドラ」


ユスフの手から青白い光が溢れ、私の身体を包んだ。

光が消えると完全に、ではないがかなりミミズ腫れが引いていた。


「え、すごい。僧侶というのはそういう魔法を使うんですね」


「ああ、魔法には二つの種類がある。敵を傷つけ惑わせる黒魔法アンギラス、仲間を癒し守る白魔法アタルヴァ。僧侶は主に白魔法のアタルヴァを使う」


黒魔法、怪獣みたいな名前だな。


「……ユスフさんはどうして助けてくれたんですか」


「ギルドでアストリッド、あの受付の女性のことだが、彼女から依頼されたのだ。新人がいきなりスライムに挑んだが、どうも危なっかしい様子だから、助太刀してほしいとな」


「それじゃあ彼女にもお礼を言わないとですね」


「おお。拙僧は報酬は前払いでもらっているのでギルドに行く用事がないから、スライム退治の報告ついでに礼を言えばいい。それでは、達者でな」


私はユスフの上から二番目の左腕をつかんで引き留めた。


「そんな、お礼をさせてください」


 私は冒険者ギルドでアストリッドさんに思いつく限りのお礼の言葉を述べた後、スライム退治の報酬を受け取った。

私一人では到底勝てなかったわけだから、ユスフと折半を持ちかけたのだが、これが頑として受け取らない。


「うーん、困っちゃうな」


「困っちゃうと言われると、拙僧も困ってしまうな」


受付のアストリッドさんがあきれた様子で言う。


「ようは気持ちの問題なんでしょ?ご飯でもおごってきたらいいじゃない。それくらいならユスフの教義にも反しないでしょう」


私たちはアストリッドさんの提案を受け入れ、ご飯屋さんを探すことにした。

日差しが暖かい、良い陽気の日だった。

私たちはテラス席のある食事処を見つけて、入っていった。


「お二人様ですね。奥の席が空いておりますので、ご案内いたします」


「晴れているので外の席がいいんですけど」


「え、いや、それは」


うろたえるヤフー族の店員を見て、私はハハァ、そういうことか、と思った。

ムカつく。


「外の席、開いてますよね。何か不都合でも?」


「ナオミ、拙僧は奥の席でもいいぞ」


「よくない。外の席に座らせて」


店員はかしこまりました、と力無く返した。

私達はテラス席に座った。

うららかな春の日差しが肩を暖める。

ユスフの複眼が青く穏やかに光っていた。


「テラス席に座るのは初めてだ。ありがとう、ナオミ」


「そんな、だって席空いてたじゃない。なんなのあの店員」


「拙僧はそんなに一般的な種族ではないし、見た目もヤフー族とはだいぶ異なる。見えるところにいては、客が遠のくと思ったのだろう。エルフやパックのようにはいかないということだ」


ユスフの口調にはどこか諦めを感じさせるものがあった。

きっと、こんな事が何度もあったのだろう。

私は胸を締め付けられる思いがした。


「そんなの、慣れちゃだめだよ。ユスフさん。絶対にダメ」


そうだな、とユスフは呟いて、空を見上げた。

白い大きな鳥が青空を舞っていた。

私はユスフにこれまでの事を手短に話した。

彼は黙って頷いていた。

明滅する複眼の優しい光が、彼が私の言うことを信じていると確信させた。

やがて、注文した料理が運ばれてきた。

私は白身魚のムニエル、ユスフは茹でたザリガニだ。


「この白身魚、なんだろう。美味しいけど食べたことない感じ」


「それは大きいナマズの切り身だな。拙僧の頼んだこちらも美味だぞ。どうだ、試してみるか」


ユスフが複雑なギミックの顎を使ってザリガニを食べる様子は虫が虫を食っているみたいでまあまあショッキングだったけれども、取り分けてもらったザリガニの意外な美味しさの前にそれらのことは気にならなくなった。

