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第11話 手がかり

 宮宰マルタンに伴われた私とジュリアンは殺人の現場にたどり着いた。城の中庭で血溜まりの中に倒れている老女を、トロイエ殿下が抱き抱えていた。


「婆や、かならずこのトロイエが仇を取ってやるからな」


頭から血を流して死んでいる老女は、昼間に私を姫様と呼んでいたメイドの老女だった。

血を流して、というレベルではない。

無惨に割られた後頭部からは脳漿のうしょうが流れ出していた。


「ナオミさん、お知り合いだったのですね」


気の毒そうなジュリアンの声にギョッとする。


「え、いや」


私はそこではじめて自分の頬をとめどなく伝う涙を認識した。

ジュリアンはレースのハンカチを差し出す。

涙をふかせてもらったが、中々止まらない。

現場には他にユスフとドワーフのシクステンが駆けつけていた。

シクステンは婆やの死体を凝視していたが、やがて近づいてトロイエ殿下に、ちょっと失礼、と囁くと婆やの頭に触れた。

シクステンは血に汚れた黄色い何かを指でつまみ出した。

骨の欠片か何かだろうか?


「この骨、婆やさんの物ではありませんな」


たしかに、婆やの頭から覗く骨はまだ白い。

対してシクステンのつまんだその骨は、黄色く変色して年月の経過を感じさせた。

ユスフがキシッと歯を鳴らす。


「獣骨の武器を好んで使う種族……サウリアンの仕業か」


トロイエ殿下は婆やの亡骸をゆっくりと降ろすと拳を硬く握りしめ、振り上げて言った。


蜥蜴とかげどもの仕業だというわけか!マルタン、すぐにシィラに書状を送れ!下手人を差し出さなければ、攻め滅ぼすとな」


普段の様子からは想像できないほどの激昂具合だった。

婆やさんは、子供の頃から彼の面倒を見ていた、育ての親に近いような存在だったのかもしれない。

しかしマルタンはやれやれといった風情でそれをいなす。


「サウリアンの仕業だと決まったわけでもないのに、大仰なことをおっしゃいますな。事実関係をしっかりと調べてから、然るべき処置をとりましょう」


トロイエ殿下は怒りに打ち震えながらも、その拳を下ろした。

遺体に白布が被され、運ばれていく。

私はハンカチで鼻水をふいているーーもう、ちょっとついちゃったからしょうがない。洗って返せばいいやーーと、マルタンと目があった。

マルタンは目をしばたたかせると、すぐに視線を逸らすのだった。


 ローゼンダールを後にし、ジュリアンを護衛しながらフライハイトに戻る。

帰り道、私はジュリアンと親しく話ができた。

ひとつには双子の襲撃事件を通して関係が改善したこと、もうひとつはお互い喋っていないと逆に落ち着かないという事情があった。


「ジュリアンさんはフライハイトに戻られたらどうされるんですか」


「父にローゼンダールでの会談結果を詳しく伝えなくてはなりません」


私は会談結果を知らない。

カマをかけてみよう。


「北の方で何かあったとか」


「遠方ゆえ情報が混乱していますが、北方諸国で次々と政変が起き、何か強大な勢力が誕生してしまったらしいのです。その勢力が来た場合はローゼンダール王国と協力して撃退しよう、という話が会談でまとまりました」


「え、それ喋っちゃっていいやつなの?」


カマをかけたこっちが焦ってしまうような重要そうな話だった。


「大丈夫ですよ。我がフライハイトには自前の兵力があまりありません。事が起きれば、冒険者ギルドを通じて傭兵を募らなくてはならない。ナオミさん達冒険者には、いずれは伝わることです」


フライハイトに着くと、商工会議所にジュリアンを送り届けた。

商工会議所は華美な装飾こそないものの、歴史を感じさせる巨大な石造の建物だった。

商人の街として発展したフライハイトは、商工業ギルドが非常に力を持っている、ジュリアンの父エンリケは商工会議所長かねて終身市長でありフライハイトの統治者である、という話は帰り道に聞かせてもらっていた。

街の広場の噴水にもあった、おっぱいを丸出しにした女性像が商工会議所の前にもあった。


「大商人マリアンヌ・ペロワ、この僕つまりジュリアン・ペロワの先祖です。勇者とともに街の人々を率いて殺戮王と戦った英雄です」


「なんで、その、おっぱいが出ているの?」


ジュリアンは顔を赤くする。


「殺戮王との戦争に対して街の人々は乗り気ではなかった。演説をしていたマリアンヌが“腰抜けどもが立ちあがってくれるなら、何をしたっていい”と叫ぶと、一人の馬鹿な男が“じゃあ、おっぱい見せろ”と野次を飛ばしたのです。マリアンヌは平然と服をはだけて乳を見せた。マリアンヌの覚悟を見た人々は立ち上がり……という故事にちなんでいるとか」


