●-11 死
長い一日は、バタバタという音から始まった。
息を切らし、母が部屋に入ってくる。
どうやら、仕事のため、一度家に戻ってきたようだった。
私はてっきり、忘れ物をしたのだと思い、
私:「うるさいなぁ、、静かにできんのん!」
と言った。
しかし、母の耳には入ってい。
母:「起きて!いいから起きて!!早く」
無理やり布団をはぐり、言葉をさがしている。
ただごとではないかんじで、
母は、立ったまま、ウロウロしている。
姉も体を起こし、
姉:「どしたん??」
寝ぼけている私たちは不機嫌だった。
沈黙が、少しの間続いた。
母:「父さんが・・・・」
姉:「なに??」
母:「・・・・・・。」
「死んでる・・・。」
姉:「はぁぁ??」
私は、まったく意味がわからなかった。
というか、どういうことなのかわからず、
私:「なんで??」
と言った。
次の母の言葉で、私はやっと目が覚めたのだ。
母:「家で・・・自殺してる・・・。」
私:「・・・・・・。」
姉:「・・・・・・。え??意味わからん。」
私の頭の中はフル回転された。
(え??死んだ??自殺した??)
(家で??なんで??)
(死んだって??父さんが??)
言葉にならなかった。
母は、馬鹿だ馬鹿だとずっといっていた。
姉は、夕菜を抱き、意味わからんといった。
私は、無言だった。
服を着替え、車に乗った。
外はうす暗く、朝とはおもえない天気だった。
よわよわしい雨がふり、ワイパーの音が車の中に響いた。
目に涙を浮かべ、必死にこらえる母を、バックミラーごしにみていた。
(父は、自殺した。)
(もういない。)
頭の中で考えても、理解できない。
死んだという意味がわからなかった。
母は説明し始めた。
混乱していたのか、意味がわからない所がいっぱいあった。
母:「家にかえったらね、父さんの車があったの。
あー仕事いってないんだっておもって・・・。
二階にあがったらね・・・・・・
首つってた・・・。
ふざけてるのかとおもって、くだらんことを・・・って
近くにいったら・・・
冷たかった・・・・。」
「父さん・・・死んでた・・・。」
「ほんとに、死んでた・・・。」
母は、こらえきれず、泣きだした。
息ができないほど泣きながら、母は父がいる家に向かっていた。
私は無言だった。
何も考えられなかった。
ショックというよりも、
自分が何を考えているのかも、
何を感じているのかすらも、わからなかった。
私はピッチを取り出し、
2週間前から付き合い始めた彼氏にメールを打った。
『父さんが・・死んだ・・・自殺した・・・』
付き合ってまだ2週間。
彼の名前は、ようすけ。
お互いのこともほとんど知らない。
高校が同じで、前から何度も告白されていたが、
断り続けていたのだ。
なのに、あきらめないようすけに負けて付き合い始めたのだった。
好きでも嫌いでもなかったが彼の一生懸命さは素敵だった。
メールの返信はなかった。
だんだん、家に近づくにつれ、
自分のことなんだと思い始めた。
(私のお父さんが死んだんだ・・・・。)
頭の中で、最後に交わした言葉が浮かんだ
お前なんか・・・・消えてしまえ・・・・
私は、父にそういった。
そして・・・・・
父は・・・消えた・・・・。
この時、これから感じて生きていかなければならない感情が
はっきりとわかった。
一生消えることのないこの感情は、
この時、私の中に植えられたのだ。
家の前には祖母がいた。
祖父も、じきに来ると言っていた。
祖母:「どうしてこんなことに!!何があったん。」
おばあちゃんは、すごい勢いでしゃべり、
母は、だまっていた。
おじ、祖父もそろい、警察を待った。
家で死んだ場合、警察の立ち会いがいるらしい。
警察が来た。
家の中に、祖父、おじ、母がはいっていき、
二階へあがっていった。
残された私たちは、美容院の椅子に座り、待った。
その間、おばあちゃんはずっとしゃべっていた。
しゃべっていないと、落ち着かない様子だった。
私は全く聞いていなかった。
(死んだ・・・自殺した・・・。)
この言葉で頭はうまっていた。
警察の話しがおわり、母が姉を呼んだ。
静かな家の中に、バタンという音と、
姉の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
そう言いながら、姉は泣き崩れた。
私は夕菜を抱きしめ狭い部屋の隅で落ち着こうとしていた。
(大丈夫・・大丈夫・・大丈夫・・)
大丈夫を繰り返しながら、夕菜を抱きしめた。
心臓がドキドキしたままおさまらない。
夕菜は、大きな目で、私を見ていた。
(これは、現実??)
