第九話 叢雨
マザーは恐怖した。
今、子供達を蹂躙している女剣士にではない。
突然現れた、このプレッシャーにだ。
途中であの少年を取り逃した時から全てが始まった。
謎の力がマザーの蔓を破壊し、少年を隠した。
この森にいることは確かだ。
だが、場所がわからない。
自然そのものと言えるマザーから、隠れられる者などいない。隠せられる者もいない。
自然の中にいるのだ。
彼らが私から逃げられる事など不可能だ。
いや、いた。
大昔の神話の時代に。
まさか、神……?
ありえない。
彼らは絶対にこの世界にやって来ない。
彼らは見捨てたのだ。
この世界を。
自然を。
マザーは咆哮する。
子供達よ。
我らの敵を倒すのです。
どんな手を使ってでも。
………どうしたのです?
子供達よ!
いつまで経っても、返事は返って来ない。
あの女剣士と戦っている子供達は仕方がない。
だが、他の子供達はどうしたのだ?
どうしてーーー。
ザザザザザザザザッ! スパッ!
その時だった。
マザートレントの隠れ場である、山の壁が切り裂かれた。そこから光と共に誰かが入って来た。
マザートレントは驚いたように目を見開く。
そこにいたのは神々しい剣を握る少年と粉々に切り裂かれた子供達だった。
ふう。やっと見つけた。
まさか、山の中に隠れてるなんて。
神剣を手に入れてから百数体のトレントを斬って、辿って来たらここに着いた。
「それにしても、これだけトレントを斬っても刃毀れ一つないとはな」
『そりゃあ神剣ですもの』
それにしても、デカイな。
樹齢が長いのか樹皮は所々が剥がれかけたりしている。身体中に苔が生え、蔓が垂れ下がり、その大きさだけで普通のトレントの数百倍もある。
まさしく、マザートレント。
トレントの生みの親だ。
「よし。やろうか」
剣を握り直して、走る。
無数に絡まってくる蔓も、避けながら進む。
それだけじゃない。枝から木の針が無数に飛んでくる。
一つでも刺されば串刺しだ。
斬り落とし、振り払い、避け続けても、一向にマザートレントには近付けない。
『全部を相手にしていたら時間がかかるわね』
ならどうする?
『彼女にお願いしなさい』
彼女?
その時、とてつもない振動が響いた。
それと同時に山の一部が吹き飛び、光が差し込む。
「わははははははっ! 見つけたぞ、親玉っ!」
現れたのはメリッサだった。
ここに来るまでに多数のトレントを打ち倒したのか、身体中に木片が付いていた。
だが、そんなになるまで激しい戦闘をしたのに、彼女は傷一つ負っていないどころか、マザートレントを見つけて満面の笑みだ。
「メリッサさん! 俺がマザートレントを斬ります! 援護、お願いしますっ!」
「むっ!? ユーグ少年か、無事でよかったぞ! 援護だな!? 分かった!」
理由を聞かずに即断してくれた。
俺はメリッサさんを信じて、防御を捨てて進んだ。
当然、そこにマザートレントが攻撃してくる。
ただ、俺は無防備に進んでるわけじゃない。
“最強”が守ってくれている。
「《百風千斬》ッ!」
百の風の刃が生み出された。
風の刃は俺を襲う蔓を切り裂き、マザートレントまでの道を切り開いた。
これで技に集中できる。
『さあ。さっき教えた技を試す時よ』
剣に力を込める。
この技は“蓄め”だ。
斬撃を蓄積して、倍の威力を出す。
それはまるで、段々と強くなる雨の如く。
「《一の太刀 叢雨》ッ!」
マザートレントの巨大な身体を真横に真っ二つに斬った。
大木が倒れ、山は完全に崩れ落ちた。
こうして見ると、マザートレントがどれだけデカかったのかが良くわかる。
根が見えないほど深く、巨大だ。
だが、それよりも。
俺は今、死の危険を感じている。
「驚いたぞ、少年! あの大木を一刀両断とはな! わははははっ!」
グワングワンッ、と揺さぶられる。
気持ち悪さで吐きそうだ。
貴方達は、知らないのです。
自然の怒りを。
我らの怒りを。
っ!
なんだ、この声は。
頭に直接響いてるようだ。
我らは必ず、人類を滅ぼします。
必ず。どんな手を使っても。
「だが、お前は倒したぞ! これでお前の目的も果たされないな!」
ふ、ふふふ………。
もう街に、子供達を送り……ました。
今頃、街は滅びて、我らトレン、トが支配しているはず……。
「残念だが、それは不可能だぞ!」
何故、です……?
「最強の暴君が街を守ってるからな!」
そう言うとメリッサさんはにこりと笑い、眼鏡をくいっと上げる仕草をした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「メリッサねえさん!!」
「メリッサ暴れてるなぁ!」
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