第19話 鉄剣公主
私がその墓地に到着したとき、既に何人かの冒険者は生き絶えており、生存者も負傷していた。
「今の状況は?」
墓にもたれて腕の出血を抑えるヤフー族の狩人が応える。
「依頼内容とは大きく異なる大量のスケルトンが発生している。それに手間取っているうちに、例の首無し騎士が現れて回復役がまっさきにやられてしまった。今は墓を盾に隠れているありさまさ。無様だよ」
「私達が来たからにはもう大丈夫よ。ユスフ、重傷者から回復してあげて」
ユスフが回復呪文マドラを唱えると、負傷者の傷が塞がっていく。
私の下では、ブルーセが鼻息を噴き出す。
気合いは十分のようだ。
一息に墓を飛び越える。
空には暗雲が垂れ込め、生温い風が頬をなでて不快だ。
苔むした石畳の先に、人影のようなものが見える。
しかし、それは動く白骨、スケルトンだった。
その白骨は、完全に骨の揃った人骨ではない。
肌色のブヨブヨが欠損部を補っている。
ブヨブヨに補われて人型を保つ人骨が、錆びついた剣を持って迫ってくる。
スケルトンは何度か相手にしてきたが、どうもこいつらは骸骨の魔物というよりは、骸骨に寄生して動かす粘菌の魔物らしい。
粘菌部分を焼き尽くすか、核を潰せば倒せる。
蠢動する粘菌部分のいずれかに核は存在する。
「このうねうねは一見ランダムに見えるけど……突き!」
私は骸骨の喉元に向けて突きを放つ。
バスタードソードはスケルトンの喉元に深々と刺さる。
血のような液体が粘菌から流れ、スケルトンの動きが止まる。
正解だ。
背後に別の気配を感じたその時、私が振り返るより前にブルーセが腰を上げた。
ブルーセの後ろ脚が背後に現れたスケルトンの胸を蹴り砕いた。
一方私はブルーセが急に脚を振り上げたためにブルーセの後頭部に顔面をしたたかにぶつけていた。
「痛っ!……ぜんぜん人馬一体じゃないな」
「おれはうまではないから、あたりまえだ」
「人羊一体?いや、そんな言葉はないか……」
石畳みを打つ蹄の音。
しかしそれは聴き慣れたブルーセの蹄の音とは異なる音だった。
茂みの中から現れたのは、長剣を構えた騎士の甲冑と馬の骨がブヨブヨで接着している魔物だった。
原理的にはスケルトンと同じなのだろうが、左手に人の頭蓋骨がくっついているのが悪趣味だ。
「あれが首無し騎士、デュラハンだな」
負傷した冒険者達の回復を終えたユスフが追いついていたようだ。
「知っているの?ユスフ」
「デュラハンは、魔物の寄生によって蘇った死体……アンデッドの中では、強いとされている。本物の騎士のような動きをするというぞ」
ユスフは防御バフの呪文ヒラナカシプを唱えてくれた。
デュラハンの長剣が私の正中線を狙って振り下ろされる。
ブルーセが背後に跳んで、デュラハンの長剣が鼻先を掠めていく。
私はバスタードソードを馬と騎士の接続部分を狙って斬りつけた。
骨にこびりついた肉塊のような不定形生物はすぐに再生してしまう。
「実は盾っぽく持ってるこの首に核があるとか?」
私の小手はデュラハンの持つ頭蓋骨を打ち砕いたが、どうもこれも違ったらしい。
デュラハンの突き出した剣は私の左腕にわずかな傷を与えたが、ユスフの呪文のおかげでほとんど出血しない。
その時、急にブルーセが叫んだ。
「うまがほんたいだ!」
ブルーセの直感を信じた私は上段から馬面に面を叩き込んだ。
血液のような飛沫が飛び散り、デュラハンは動きを止めた。
「おー、当たった!すごいよ、ブルーセ」
「すぐにぴんときたね。おれとおまえのかんけいといっしょで、じゅうようなのはどうぶつのほうなのだと」
「そんな風に考えていたのか、ヤギ公」
ともあれ、デュラハンやスケルトンは駆逐したし、生存者は救出できた。
焦げついた依頼の解決は、腕利きの冒険者に対してギルドから直接依頼される。
こういった依頼が来るようになったというのは、一定の評価がついたと考えていいだろう。
ユスフが回復呪文をかけた冒険者のひとりに、アンデッド退治を終えた旨を伝える。
「聞きしに勝る腕前だ。ありがとう、“鉄剣公主”のナオミ」
「てっけんこうしゅ?」
「君の二つ名さ。当人が知らないなんてこともあるんだな。他にも“鬼婦人”とか“姫夜叉”とか、いくつか言われているようだが……」
「うーん、鉄剣公主で」
二つ名までつくと強キャラ感も出ようというものだ。
私はちょっとにやつきながら帰路についた。





