救いの手
︎︎時は少し遡る。
︎︎アンナが半ばシュリに連れ回されている間、赤子の頃から共に居た3人の子供が互いの別れを悲しんでいた。
「そっかぁ…来週には引越しちゃうんだね、エステルお姉ちゃん…」
「うん…お母さんの仕事の関係でね」
「寂しくなるな…」
「もう、引越ししても毎日話そう?私もレオナちゃんも今年で8歳になったからデバイスは支給されるんだから」
「便利だよな、これ一つで身分証にも携帯にもパスポートにもなるんだから」
︎︎レオナとアンナよりも2歳歳上のリオンか呟く。
︎︎この世界では8歳になると一人一人にデバイスが支給される。
︎︎それ自体が個人を保証する証であり、今後の人生を大まかに左右する証でもある。
「そうだね、あ、そうだ。リオンもレオナちゃんもデバイス出して、連絡先を交換しよ」
「うん!ほら、お兄ちゃんも」
「おう、待ってな」
「あ、リオンは知ってたけどレオナちゃんも“色つき”なんだね、という事は将来は星騎士関係のお仕事に就くの?」
「うーん、でも今は水色だから…あれ?エステルお姉ちゃんのデバイスの色は見た事が無いかも」
「本当だ、“色なし”とも違う…銀色って確か…」
「うん、何だか他の人の星武器を使える才能?があるみたい」
︎︎デバイスには大きく分けて十種類の色が存在する。
︎︎魔法が使えず、星騎士としての才能がない一般人が白、それ以外に個人の魔力量や使える星武器によって七種類の色に分かれるのだが…例外として黒と銀が存在する。
「やっぱりそうか、俺知ってるぞ。100万人に1人居るかどうかっていう凄い才能じゃないか!やったなエステル!」
「そうなんだぁ、エステルお姉ちゃんはやっぱり凄い!」
「そんな事ないよ…、でも、ありがとね?」
「お祝いしないと…あ、そうだ、今から仮想空間にダイブして綺麗なお花畑を見に行こ?私、良い場所知ってるんだぁ」
︎︎仮想空間とはデバイスを持つ者なら誰もが意識を電脳世界にダイブさせる事が出来る、もう一つの現実世界と言い換えても良い場所だが、それ故に危険性もある。
︎︎その一つに、政府が危険と判断したエリアには電脳世界に潜む魔族や魔物が存在する、という点があるが、基本的には政府が一般的に公開されているエリアには魔物は近付けないというのが通説である。
︎︎そう、余程強い魔族に使役されている、等という場合でなければ。
「あそこか、良いな。エステルが引越しても忘れないように今から行こうぜ」
「ぇ、危なくない…?大丈夫…?最近通常エリア付近でも魔物に襲われるって聞いた事あるけど…」
「平気だって、危なくなったら緊急ログアウトすれば良いんだし」
◆❖◇◇❖◆
︎︎それから半刻程経ち、場所は変わって古い神殿を模したエリアの中央へと3人はやって来ていた。
「あれぇ…?確かこの辺りだったんだけどなぁ…」
「んー…時間限定で出る花だったのか?」
「二人が言ってる花ってどんな花なの?」
「確か…ウッ○ンナン○ンゲッ○ウガ?」
「お兄ちゃんのばか、雲南月光花だよ!」
「おまっ、実の兄貴にバカ呼ばわりはねぇだろ!」
「だって馬鹿だもん!」
︎︎元々花よりも団子というタイプのリオンに対し、犬や猫を始めとする動植物を可愛がるレオナはおかんむりの様子だ。
︎︎無理もない、レオナにとっては同い年ではあるが姉と慕うエステルへの贈り物として見に来たのだから。
「ふ、2人とも落ち着いて?」
︎︎二人が言い争いをしている最中、空気に淀みが生じる。
︎︎瘴気…腐臭…肉が腐った匂いが彼方此方から漂い始める。
「あぁ…?俺様の秘密の狩場にガキが3人で何してやがる?」
︎︎土がボコボコ…ッと隆起し現れたのは身体の彼方此方が腐った死体…所謂アンデッド系の魔物だ。
︎︎その最前列で首から上の頭部を抱き抱えた騎士の様な姿をした“魔族”が自身よりも小柄でか弱い3人の子供“エステル”達を見下ろしている。
「ひっ…!」
「ま、魔物?首の無い…」
「首の無い騎士…確かデュラハンっていう魔族…逃げるよ2人とも!」
「そ、そうだ緊急ログアウト…出来ない!?なんで!?」
︎︎この世界で言う所のログアウトは現実での肉体の覚醒を意図する。本来であれば安全に意識を覚醒させる為に一般的に公開されている地域でしかログアウトが出来ない仕様になっているが、魔物や魔族に襲われる危険性を考慮し意識体に特殊な防御結界を張る事で危険地帯でも緊急ログアウトを出来るような作りにしている。
︎︎が、如何なる手を使ったか定かではないがその機能が使えないようにされて焦る3人。
「クカカ…逃がすかよ、今日は大量だなぁ…ん?おぉ!しかもレア物も居るじゃねぇか!此奴は幸先が良いな」
「ッ…私が囮になるから2人とも逃げて!」
「ばっ!?エステル一人置いて逃げ「逃げて!誰か助けを呼んできて!!」っ…分かった、絶対連れてくるから!レオナ!」
「私も残る!2人ならもっと時間を稼げるもん!」
「っ…分かった、2人とも助けを連れてくるまで逃げ切ってくれ!」
︎︎苦渋の決断であっただろう、目尻に涙を溜めながらもリオンは二人に背を向けて走り出した。
︎︎この3人の中では一番脚の速いリオンが助けを呼ぶのが結果的には3人が無事に生還する可能性が高いからだ。
︎︎だが、そんなリオンの祈りにも似た願いを聞き届ける程、人の世は優しくは無かった。
◆❖◇◇❖◆
「君、どうしたのかね?」
「い、妹と幼馴染が仮想空間で魔物に襲われて…た、助けてください!」
︎︎息を切らし交番に駆け込むリオン、そんなリオンを訝しむ様に見下ろす若い警察官。
︎︎然し、リオンにとっては信じられない様な…何より信じたくない現実を警察官は突き付ける。
「バカを言っちゃいけないよ、今は原因不明の電波障害で仮想空間にはログイン自体が出来ない筈だ。嘘ならもう少しまともなものを吐きなさい、我々警察はそれでなくとも忙しいのだから」
「〜ッ!もう良い!!」
︎︎警察とは基本的に事件が起きて初めて動く組織だ、そしてこの場合、仮想世界にログインが出来ないのだからそんな事態が起こり得る筈もない、と、“端から被害者の声に耳を傾けなかった”のである。
︎︎此処に自分を…最愛の妹を、幼き頃から共に育った幼馴染を救ってくれる英雄“ヒーロー”は居ない、そう理解した少年は涙を溢れさせながら交番を飛び出した。
︎︎───だが、彼はそれでも諦めなかった。
「誰か……助けてくれ…!」
︎︎───その願いが、その祈りが。
「誰か……!」
︎︎───英雄“ヒーロー”ではなく、何れ悪魔…否、破壊神になり得る者“アンナ”に届いたのは運命の皮肉だろう。