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変わらないもの  作者: ユヒミカ
2/2

〜2〜

 なぞなぞを出されて、答えを教えて貰えないようなモヤモヤは、朝宮が原因だった。

 朝宮のせいで、不眠症になった時期もあった。


 だから声を掛けるかは、考えるまでも無かった。


 「ちょっと!」


 横を通り過ぎる時に、声を掛けた。


 朝宮が振り返るよりも早く、隣に居た清崎が、驚いた表情でこっちを向いた。


 今は清崎のことなんて、他人の占いくらいどうでもいい。


 沈黙のまま数秒見つめ合った ーーー


 「失礼ですが……えーっと……すみません……どちら様でしょうか?」

 朝宮が軽く首を傾げる。


 「どこかでお会いしましたか?」

 丁寧過ぎる対応に、人違いと錯覚した。


 反応に困って口が開いているのが、自分でも分かった。


 「松井よ!」


 朝宮は、ババ抜きで一対一になった時に、悩むような険しい表情をしていた。


 「松井……さん?」


 「何も言わずに姿を消したあんたと、高校生活の半分を一緒に過ごした松井彩音よ」

 ここまで種明かしをして、分からなければ、人違いが、記憶喪失という事で、潔く諦めよう。



 記憶を辿っている朝宮の表情が、分かりやすく驚きに変化していく。


 「ん?」


 朝宮が恥ずかし気もなく、近距離で顔を覗き込んでくる。

 「顔いじったか?」

 電車で新品のスニーカーを踏まれた時くらい、本気で睨んだ。


 「冗談だよ」

 笑いながら、気安く肩を組まれる。


 「あんまり美人になってたから、気が付かなかったよ」

 「それどう言う意味よ!」


 今の数秒のやり取りで、束縛症の清崎は、二股されたギャルのように、後で発狂するだろう。


 朝宮が笑窪を出して笑う。


 「久しぶりね。元気だった?」

 「この通りだ」

 朝宮は、全身を見ろと言うように、両手を広げた。


 笑窪の出る朝宮の笑顔は、昔となにも変わっていなかった。


 「こっちに住んでるの?」

 「今は都内に住んでる」

 「そうなんだ。戻ってきた訳じゃないんだ?」


 朝宮の表情が、一瞬曇ったような気がした。


 「一度出た街に戻るなんて、捨てたゴミを拾いに行くようなものだ」


 朝宮らしい比喩だった。


 卒業旅行の前日に

 『朝、家に来て起こしてくれ』

と頼まれた私は、自分が寝坊をしそうになって、朝宮を起こしに行くことができなかった。


 自力で起きて集合時間ギリギリに来た朝宮は、一言目に

 『電池の入ってない目覚まし時計と同じくらい、使えない女だな』

と言った。


 「こんな所でなにしてるの?」

 「近くで仕事があったから、こっちの土産でも買って帰ろうと思ってな」


 朝宮が、ようやく清崎の存在に気付く。


 「すみません、ご挨拶が遅れてしまって、同じ高校に通っていた朝宮と申します」

 朝宮が、礼儀正しく頭を下げる。


 地元では、絵に描いたような不良少年だった朝宮からは、想像もできないくらい、低姿勢で謙虚な挨拶だった。


 「清崎です」

 清崎が若干素っ気ない挨拶を返す。

 昔の朝宮だったら、清崎の胸ぐらを掴んでいただろう。


 「失礼ですが、彩音とはどう言った関係…」

 「仕事って何してるの?」

 清崎の言葉を遮って、話題を変えた。


 「彩音とは、お付き合いしていました」

 クイズ番組で回答する、東大生並みの早さだった。

 朝宮が名前を呼び付けで呼んだ瞬間、清崎の顳顬が、アニメのように動いた。


 「ですが所詮は高校生のお付き合いです。なにもお気になさることはありませんよ。それに僕は自分勝手で自己中心的な性格だったので、青春なんて言葉とは、程遠い恋愛でした。ほとんど彩音との時間など無かったですしね」


 それは事実だった。


 「そうですか。それは良かった」

 半信半疑の清崎が、愛想笑いをする。


 それは良かった?


 こんな器の小さい男を見てると、一粒だけ乗ったイクラを小皿で出されたくらい、惨めな気持ちになった。


 「なんか言ったか?」

 「え?仕事はなにしてるの?って」

 「ああ。会社を経営してるよ」


 不良漫画の主人公のような朝宮が、まさか会社を経営しているとは…


 「へえ〜なんの?」

 清崎が勤務する工場の愚痴より、100倍興味はあった。


 「特にコレと言って業種に拘りはないな。利益が見込めればなんでもやる」

 昔の朝宮が持っていた鋭い目付きよりも、鋭利になったように見えた。


 「なんでも屋的な?」

 「そんなところだな」


 朝宮が降りてきた車の助手席から、サングラスを掛けた、女が降りてくる。

 170センチはありそうな女が、ランウェイを歩くモデルのような足取りで、近付いてくる。


 「ねえ!私の存在忘れてないわよね?」


 わざとらしく不機嫌を装う女は、掛けていたサングラスをカチューシャ代わりにして、艶のある髪を掻き上げた。


 「昔馴染みの同級生にたまたま会ってな」



 え…?



 思わず目を疑った。


 「紹介するよ」

 いやいや…

 紹介されるまでもなく知っている。

 ドラマやCM、動画サイトで引っ張り凧な、国民的若手女優の、未来(みらい)だった。


 もし本人で無ければ、モノマネ番組に、是非とも投稿したい。


 「地元の同級生の松井彩音と」

 いちいちフルネームで紹介しなくていい。


 「えーとその友達?のえーっと」

 「き…清崎です」


 たしか清崎は、未来がCMで使用している、男女兼用のリップクリームを使っていた。


 別世界の女性を目の前にして、正気を失っている清崎と一緒に、未来へ頭を下げた。


 同性から見ても愛くるしい未来の笑顔は、ディスプレイの中よりも、おしとやかで大人っぽく見えた。


 「未来です。どうぞ宜しくお願いします」

 名前を聞いて、そっくりさんでないことを確信した。


 は?

 ちょっと待って…


 目の前で起きている光景が衝撃的過ぎて、すぐには整理ができなかった。


 朝宮と芸能人が……?


 同じ車に……?


 4,000万の車に……?


 頭の中でクエスチョンのリレーが始まる。


 未来は、朝宮の腕を両腕で無理やり組んだ。


 ボールを初めて蹴る素人と、世界中の観客の前でプレーするプロくらい、住む世界が違って見えた。



 たった五年…



 絶対に比べては行けないと分かっていた。


 「それじゃあ、これからお買い物に行くので、そろそろ失礼します」


 颯爽とその場をあとにしようと、頭を下げる未来は、向日葵が溜め息を吐きそうなくらい、お手本のような明るい笑顔だった。


 「じゃあまた」

 朝宮は右手を挙げた後で、清崎に軽くお辞儀すると、未来に引っ張られるように、コンビニの自動ドアを潜った。


 薄黒いクマのキーホルダーが、後ろポケットから、どこか寂しそうに顔を覗かせていた。


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