●-10 最後の言葉
この世界から、父がいなくなったあの時、
私は姉と修学旅行の夜のように馬鹿げた話をしながら
笑っていた。
その時父は、静かに涙を流しながら
生きることをやめたんだね・・・。
私は、父が大嫌いだった。
いなくなってしまえ!そうおもっていた。
憎かった。
だけどね、わかったんだ。
大好きだって。
だって、こんなに大きな穴がポカーンって空いてるから。
思い出すこともなかった楽しい思い出を
いくつも思い出したんだ。
ごめんね、お父さん。
ひどいこといって、ごめんね。
だけど、これが本心だよ。
「あなたの子供でよかった。」
「今、すごく逢いたいよ・・・。」
あの日の喧嘩はいつもよりも激しくぶつかり合っていた。
姉と父が口論になり、母と父が喧嘩を始めた。
父は、酔っぱらっていた。
父が苛立ち、返す言葉につまったたとき、
蹴飛ばしたものが夕菜の吸引器だったのだ。
夕菜の命を救う機械を
父は、自分の気持ちのはけ口に使ったのだった。
姉は父の行動に怒り取っ組み合いとなった。
私は仲裁にはいったのだが、
父に投げ飛ばされ、トイレのドアノブにひどく頭をぶつけた。
それでも、おわらない怒鳴りあい。
母も必死に仲裁している。
姉は、泣きながら父に向かっていく。
私は、、、自分の感情が爆発するのを感じた。
頭はクラクラし、
(もういやだ。もういやだ。もういやだ。)
同じ言葉がグルグルまわっていた。
そして、叫んだ。
私:「こんなところにもういたくない!!!!」
「お前なんか、消えてしまえ!!」
みんな、静かになった。
顔をあげると、眉間にしわをよせ、睨みつける父が目の前にいた。
顔を、私の顔に近づけ、静かに、冷たい言い方で、こういった。
父:「お前が一番、きたないんじゃ。」
そう、これが私と父が交わした最後の言葉だった。
私はそのまま、家を飛び出した。
外は、まだ肌ざむかった。
家の前の駐車場の壁で、私はしゃがみこみ、玄関を見つめ泣いた。
外は、暗く、頭の上にある街灯はうす暗く、もっと悲しい気分にさせてくる。
家の中は明るく、昔を思い出した。
父がおかしくなる前、私は父と仲良しだった。
いつも一緒にいた。
ビデオを見たり、釣りにいったり、将棋をしたり・・・。
かしこい人ではなかったが、誰よりも私をみててくれた。
なんで、こうなってしまったのか。
なんで、父は父でなくなってしまったのか。
一番きたないってどういう意味なのか・・・。
頭の中は、怒りと、憎しみでいっぱいだった。
毎日、父の顔色を伺い生活してきた。
父が苛立ちはじめると、みんなで机を押さえる。
父が机をひっくり返すからだった。
ご飯は飛び散り、熱い味噌汁がかかったこともあった。
こんな生活が続くと思うとうんざりした。
母や、姉がいないときが怖かった。
過去を乗り越えられない父と一緒にいるのが辛かった。
そして、私たちをかばう母がかわいそうだった。
少しの間ぼーっと家の中のあかりを見ていると、姉が出てきた。
夕菜を抱き、私のそばで止まった。
姉もしゃがみこみ、
姉:「気にするな!ごめんね!!」
私:「なんで姉ちゃんが謝るの??」
姉:「私が始めた喧嘩だから・・・。」
姉は、いつも自分のせいだと感じていた。
母と父の喧嘩も、
父の苛立ちも、自分の責任だと。
笑うことすらできない大切なわが子。
惜しみない愛情を注ぎ、
なんども、折れそうになりながら、
今を生きている。
けれど夕菜が生まれたことで家族がバラバラになっていく。
後悔してしまいそうになる。
そうおもっていた。
父が憎い。
必死で受け入れようと、強くなろうとする姉を、
父はつぶしていく。
一番辛いのは、姉のはずなのに。
どうすることもできない運命と必死で闘っているのに・・・。
私たちは、物置として使っていたアパートへ行った。
ボロボロの木造アパートで、部屋は二つ。
隙間風がひどく、裏の窓のカギは壊れ、寒かった。
なぜだか、笑い声が響いていた。
笑っていないと、いけない気がした。
母は、父と別れるといった。
おかしくなって以来、以前の父とは違った。
もう無理だとおもうと。
正直、私は嬉しかった。
やっと解放される。
もう、家がほっとできる場所になるんだ。
父の顔をみるたび、ドキッとすることもなくなる。
私:「それがいいとおもう。」
笑顔でそういった。
そして、疲れて眠った。
次の日、母は仕事のため家に戻った。
私は学校を休み姉と夕菜とすごした。
穏やかな一日。
心もすーーーっと軽くなっていた。
仕事を終え、戻ってきた母は悲しい顔をしていた。
父は、怒り、怒鳴っていた。
けれど、もう無理だというと、すまなかったと言った。
私を殴った時、意味もなく食卓をひっくり返した時、
何度も母は、父を許しみんなでやっていこうと言った。
けれど、今回は無理だった。
過去を乗り越えることができなかった父を、
母は、許すことができなかった。
そして、私も。
母は、姉、夕菜、そして私を守ると・・・。
どんなに喧嘩をしても、みんなが家をでることは、
今まで一度もなかった。
父も感じていだろう。
もう、、、無理だと・・・・
その夜はみんなで外食をした。
ワイワイ賑やかで、楽しい話はつきなかった。
夜は、川の字に布団を敷き、修学旅行のようにキャアキャア騒いでいた。
昔話や、時折、夕菜のほっぺにひっつきながら朝方まで姉と話をした。
姉:「明日も学校いかんの??」
私:「だって制服ないもん。」
姉:「あったっていかんくせに。」
私:「うるさいなぁぁぁ。」
気がつくと、朝だった。
そして、長い長い一日がはじまった。
私の生きている世界からいなくなったあなたは、
まだ、この時私の部屋で一人ぼっちだったんだね。
ごめんね。