自分に問いかけながら、母に呼ばれるのを待った。
姉や、母の泣き叫ぶ声をききながら思った。
みんながダメになってしまう。
私だけでもしっかりしなきゃ。
だから、私は泣かない。みんなの前で泣かない。
心にそう誓った。
少しすると、静かになった。
夕菜をおばあちゃんに見てもらい、
私はゆっくりと二階へ上がった。
日当たりの悪い階段はいつも不気味だったが、
この日は、もっと不気味だった。
父と母との喧嘩もこの階段の一番上からよく聞いていた。
酔っぱらて、この階段から何度も落ちた父。
そんなことを思い出し、階段の一番上までついた。
おじが言った
「ゆうはくるな!!」
もう、遅かった。
おじいちゃんと、おじさんが、丁度父をおろそうとしていた。
この場面を、私に見せたくなかったのだろう。
父は、私の部屋と父の部屋の間で、
はりにベルトをそして首にまき、足をついたまま自分で体重をかけ、
前かがみの状態で死んでいた。
目には涙の後がくっきりとついていた。
ポロンと落ちたベルトは、
私が中学生の時に使っていた
制服のベルトだった。
私:「・・・・・・・・。」
何も言えなかった。
部屋のすみで泣いている母と姉を見た。
誰とも目が合わなかった。
鳥肌がたった。
その場に立ったまま、
私は繰り返した。
(大丈夫・・大丈夫・・大丈夫・・・)
父を布団におろし、体をまっすぐにしようと
必死なおじと、祖父を、ただただ見ていた。
体が硬直し、まっすぐにのびない父の姿・・・。
その光景は、まるでテレビのサスペンスを見ているようだった。
リアルなテレビ番組。
けれど、これは現実だった。
父の記憶が写真のようによみがえってきた。
二人で行ったお祭り、一緒に見た映画や、
父がゆうは賢いなぁぁとなでてくれた大きな、ごつごつした手。
私の誕生日ケーキのろうそくを先に吹き消して笑う父の顔。
釣りにいこう!お願い!!と私をさそう父。
スイカをものすごい勢いで食べ、私を笑わせてくれる父。
そして、涙があふれた・・・。
(私は・・泣かない・・・)
階段を駆け下り、
おばあちゃんの言葉を振り切り、外へ飛び出した。
駐車場の壁の前に座った。
空からは小さな雨がおち、雲はゆっくりと流れていた。
わたしは声をださずに泣いた。
一人で・・・・。
父の姿が頭にやきつき、はなれない。
うごかない父。
涙を目じりにつけ、
さびしそうに死んでいった父。
みんなに抱えられ、どっしり重たそうな父。
涙がとまらなかった。
最後に会った日も、私はこの駐車場の壁の前にいた。
消えてしまえと言った自分を責めた。
どのくらいそこにいたのだろう。
時間の感覚はなかった。
体は冷え切っていた。
そして、どんなに泣いても、
ギュウッっと締め付けられる心はなくならなかった。
一生この気持ちを抱え、生きていくのだと感じた。
そして、また、繰り返した。
(大丈夫・・大丈夫・・大丈夫・・)