第16話 渓谷
猟館から西に向かって依頼場所のヨルゲン渓谷を目指す。
街道の名残りっぽいものを歩いて、到着までの旅程は2日かかる。
「飽きた……馬車とかに乗せて貰えばよかった」
今にも荷物を投げ出したい。
景色が綺麗とかそういうものを楽しむのも余裕があってこそだ。
「退治で何日かかるかもわからない。その間、ずっと御者やフイナムを待たせるのもな」
たしかに、厩舎にいる老いた馬……フイナムにはこの旅路はきついかもしれない。
私はフイナムも使用人達の中にいるとセバスチャンに聞かされて、これは騎士になるための練習もいけるかもと思っていたが、かなりの高齢らしいフイナム(名前はピート)を見て諦めていた。
歩いている内に日が暮れかけ、私たちは街道の脇に拠って休むことにした。
火を炊いて干し肉や干し芋(ユスフは肉を食べないので)を焼いて食す。
「歩くだけでも結構疲れるもんだねぇ」
「ナオミは歩調を一定にしたほうがいい。速くなったり遅くなったりを繰り返すと疲れやすいんだ」
それにしてもなんだか異様に疲れてきた。
ユスフの目が赤く光る。
「敵だ!」
ユスフは焼けた串を私の後ろに向かって投げる。
ブーブークッションを踏んだ時みたいな変な音が鳴り、背後の何物かが後ずさる。
ベリッという音と共に私の首筋から何かが剥がれる。
というか、その段になって何かが私の首にくっついていたことに気づいた。
背後を振り返ると、私の背丈近くありそうな、そびえ立つクソみたいな物から緑色の触手が無数に飛び出た生き物?生き物なのかこれは?がいた。
私は剣を抜こうとしたが、力が入らず中々抜けない。
ユスフが短杖でボコボコ殴りつけている間にようやくバスタードソードを構え、一刀のもとに切り捨てる。
「この気持ちわるいの、なに?」
「これは、ローパーという魔物だな。この触手に吸われるとグッタリする」
ユスフの声はなぜだか心なしか踊っている。
「炙ったローパーの触手は珍味なんだ」
「戒律的にそれはいいの?……それにしても、触手系の敵が多すぎる気がするんだけど、誰の趣味かしらね」
それにしても疲労感がすごい。
なんだか眠くなってきた……。
◇
「お、起きたかナオミ。申し訳ないが、ローパーの触手は日持ちしないから食べてしまったよ」
どうもローパーの触手にやられたせいでそのまま眠ってしまったらしい。
伸びをすると、不思議な感覚があった。
「肩凝りがとれてる!」
「あの触手は、美味しいだけでなく、そんな良い効果もあるということか」
すっきりしゃっきりした私は、足取りも軽く進み、ついにヨルゲン渓谷へとたどり着いた。
まばらに緑の生えた岩肌が深く切れ込み、美しく青い川が谷底を流れる。
谷には木製の馬鹿みたいに長い吊り橋がかかっている。
「落ちたらワニに食べられそうな橋だね」
「また君の世界の“映画”というやつの例えかい?」
橋の中腹まで進むと風の鳴るような音が聞こえる。
向こう岸につくまでに、風の鳴る音がどんどん大きくなっていく。
ここで突風とか吹いたらトロールとかこなくても死ぬのでは、と思ったその時、風のような唸り声とともに伸びてきた巨大な茶色の手が私をはたいて、谷底に突き落とした。





