花巻結城は天才
「……とまぁ、結城はこんな感じだよ」
「……そうか」
花巻薫の弟――花巻結城は凄いやつだった。
薫からの話を聞く限り、薫の上位互換。薫曰く、弟には勝てないらしい。あの薫が勝てないっていうからどれほどの者なのか、話を聞いてみたが、正しく天才そのものだった。
弱小だったサッカー部を全国大会まで勝ち上がらせ、全国統一テストでは、全教科一桁をキープ。
そりゃ、日和だって憧れるよな。
「まぁ、結城は昔からそんな天才だった訳じゃない。あいつは努力家なんだよ、体格も正直サッカー向きではないし、頭だって必死に勉強している結果なんだ。兄として誇りに思うよ」
「いるんだな、そんなヒーローみたいなやつ」
「いるんだよね、何でも努力できる人って言うのは、でも、僕もヒーローは喜代孝だよ?」
「はぁ? 俺がヒーロー?」
薫は何を言ってるんだろう。俺はヒーローどころか、悪役に向いている。
目つきも思考回路も。何なら社会的に見ても悪だろう。
妹のこと四六時中考えるシスコンって、最早、犯罪。しかし、それを理解したうえでも、妹を好きだ。止まらないのさ、一度走り出した恋の暴走機関車は。ふぅ。
「……覚えてないならいいよ、それより、日和ちゃんは結城のこと本当に好きなの?」
「あぁ、まず間違いないな。日和の友達から直で聞いたからな」
「うーん、まぁ、いいや。ただ、日和ちゃんは結城とは付き合わないと思うよ?」
「どういう意味だ? 日和は最高に可愛いだろうが。天才とは釣り合ないと思ってんなら、それは違う、努力する天才となれば尚更だ。日和は誰に対しても、サポートする側に回れる人間だ、寛大な心と、先見の明は…………」
「まって。その話いつまで続くの? もう先生来ちゃうよ?」
「いや、関係ない。薫が妹を認めるまではこの話は何時間でも続く」
薫はわかっていないようだな。どれほど、結城くんがイケメンで運動神経抜群で、頭も良くて、実は才能でなく、努力の結果だとしても。
いや、冷静に考えると本当に凄いな。
でも、それでも、日和は結城くんを支えるほどの能力を持った素晴らしい人間なんだ。
「喜代孝は結城と日和ちゃんに付き合ってほしいの?」
「はぁ? 嫌に決まってんだろう!」
「じゃ、なんで、そんな日和ちゃんを押すのさ。それじゃまるで結城くんと付き合ってほしいみたい立ち位置になってるよ?」
確かに。いかんいかん。冷静になろう。
敵の強大さは理解した。そのうえでどうするかだ。
西園寺ヒカリ――彼女の活躍次第では、どうにでもなる。
「あ、喜代孝、さっきからRhine来てたけど?」
「ん? 誰からだ?」
この時間にRhineをしてくるってことか、相当暇な奴か。あぁ、姉貴辺りだろうか。
「え? ヒカリさんから?」
「誰、その女の子は?」
「……いや、まぁ、友達かな?」
「えー怪しい」
「いや、寧ろ、仲間という方が近い」
「え、怪しさの方向性変わった?」
薫と会話を楽しんでる場合ではない。
Rhineの内容を確認しよう。
なになに。
『お兄様。例の件について。日和ちゃんが朝一で私に聞いてきました。好きな人は私と同じなのと。私は正直に答えました、そうだよって。』
まぁ、こうなることは容易に想像がついた。
ヒカリさんに例の件は丸投げしてしまった。でもわかってほしい。日和の前で堂々と貴方の恋を邪魔しますなんて言える訳ないだろう。
ライバルと伝えるが精一杯だったんだ。
『そしたら日和ちゃんが、泣き出してしまって……。私どうすればいいのか、分からなくて』
そんな。
嘘だろう。泣くようなことなのか。
お兄ちゃんに邪魔されたことがそんなに悔しいのか。でも、日和にはできる限りの説得はしたつもりだ。許せとは言わないが、お兄ちゃんとしても、譲れないことがあるんだと。それでも日和は泣いてしまったのか。
泣かせたのは間違いなく、俺の責任だ。
こんな時、どうすればいいのか。
大事な妹が泣いてるとき、兄としてどうすればいいのか。
この際、プライドも恋心も全て、投げ出して。
日和が泣いてるなら、傍にいてやらないといけないんじゃないのか。
「はーい、朝の会始めるぞー」
「喜代孝、先生来たよ?」
「あ、先生!」
「ん? どうした喜代孝?」
「俺、今日帰ります! 急用ができました!」
「ちょ、どうしたんだ?」
「失礼します!!」
「まってくれ、ちょっと……!」
俺は気づいたら、下駄箱にいた。
全力で走ったら、10分掛からないで、日和の学校まで行ける。
「喜代孝!」
窓から声が聞こえる。上を見上げると薫が顔を出して、何かを投げてきた。
「これ、貸してあげるよ!」
これは! 自転車の鍵だ!
「サンキュ! この恩は必ず返す!」
俺は薫の自転車を探す。
確かあいつの自転車は赤色だったから、あ、これだ!
目立つ色で有難いな、これで、ロックを外してっと。
今から行くぞ。日和待ってろ!