第12話 猟館
薬草を背負ってベルガ村までの街道を行く。
街道と言っても冒険者しか通らないのか、道の大半は植物の攻勢に屈していた。
時折、木の葉がかさかさと音を立てる。
「ゴブリンの気配を感じる……」
「ひい、ふう、みい……周囲に5匹はいるな。だが、襲ってはこない」
なんでかは、大体わかった。
私は徐々に強くなってきていて、腕の力も脚の速さも増している。
ゴブリン達は、私を恐れている。
「まあ、遠出をすると見たこともないような強力な魔物が出ることもある。気を緩めすぎないことだ」
ベルガ村はよく言えば静かな、悪く言えば鄙びた村だった。
「若者の姿がないのが気になるな」
ユスフの言う通り、若者や子供の姿がない。
薬草の包みに書かれた村の地図を頼りに、目当ての家を見つける。
「ありがとうよ。この村にはギルドがないからな。俺から直接金を渡す」
ぶっきらぼうな声でそう言う依頼主は、パック族の男性だった。
かわいい刺繍のはいった、子供のような服を着ている。
「おばあちゃん、お薬とどいたよぉ」
先程の声とはぜんぜん違う少年らしい声を出す。
「あらあら、ありがとうねぇ」
脚が悪いのだろうか、家の奥から這うようにヤフー族の老婆が出てきた。
「あ、出てこなくても大丈夫。おばあちゃんは、寝てないとダメだよ」
老婆は微笑む。
「配達屋さん、わたしの孫はとってもやさしいでしょう?」
「え、ええ、本当に」
老婆は満足げにのそのそと部屋の奥にもどっていった。
私の視線に気付いたのか、パック族の男性は舌打ちをする。
「ああ、そうさ。俺はあの人の本当の孫じゃない。ただ、騙していると思われるのは心外だ」
パック族は煙管を取り出すと火をつけた。
煙草かと思ったら、花の香りが広がる。
アロマ的な何からしい。
「あの人の孫も、息子夫婦も流行り病で死んでしまった。あの人、ショックでボケちまってな。息子のダチだった俺を、孫だと思い込んでるんだ」
村に若い人がいない理由がなんとなく推察できた。
老人ばかりが死ぬ病気もあれば、若い人ばかりに流行る病もあるのだろう。
パック族は口から紫の煙を吐き出しているときに、急にむせはじめた。
私は背中をさする。
ふわふわした服に包まれたその体は、痩せこけていた。
「こんな見た目だが、俺はもうじき寿命でね。婆さんが死ぬのが早いか、俺が死ぬのが早いか。出来れば、看取ってやりたいが」
ユスフは四本の手を合わせる。
「徳を積む者に神虫バアハムの加護があらんことを」
パック族は手をふってよせよせとユスフの祈りを止める。
「よせやい。俺はアリの神様なんか信仰しちゃいねぇよ……あん?あれ、あんた。いや、虫さんの方じゃなくて、嬢ちゃん。よく見たら、猟館のお嬢様じゃねえか、なんでそんな格好してるんだ?」
どうやらこの身体に見覚えのある人物らしい。
私は事故にあって記憶を失っている、という設定を手短に話した。
「そりゃあ、災難だったなあ。ま、俺もあんたのことを詳しく知っているわけじゃないんだがな。……町外れの林を抜けたところに、お貴族様の古い猟館がある。あんたはそこに住んでいた」
パック族は続ける。
「ずっと無人だったんだが、いつしかあんたが数人のお供とともに住むようになった。だから、猟館に住む謎のお嬢様、というのが俺の認識だ。村娘みたいな格好してたまに村に来たりしていたが、所作がいいとこの、それこそ貴族のご婦人みたいでね。口さがない連中は色々噂していたが……」
「どんな噂ですか」
「貴族の囲われ者、つまり愛人だとか、そういう下品な話さ。でも、俺たちパックも色々言われるからわかるが、あんたは違う。そういう稼業のやつは、男も女も、どこか目が疲れている。あんたの目は澄んでいるから」
私達はパック族の男性に礼を言って、その場を離れようとした。
男性は口元に煙を漂わせながら、つぶやいた。
「俺にはマイヤという娘がいる。あんたぐらいの歳の、と言っても見た目は幼いが。その子の顔に大きな痣があるから、出会ったらわかるかもしれん」
パック族は煙を吐き出した。
「もし娘に会ったら伝えてくれ。親父はもう死んだと」
◇
「ところで、猟館って何?」
私の問いにユスフが答える。
「王侯貴族には狩猟を趣味とするものが多い。まあ、軍事訓練を兼ねているという意見もあるが。その狩猟をするための、なんだ、そう、別荘みたいなものだな……よし」
別荘という単語が思い出せて、ユスフが上機嫌になっているのが少しおかしかった。
林を抜けると、確かに大きなお屋敷があった。
宮殿というほど華美ではないが、かなりの規模だ。
「すごい。バットマンのお屋敷みたい」
「なんだい、それは」
