第19話 狂った科学者の最期
外は日が暮れていた。
朝から戦闘が続き、マティアスとハンニバルは疲れ果てていた。
一旦引き返すことも考えたが、倒したジェフの部隊のテントがすぐそばにある。今晩はそこで休むことにした。
テントに入り、ランタンを灯すと、昼間の休憩時と同じように衛生品、レーション、アイスティー、弾薬が入っていた。
飽きるほど飲んだアイスティーだが、戦場では食料や飲み物を確保できるだけでありがたい。
空腹だった二人は食事を始めた。
ハンニバルは一言も話さず、浮かない表情をしていた。
「ハンニバル、元気ないじゃないか。具合でも悪いのか?」
「……俺はな、あの鉄仮面野郎にタイマンで勝てなかったのが悔しくてたまらないんだ。力勝負なら誰にも負けたことがなかったのに、あいつには殴り合いで負けた。生まれて初めての敗北だ。……ちくしょう、勝ちたかったなぁ……」
ハンニバルはジェフとの近接戦で、単独で勝てなかったことを悔やんでいた。
彼が人間同士の一騎打ちで負けるのは生まれて初めてだからだ。
「お前の気持ちは痛いほど分かる。私も強い敵に痛めつけられるたびに、何度も悔しい思いをした。あの鉄仮面の男は改造人間としての身体能力だけでなく、軍人として積み重ねた戦闘経験と技量でも、私たちを遥かに上回っていた。その経験の差が、単体では勝てなかった理由だ」
「経験ねぇ……まぁ何度も戦ってりゃもっと強くなれるんだろ? 俺は難しいことを考えるのは苦手だから、テクニックより体を鍛える方を選ぶぜ!」
「全くお前らしいな。あの鉄仮面の男はウェアウルフ隊のボスでは無いだろう。つまり、この先はさらに強い敵との戦いを覚悟しなければならない。その時は一人で戦おうとせず、連携を取るんだ」
「あぁ、そうしようぜ。俺もあの幹部にやられてたんじゃ、ボスには到底勝てそうにないからな。ウェアウルフ隊のボスってどんな奴なんだろうな」
食事を終えると、時刻はまだ20時を過ぎたところだったが、二人は疲れ果てていた。
早めにランタンを消す
敵に見つからないことを祈りながら、二人は眠りについた。
——
翌朝、二人は目を覚ますと、残りのレーションとアイスティーで朝食を済ませた。
前日からずっと同じものばかりだ。
早く軍事基地に戻って美味しいものを食べたい——二人の気持ちは一致していた。
弾の補充を終え、テントを出た。
早朝のジャングルはまだ薄暗く、鳥の声だけが響いている。
まだ敵が眠っているであろうこの時間帯は、攻撃を仕掛ける絶好のチャンスだ。
二人は木々の間を慎重に進んだ。やがて、機械音が聞こえてきた。
音のする方へ近づいていくと、そこには戦闘用ロボットを整備する数人のエンジニアの姿があった。
そしてロボットの操縦席には——補給基地の研究室で一度逃がしてしまった科学者、オズワルドがいた。
戦闘用ロボットは高さ6メートルほどの二足歩行型だ。
中央後ろ側にはガラス張りの操縦席。右腕には巨大なチェーンソー。左腕には砲台。
その姿は朝靄の中でも異様な威圧感を放っていた。
ついに目標を見つけた。しかも周囲に戦闘可能な兵士の姿はない。
二人は迷わず突撃した。
マティアスが周囲のエンジニアを素早く射殺する。
操縦席のオズワルドにも発砲したが、硬いガラスに弾かれて傷一つ付かなかった。
二人が近づいていくと、オズワルドが操縦席から声を上げた。
「しつこい奴らめ。まだ生きておったか」
「もう周りには貴様の仲間はいない。貴様の悪行もここまでだ」
「また会ったな、科学者のジジイ。補給基地で俺たちにあの化け物を仕向けたことを後悔させてやるぜ」
マティアスが銃口を向け、ハンニバルが両手をポキポキ鳴らした。
オズワルドは操縦席の中で無線機を取り出し、残りのウェアウルフ隊に助けを求めた。……しかし、応答はない。
「こんな時に寝ているとは役に立たん奴らめ……。今度はわし自ら、貴様らをあの世へ行かせてやろうぞ」
