第4話 初仕事
「あら、さっそく来たのね。冒険者としての初仕事、どんなものをお望みかしら」
冒険者ギルドのお姉さんは、今日は縦のストライプの入ったセーターのようなものを着ている。
片眼鏡は変わらない。
「最初は、配達とか護衛とか、そういう難易度の低いものを選ぶといいわよ」
配達の欄を見ると、聞いたことのない地名がズラリ。
私はこの世界の地理も何も知らない。配達で目的地にたどり着く自信がない。
護衛は……客と会話せねばならないんだろうか。
ならないんだろうな。
「こ、これでお願いします」
私がお姉さんに差し出したのは、水道管理組合から寄せられた地下水路に発生したスライムとやらの退治依頼文だった。
「受注難易度は確かに1だけど……」
「いいんです。ほかの仕事より向いてそうなので!」
そもそも退治の方が額面が断然いいし……。
私はランタンやらのレンタルをして、いそいそと冒険者ギルドを後にした。
◇
フライハイトの街の中心部らしき広場には見事な石造りの噴水があった。
噴水の前には頭巾のようなものを被った女性の銅像がそびえている。
背後を振り返っているようなポーズだ。
何か後ろに導くべき仲間でもいるみたいな。
胸だけ出ているのが非常に不思議だ。
これ、全裸の方がまだ意味わかるな。
依頼文に書かれていた現場への入口、地下水道への入口を探す。
やがて、二日酔いのおっさんが限界を迎えた、みたいな絵面の地下水道の蓋を見つけた。
超重そうだったが、だいぶ楽勝で外せた。
この身体やっぱおかしいわ。
ランタンに火を灯すと、石造りの壁と壁の間にまあまあビビるくらいの速度で水が流れている。
この水路を道路に例えるならば、私は歩道、いや路側帯くらいの細さの道を進んでいた。
時折ネズミっぽい何かが足元を走り抜けるが、人間大のハダカデバネズミみたいなやつと渡り合ったあとにネズミ如きにきゃあきゃあいう気にはなれなかった。
水路の奥に流れ着いたゴミを受け止める甲子が嵌っていた。
「あれ、いかにも行き止まりっぽいのに、まだ出てこないの」
私の独り言に触発されたのか、水面がさざめいて、妙な生き物が飛び出してきた。
それは水羊羹のような色をし、ツチノコみたいなフォルムをしていた。
目だけはやたらにはっきりとしていて、小学生の落書きのような滑稽さをたたえている。
大きさは犬ぐらいあるが、原初の生物という佇まいだ。
なんだろう、こいつもゴブリンがハダカデバネズミを連想させたように、どこかで見たことある生き物に似ているのだが、思い出せない。
まあ、なんか想像していたのと違う(ハーシーのキスチョコレートみたいな形をした可愛いやつではなかった)が、おそらくこいつがスライムなのでしょう。
私は、ランタンを床に置くと、背中に手をまわした。
生き物を殺すのは若干気がひけるが、仕方がないことだ。
「お金になぁれ」
私は背中の両手剣を抜くと、スライムめがけて振り下ろした。
ずべらちょ、みたいな気持ち悪い音と共にスライムは真っ二つになった。
スライムは真っ二つになると、瞬時に切り口が塞がり、2匹のスライムになった。
あれ?
私は今度は大剣を横にないだ。
剣は2匹のスライムの頭っぽい部分を切り飛ばし、勢い余って壁に切っ先が刺さってしまった。
すると、スライムの二つの頭から胴が、胴から頭がそれぞれニョキニョキ生えてきて、スライムは4匹となった。
「プラナリアか!」
なんの生き物に似てるかわかっても喜ぶいとまはない。剣が壁から抜けないのだ。
スライム達はにじり寄ってくると頭の部分をもたげて立ち上がった。
胴の部分からなにやら白い物が見えたかと思うと、私に目掛けて一斉に伸びてきた。触手???
触手は私の身体に絡みつくと、脇の下から胸に、スカートから股にと、ピンポイントで危ないところに侵食してくる。
「わ、わ、わ、ふざけんな、変態」
「お嬢さん。ランタンを使いたまえ」
声の方向に顔を向けると、水路を挟んで反対側に、服を着た人間大の昆虫がいた。
その顔はアリのようでもあり、バッタの雰囲気やザリガニめいた部分もいささかある。
ローブのような白い服には四つ穴が開いており、そこから節々がほんとに節々という感じの厳しい4本の腕が生えていた。
右の一本にはゴツゴツした頭がついた杖を持っている。
絶対強い魔物だー、これは詰んだわー。
スライムだけでも大ピンチなのに、ゲームとかだったら中盤のボスとかにいそうなやつとエンカウントしてしまった。
なんて不運なんだろう、私。
「スライムの弱点は火だ。そこのランタンを使うのだ」
アリ人間は渋い声でそう言った。
あ、味方なのね。
私は触手に陵辱されながらも、アリ人間の助言を頼りに、脚でランタンを引っ掛けて引き寄せようとした。
ランタンが倒れて油が流れ出し、スライムの1匹に火がついた。
半狂乱になったスライムは仲間に助けを求めるように飛びかかった。
地獄絵図。
身体のあちこちが焦げついて生ゴミを焼いたみたいなエグい匂いを発しだしたスライムは、今更ここが水辺であることを思い出したかのように水に飛び込んでいく。
時すでに遅く、水面には焼け焦げたスライムの死体が次々と浮かんでくる。
と、思ったら1匹が焼けただれた触手を振り回しながら対岸に上ろうとした。
アリ人間は杖でスライムをごちりと殴る。
なおも暴れるスライム。
アリ人間は背中に背負った行李から杖を次々と取り出し、四本の腕に短い杖を握ってひたすらにスライムを殴りつける。
やがて最後のスライムも体液を垂れ流して絶命した。
私は水路の対岸に佇む、アリ人間に言った。
「あの!ありがとうございました。助かりました」
「礼には及ばない。君に助けるように、という依頼をこなしただけだからな」
「私、直美って言います。あなたのお名前は?」
アリ人間の複眼が青く点滅し、ペンチみたいな口がキシュキシュ鳴った。笑ったのだ、と何故かわかった。
「我らをはじめて見た者が、種族ではなく名前から先に聞くとはな。拙僧の名はユスフ。クラッコン族で、僧侶をしている」