重なる記憶
︎︎最初は息も絶え絶えに、涙と鼻水を流して俺の方へ駆け寄ってきたガキ…リオンも俺や途中で戻ってきたシュリに自分や幼馴染、そして妹の身に起きた事情を話している間に息を整えられる位には落ち着いた。
︎︎今の俺と大して変わらなさそうなリオンの姿に前世での在りし日の記憶が脳裏を過ぎる。
『───を、妹を助けてくれ…ッ!!』
︎︎……ち、嫌なもん思い出させやがって。
「アンナ様〜…?」
「…分かりました、私で良ければ力になりましょう」
「良いんですか〜?王族が動くとなると大事件になりますけど〜」
「───だからですよ、本来民間人を護るべき警察官が動かないなら王族である私が民を護るしかありません」
︎︎正直、胸糞悪い。
︎︎何の力も持たないガキ共を襲ったクソ魔族もだが、何より助けを求める者を追い返そうとする警察が、だ。
「…じゃあ、アタシもお供します〜」
「本当か!?恩に着る!」
︎︎従者としてか、はたまた別の目的があるのか同行を申し出るシュリに訝しむ気持ちもあるが、さっきまで絶望しきっていた眼差しが嘘のようにリオンの眼には光が宿った様に見えた。
︎︎今は、この眼に免じて何も言わないでおく。
◆❖◇◇❖◆
︎︎リオンに案内される形で俺達はリオンの妹と幼馴染の身体が寝かされているリオンの家へと向かっていた。
︎︎その道中、何処か普段とは違う雰囲気でシュリはリオンに問い掛ける。
「整理するけど、君達3人は危険区域には近付いてないでOK〜?」
「そうなんだ、危険区域には近付いてないはずなのに…こんな事初めてだよ…」
︎︎幼馴染と妹が心配なのだろう、無理もない、俺も身に覚えはある感情だ。
「なるほどなるほど、じゃあ早速ダイブしてみようか〜」
「ダイブ…?リオンから聞いた話の中でも出ていましたが…」
︎︎ふと、気になったので問い掛ける。
︎︎ダイブする、前世のVRゲームと似たような感覚なのだろうか?という一ゲーマーとしての純粋な興味もあるが、ゲームで人間の生命が危ないなんて俄には信じられない気持ちもあったからだ。
︎︎尤も、俺が前世でその辺の設定を読み飛ばしていた線も無くはないが。
︎︎何処からか牛乳瓶の底みたいな眼鏡を取り出したシュリはそれを掛ける。
(いや、それ何時も持っとんのんかい…)
「あれ…あ、そっか〜。アンナ様は初めてのダイブになるんだっけ。それじゃあ、ぱぱっと教えちゃいまーす」
「はぁ…お、お願いします…?」
「先ず、ダイブっていうのはデバイスを介して仮想空間に意識を繋げる事を言いまーす」
「仮想空間…ですか?」
「ですでーす。元々は身体の弱い子とかアンナ様みたいに高貴な御方でも学校に通えるように、って考えで作られたものなんですが、最近はそれ以外の用途でも使われるようになったみたいです〜」
︎︎なるほど、確かに身体が弱けりゃ学校に通うのもしんどいだろう、王族が学校に通うにしたって一々SPを付けるのも仰々しい。
︎︎仮想空間内で学校に通えるならそれに越した事は無い。…正直この辺り、化学技術力だけで言えば前世の世界の一歩も二歩も進んでいやがる。
「ただ〜、魔物とか一部の魔族も仮想空間で生活するようになったから最近では政府が危険区域が幾つか設けられるようになりました〜」
「なるほど、つまり事情は分かりかねますが仮想空間内の危険区域に住まう魔族が一般人も訪れる様な場所に現れたと…」
「そうなんだ…妹もエステル…その、幼馴染も自分が囮になって俺を逃がして…今こうしている間も…」
︎︎エステル…ね。
︎︎ウルガルド物語の主人公が確かエステルだった気がするが…まぁ、今は良いか。
︎︎ふと、デバイスとデバイスを妙な配線で繋いでいたシュリが俺にデバイスを返してきた。
「説明しながら一応何時でもお友達と妹ちゃんの近くにダイブ出来るようにはしました〜、でも、アンナ様?本当にアンナ様も行くんですか〜?」
「…勿論、私は“私に課した誓いの元、行動するだけです”…行けるなら直ぐにでも」
「…ふふふ〜、分かりました、ならシュリちゃんはそんなアンナ様を支えますね〜」
︎︎一瞬感じた俺を値踏みする様な視線、リンとは少し毛色が違うがシュリもシュリで相当な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
「じゃあリオンくん、私とアンナ様は仮想空間にダイブするからその間、私達4人の身体をよろしくね〜」
「お願いしますね、リオンさん────」
︎︎ダイブとはこんな感覚か、と意識が遠のく感覚を覚えながら今尚魔物から逃げているだろう二人の横顔を眺め意識を手放した。