「こんなお屋敷に住んで、美女をはべらして贅沢三昧をしているお貴族様が、実は夜な夜な変装して悪いやつをやっつけている正義の味方、という物語なの。昼間の豪遊は、正体がバレないようにわざとやっているのね」
「あらすじだけでも中々面白そうだな」
「でしょ?」
大きな扉についた薔薇の形の呼び鈴を鳴らすが、返事はない。
館の周りを一周すると、勝手口のようなものが開いていた。
屋敷の中に入ると、色鮮やかなタイルに覆われた広いホールのような所に出た。
左右から2回に上がる階段があって、ホールに張り出した二階部分の壁は捻り棒みたいな柱に支えられ、中央に剣が飾られている。
薔薇の彫刻の上に飾られた剣は、剣身に沿って湾曲した鍔を持ち、柄頭には薔薇の花をエッチングした金属球が据えられている。
長さが竹刀と同じぐらいで、使いやすそうに見える。
そして、なによりもぎらぎらと光るその刀身。
その輝きは上野の美術館で見た、名のある刀工の作を思わせた。
絶対良い剣じゃん。
いや、見惚れている場合ではなかった。
「ごめんくださぁーい」
うん、無人だ。
「声は抑えめに行こう、ナオミ。嫌な予感がする」
「そうね、それに、なんだか」
「ああ、臭うな」
私達は猟館の中を調べていく。
大きな洋服箪笥の周りを、ぶんぶんとハエが待っていた。
うーん、開けたくないが。
思い切ってタンスを開けると、思った通りのものが出てきた。
それも二体。
「片方は胸に刺し傷、もう一人は弓でやられたのか。あの双子の仕業で間違いなかろう」
ユスフは二つの死体に手を合わせた。
さらに厨房に行くと、料理人らしき男性が首元を刺されて死体となっていた。
あとは、中庭の井戸からものすごい臭いがした。
後から引き揚げてあげなければならない。
とりあえず三体の死体を一旦ホールにおいて、私達は考える。
「双子は誰かに頼まれて君を殺しにきた。ところが、使用人たちに見つかって次々に手にかける間に、肝心の君には逃げられた」
「そして追いかけるうちに、私は崖から転げ落ちた。双子は私が死んだと思って依頼人に報告したのに、どっこい私は生きていた」
崖の下で目覚めたときの事を思い出した。
あの高さから落ちたら普通は死ぬ。
何かの力が働いたのだろうか。
「それに双子は気付いた。そして、今度こそ君を殺そうと襲ってきた。そんなところだろうな」
そのとき、扉を蹴るような音がした。
私達はすぐに二階に駆け上がり、柱の影に身を潜めて様子を伺った。
木の砕ける音がして、穴の開いた扉から鱗肌の手が伸びる。
鉤爪で蝶番を外し、三体の異形の者が屋敷に侵入してきた。
それは直立する蜥蜴のような生き物だった。
私は口パクで、ま・も・の?とユスフに尋ねる。
ユスフは、首を横に振る。
「親分、見て。この死体を並べたのはいったい誰でしょ」
デカいヤモリみたいな黒目の小さいやつが、左手に持った何かの骨と木で出来た斧で死体をつんつんと小突く。
「やっぱり、旦那の言ったとおり、獲物はこの館にもどってきたようですね」
マツカサトカゲみたいな尻尾の短いやつ、こいつは左手に骨の槍を持っている。
全員、武器を持っているのは左手。
左利きばかりの種族なのだろうか?
「けけけけ、このゲラン様はやっぱりツイている。ばばあ1匹で100ドラクマくれたが、今度の娘っ子は300ドラクマだとよ。さっさと殺して……いや、可愛がってやってからでもいいかもな」
明らかにリーダーという感じの、コモドオオトカゲのような奴が紫色の長い舌をシュッシュッと出し入れし、涎が床にボタボタと落ちる。
「また、親分の悪いクセが出た。異種族の女なんてどこがいいんです」
ヤモリがそういうと、ゲランと名乗るオオトカゲは腰をふりふりする。
「知ってるか?ヤフー族の男は、俺らサウリアンと違ってナニが一本しかないし、それもツルツルしててキノコみたいで全然ダメなんだ」
「マジで?一本だけじゃ何回もできないじゃないすか」
「ナニにトゲトゲついてなかったら、すぐ抜けちゃいそうっすね」
「だからよぉ、俺らがヤフー族の女を犯すと、初めて尽くしでどんなスレた女でも一瞬で昇天よ。それが面白くってなぁ」
「それは見てみたいっす、親分」
「俺にもいれさせてください」
異種族サウリアンのゲランは左手で棍棒のような武器を振る。
それはクリケットのバットみたいな平べったい木の板の両端に動物の骨や牙を差し込んだ物で、一つの牙が欠けていた。
こいつが、婆やを殺した犯人だ。
「出ておいで、ヤフー族の娘さん!種族の壁を越えた友好関係を結ぼうぜ」
私は口パクで、ぶっ・と・ば・そ・う、とユスフに送る。
ユスフはこちらをじっと見つめていた。