どういう反応を返すべきなのか困る感じの逸話だった。


「……目的地に着いてしまいましたし、私はここで。ジュリアンさん、またお会いしましょう」


「もちろん。今度は正々堂々とお誘いしますよ」


私は差し出されたジュリアンの手を握ったが、なんだか物足りなく感じた。

私は彼の身体を引き寄せて、その頬に口づけをする。


「きっと、よ」


ジュリアンはゴーゴンに睨まれたように硬直し、私が視界から消えるまでずっと佇んでいた。


 ギルドに報酬を受け取りに行き、ジュリアンを襲ったモヒカンの盗賊や、私を殺そうとしたアスウェンとオスウェンの話を伝える。

アストリッドは相変わらず身体の線を強調するような、ぴったりとした服を着ていた。

彼女は片眼鏡をツイと上げる。


「あの兄弟、冒険者としては中堅の部類で、今まで目立ったトラブルも起こしていない。ただ、ギルドでは大して依頼を受けていないのに妙に金回りがいい、と怪しむ者もいたわ。でも、パック族に金持ちのパトロンがつくことはよくあることだから……」


「それはなんで?」


「ほら、パック族はずっと子供みたいな見た目でしょう。お稚児ちご趣味とか、幼女趣味の変態の愛人になる者が多い、ということよ」


ユスフは歯をキシッと鳴らせる。


「アストリッド、もう少し表現に配慮を、だな」


「あら、ごめんあそばせ」


口に手を当ててオホホ、と笑うアストリッド。

私は首をかしげる。


「ユスフ、お稚児趣味ってなに?」


「拙僧はその手の話は……信仰の道に反するゆえ、アストリッドから聞いてもらいたい」


ははぁ、性的な話か。

興味はあるけど、まあいいや。

アストリッドさんもからかうのに飽きたのか、話を変える。


「そんなことよりも、往路であなた達を襲った男についてはハッキリとわかるわよ。鶏みたいな変な髪型、凍人ゲフォーレナー騎乗レイテンの異能、斧の使い手、露出狂……間違いない。何年か前に冒険者の番付を賑わせていた、スモーキンという男ね」


「今は冒険者ではないの?」


「依頼中にトラブった他の冒険者を惨殺して、冒険者ギルドの登録を抹消されたのよ。有能な冒険者だったけど、自分の変化に自覚的でなかった。悲しいことね」


「変化って……」


「今、あなたの身に起こっているのと同じことよ。どんどん強くなり、戦いに快感を覚えるようになり、攻撃的になる。日常においても、性に対して奔放になったりね」


アストリッドは、身を乗り出すと意地悪そうに笑った。

机の上にアストリッドの重そうな胸が乗ってぷるぷると揺れる。

アストリッドは、私の唇を人差し指でなぞった。


「ジュリアン坊ちゃんと大変親しくなったそうね。もう、食べちゃったのかしら?」


私は、ジュリアンにキスをしたり、耳元に甘く囁いたりしたことを思い出した。

以前の私はそんな事をする人間ではなかった。

たしかに、どんどんおかしくなっている。


「あ、あ」


頭が熱い。

ユスフの目が赤くなる。


「アストリッド、やめないか!」


アストリッドは、私の唇から指を離した。


「……私は、自分が自分でなくなるのが怖くなって、冒険者を引退した。いつでも、相談に乗るわ。ナオミちゃん」


私達は報酬を受け取ると宿を取り、そこでユスフにローゼンダールでの婆やとの会話について打ち明けた。

この宿屋の一階はラウンジのようになっている。

ふかふかの椅子に腰掛けて、黒檀の机をはさんで話し合う。

ジュリアンから振り込まれた報酬はかなりの額だったので、こんな高級旅館に泊まれたのである。


「婆やの事だけでなく、あの双子のことも、ともすれば君の身体のルーツに関わるようなことかもしれんな」


ユスフは椅子の脇に置いた行李こうりから、地図を出す。

ユスフの爪が指差すのは街の北東。

森があり、さらに谷がある。


「君は以前、崖の下で目覚めたと言っていた。ここではないのか。

ここで何者かに追われ、谷底に転落した」


谷の先には、小さな村がある。

ベルガ村、と読めた。


「ギルドの壁にベルガ村までの配達依頼が貼ってあったはずだ。大した金にはならないが、調査を兼ねて行ってみよう」

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