香辛料が効いていて、後を引く美味しさだ。

街の城壁が切れるところに港があって、そこは内海と繋がっている。

これらの魚貝類は内海から水揚げされたものだという。

ナマズやザリガニ(海から取れるというのが少し引っかかるが)、私の住んでいた世界とそうは変わらない生物も住んでいるらしい。

となると、魔物と呼ばれている生き物達の立ち位置がわからなくなってくる。


「魔物か。普通の禽獣に似ているものも多いが、異質なのは我々のような知性を持つ種族に会うと必ず襲いかかってくるという点だ。どんなに見た目が違っても、それだけは一緒だな」


「種族っていえば、クラッコン族のことをもっと教えてほしいな」


ユスフの語るクラッコン族の特性は、ハチやアリといった真社会性生物(ハダカデバネズミもそうだった気がするが、あのゴブリン達にも社会があるのだろうか)に似ていた。

クラッコン族は沙漠にハイブと呼ばれる城塞都市を作って居住している。

それはクラッコンの口から出る粘液と砂礫で作られた都市で、多くの尖塔を備えた荘厳なものなのだという。

各ハイブにはそれを統治する女王がおり、その他の臣民は完全な分業で国家を支える。

全てのハイブの中心であるハイブ・アントリアには女王の中の女王、女帝エンプレスが存在する。


「女帝は全てのクラッコンの精神に直接働きかける能力を持ち、種族全体を強力に統制している。しかし、拙僧のように、その統制が弱くしかかからないものが生まれる。ハイブを出て旅が出来るのはそういう者だけだ」


クラッコン族が他の種族と違って見ることが少ないのはそのためなのだろう。


「同族とはなれて、差別されたりしながら旅をするのって、つらくはないんですか」


「まあ、悲しくなるようなこともたまにはあるが、そんなに悪いことばかりでもない。この街、フライハイトなど、住み心地はいいと思っている」


ユスフはそう言って私の背後に目をやった。私が振り向くと、前掛けをした初老の男性が籠に酒瓶を入れて持っている。


「お客様、冒険者のユスフ様でございますね」


「ああ」


「先程はうちの若い者が大変なご無礼を働いてしまったとか、申し訳ございません。ユスフ様は何度も当店の荷物を守ってくださいましたのに……きつく叱っておきます。当店のお詫びの気持ちです」


店長らしき男は、陶器の盃に白ワインらしき酒を注いだ。


「気にしてはいないが、これはありがたく頂こう」


店長は深々と頭を下げて退がった。

ユスフは盃を掴むと割とゴクゴクくらいの勢いで飲んだ。


「な、基本的には、この街はいいところだよ。……上等の貴腐きふワインだぞ。君も飲むかい」


「いやー、私はお酒は………」


ユスフはお酒を飲むと饒舌になるタイプらしく、会話は弾んだ。


「まあ、君は故郷を離れて旅をすることが大変ではないかと聞いたが、そこよりもむしろ僧侶ひとりで冒険者稼業をすることのほうが大変だ。回復や補助の白魔法は便利ではあるが、魔物を倒す決め手にはならない。いきおい、受ける仕事も荷物の護送などに限られてしまう」


「へぇ、それじゃあ、私と組めば仕事の幅も広がりますね!」


「ははは、そうだな。そんなことがあればどれだけ助かるか」


私はユスフをじっと見据えた。

ユスフも私を見つめている。


「私と組んでください。本気です」


「本当にいいのかい」


「ええ」


ユスフは口の左右に生えた牙みたいな部位をキシュキシュさせた。


「わかった。こちらこそ、よろしく頼む。これからはさん付けはいい。改めて、僧侶のユスフだ」


「戦士、なのかな。ナオミです。よろしく、ユスフ」


私たちは改めて乾杯した。


「ちなみに、拙僧の奉ずる教義では、果実酒は飲んでいいし、魚介は食べていいのだ。破戒僧ではないので、念のため」

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