オズワルドが戦闘用ロボットを起動させた。
巨大な機械が動き始める低い唸り音がジャングルに響く。
オズワルドは左腕の砲台から小型ミサイルを数発発射した。
マティアスは前転しながら側面に回り込む。
ハンニバルは避けようともせず被弾し、そのままバズーカで操縦席を砲撃した。
しかし、操縦席の窓ガラスには傷一つ付かない。
「真正面からの物理攻撃は効かねぇか。こいつの弱点はどこにあるんだ?」
かつて戦った武装ロボットを思い出した。
あの時も弱点を見抜いて勝利した。
今回もどこかに弱点があるはずだ。
「無駄じゃ。このロボット全体が特殊素材でできておる。貴様らの攻撃なぞ1ミリたりとも寄せ付けん」
オズワルドがハンニバルに向かって突進してきた。
さすがのハンニバルも受け止めることはできないと判断し、前転で回避して背後に回ろうとする。
その瞬間、右腕のチェーンソーが横薙ぎに振られた。
ハンニバルは直撃こそ免れたが、地面への衝撃で軽く吹き飛ばされた。
「うわっ!」
木の根に背中を叩きつけられ、ハンニバルは顔をしかめた。
「おい、マティアス! まだこいつの弱点が分からないのか!? このままじゃ一方的にやられちまうぞ!」
ハンニバルが大声で呼びかけた。だが、マティアスの返事はない。
遠方に目を凝らすと、マティアスがエンジニアの死体を漁っているのが見えた。
何度も共に戦ってきたハンニバルには、それで十分だった。
マティアスに作戦があると即座に察した。
オズワルドの気を引くため、ハンニバルはわざと大声を上げた。
「あいつ、逃げやがったな! 俺一人で戦うのはさすがにキツいぞ……」
「わしがそんな子供騙しに引っかかると思ったのか。もう一人の男が後ろにいるのは分かっておるわ」
あっさり見破られた。
オズワルドは進路を変え、マティアスに向かって突進する。
マティアスが回避すると、その場にあったエンジニアの死体が突進の勢いで吹き飛んだ。
直後、マティアスは手に持っていたオイルの瓶を、操縦席の窓ガラスに向かって投げつけた。
瓶が砕け、黒いオイルが窓一面に広がる。
オズワルドは右腕のチェーンソーでマティアスを追撃しようとしたが、視界が遮られて空振りに終わった。
「ぬぅ……小賢しい真似をしおって!」
視界を失ったオズワルドはその場で回転しながらチェーンソーを振り回し、ミサイルを無差別に放った。
マティアスとハンニバルは回避に専念しながら距離を詰める。
次の瞬間、マティアスが手榴弾を操縦席に向かって投げつけた。
窓ガラスへの直撃——爆発と同時に操縦席周辺が炎上した。
炎の中で、窓ガラスがじわじわと変形し始めていた。
オイルに引火して勢いを増した炎が、ガラスの耐久性を削っているのだ。
「今だ、ハンニバル! 窓ガラスを割って奴を引きずり出すんだ!」
「この時を待ってたぜ!」
ハンニバルは燃え盛る操縦席によじ登り、炎の中に手を突き込んで渾身のパンチを叩き込んだ。
窓ガラスが砕け散る。
ハンニバルはオズワルドの体を掴み、炎の中へ引きずり出した。
「ぎゃああああああ!! わしの研究があああああ!!」
オズワルドは研究への未練を叫びながら、黒焦げになって絶命した。
これでメインターゲットの討伐は成功だ。
「よっしゃあ! 楽勝だったな!」
「武装ロボットとの戦いは一度経験している。あの経験が役に立ったな。これで諸悪の根源を倒すことができた」
今までの敵と比べると拍子抜けするほどあっさりだった。
二人は確かな達成感と安堵に包まれていた。
「なぁ、このジジイを倒したってことは、これ以上ウェアウルフ隊と戦う必要は無ぇんじゃねーか? さっさと帰ろうぜ」
その時、マティアスが異変に気づき、険しい顔つきになった。
「……いや、浮かれている場合じゃない。向こうから敵が向かってきているぞ」
喜びも束の間だった。
遠くからウェアウルフ隊の兵士たちが近づいてくるのが見えた。




