第21話 魔道士マリーツァ
私はブルーセに跨り、ユスフは馬車に揺られてベルガ村に戻る。
道中の小川のほとりで小休止したら、再び道を急がねばならない。
ベルガ村の猟館で必要な荷物を整えたら、フライハイトに行かなければならないからだ。
小川の水で顔を洗う。ユスフもまた川縁に肩を並べていた。
「なあ、ナオミよ。あまり考えたくないことだが……」
「ユスフ」
私は顔を合わせずに、水面に映る手の指で五の数を示した。
気配が五つ。
川底から石を掴む。
背後の茂みがわずかに揺れる。
私は茂みの方向へ石を投げつけた。
悲鳴が上がる。
「出てきなさい!隠れていても、獣は臭いでわかるのよ」
「腕を上げたなぁ、お嬢ちゃん」
斧を持った半裸の大男、スモーキンが茂みから現れた。
横には片目を押さえて立つサウリアンの戦士が立っている。以前に見た鎧姿のスモーキンの手下が二人、サウリアンが二人の混成部隊だ。
仲間の仕返しとばかりに骨の矛を持ったサウリアンが踊りかかってきたが、横合いから飛び出したブルーセの角がサウリアンの脇腹を深々と抉った。
「ナオミ、のれ」
私はブルーセに飛び乗る。
ブルーセはサウリアンを首で持ち上げると、スモーキン達に向かって投げつけた。
スモーキンの手下達はまともにくらって横倒しになったが、スモーキン本人はさるもの素早く飛び退いた。
スモーキンは、背後に牽いていた馬、フイナムのビクトリアに乗って斧を構える。
ユスフは防御強化の呪文と攻撃強化の呪文を連続で詠唱し、私の身体は光に包まれた。
「あの時も狙いはジュリアンじゃなくて、私だったんでしょ。スモーキン。雇い主を言いなさい」
「ははは、守秘義務ってやつを知らねえのか。まあ、お嬢ちゃんが生きてると不安で夜も眠れないっていうケツの穴のちいせえやつがいるわけだ。ケツの穴と違って報酬はデカいがな」
私はバスタードソードを構えると、切っ先をゆらめかした。
スモーキンは打ち込みを警戒して少しガードを上げた。
「胴!」
やったか?
スモーキンは左手で胸を押さえている。そこから血が伝って腕を濡らしていた。
「や、やるじゃねえか」
スモーキンは片手で斧を薙ぐ。
スモーキンの斧は私の左肩を掠め、肩が熱くなった。
いくらか斬られたようだ。
「マドラ」
ユスフが回復呪文を唱える。
肩口の痛みが一瞬でなくなった。
詠唱なしで呪文名のみで唱えられるのは上級者の部類だとギルドで聴いたことがある。
私だけでなく、ユスフもどんどん強くなっている。
ブルーセに始末されたサウリアン以外の手下達も態勢を取り直して私たちを囲んでいるが、他勢にも関わらずスモーキン以外は力量差を感じてか萎縮している様子だ。
「インドラハヌス!」
青白い光芒が頭上を走り、スモーキンの鎧の手下一人の頭に命中した。静電気のデカいやつみたいな音が鳴り、鎧の手下はガクガクと膝を揺らした後に倒れた。
背後を振り返ると女性が立っている。
三つ編みの赤い髪に麦わら帽子、帽子にはグログランリボンとレースがあしらってある。淡い水色のワンピースはセーラーカラーにパフスリーブ。右手に握っているのは杖ではなく、小さなピンクの薔薇柄が愛らしい白の日傘だ。
しかし、現代であればクラロリのブランドで扱っていそうな可愛らしい格好でありながら、背丈はずんぐりとしていて眉毛がめちゃくちゃ太い。
そして、腕も脚も太く、たくましい。
目鼻立ちは整っていると言ってもいいが……。
「天才であるわたくしが助太刀させていただきます。もう大丈夫ですわ」
「自分で天才って言った」
自称天才は次々と光芒の矢を放ち、スモーキンの手下達を次々と打ち据える。
「うおっ、やめやめ。撤退だ撤退!お嬢ちゃん、決着はまた今度な」
スモーキンは仲間に完全に失神した仲間を担ぎあげると、仲間と共に一目散に逃げ出していった。
「ありがとう。おかげで助かった。私はナオミ、あなたは……」
女魔道士はスカートをつまんでお辞儀をする。
「わたくしはドワーフ族の天才魔道士マリーツァ。宮宰マルタン閣下の命を受けて密かについて参りました。国王陛下の手の者や、北方の蛮族どもから、公主様をお護りするようにと仰せつかっておりますわ」
ドワーフの女性を見るのは初めてだが、男性同様ずんぐりむっくりで素の筋肉が多いようだ。この格好は正直似合っていないが、人目を気にせずに好きな服を着て堂々としている態度には好感が持てた。
しかしそんなことよりも、私は彼女の発言の、あるフレーズに反応せずにはいられない。
「うーん、やっぱりさっきの連中は国王陛下の手の者なのね」
マリーツァはニコニコして答える。
「陛下は愛息トロイエ殿下の即位に邪魔になる者をみんなぶっ殺しやがりましたから、残るはあなただけということですね」
言葉のチョイスが不穏当だ。
「私はそう簡単には殺されないわ」
「天才であるこのわたくしがついていますからね」
微妙に話の噛み合わない仲間を得て、私たちはフライハイトへと向かった。





