〜1〜
好きでもない男の相手をするなんて、充電の切れたスマホの相手をするくらい馬鹿げていた。
退屈な車内では、聞いたことのない、ご当地ソングが流れている。
また売れていない田舎アイドルの曲でも、ダウンロードしたのだろう。
機械音的な歌声は、両耳に指を突っ込もうか悩むくらい、今の自分には不快だった。
カーナビの音声が、地元である湘南に入ったことを告げる。
教習所のマニュアル通りに、ハンドルを握る清崎は、ゲームを始める前に、攻略本を読むような、つまらない男である。
何をするにも、知った上でしか、行動を取らない。
「コンビニ寄ってもいいかな?」
耳栓を買うチャンスだった。
首を縦に三度降ると、車は駐車場に左折した。
こんなに長く感じた一時間は、中学校の全校集会以来である。
校長の話が始まると、明かりの見えないトンネルに迷い込んだような気分になっていた。
もう清崎との関係も、一緒に居るだけで限界だった……
おっさんに囲まれた寿司詰めのエレベーターくらい、窮屈で息苦しい。
外の空気を吸うために助手席を降りた。
凄まじい排気音を轟かせた、白いスポーツカーが、ピットに入る勢いで、駐車場に入ってくる。
異彩を放つその車は、視界に入る全ての人の視聴率を、一瞬で奪った。
空き缶を蹴飛ばして当てたくなる車ランキングがあったら、間違いなく一位の車である。
反対車線では、三段シートの付いたバイクが二台、信号待ちをしていた。
この街の海沿は、夏になると外灯に集う害虫のように、改造車が増える。
「うわ!アレ!やば!あの車!めちゃくちゃ高いよ」
ついこの間、7年ローンでファミリーカーを買ったばかりの清崎が、好きなアイドルを生で見たように興奮する。
ちなみに清崎とファミリーになるつもりは、1ミリもない。
清崎との未来なんて、10年後の天気を気にして
『アホちゃうか!』
と突っ込まれるくらい、アホみたいな話だった。
「うーわーマジやばい!」
「いくらくらいなの?」
隣の家の晩ご飯くらい興味は無かった。
「いくらくらいって想像も付かないな」
猿に道を尋ねるくらい、聞いた自分が馬鹿だった。
「そっか」
素っ気ない返事を気にすることなく、清崎がスマホをいじり出す。
分からない事があると、スマホからの情報にすぐ頼るのが、清崎の癖だった。
「ほら見て」
いいから早くコンビニ行けよ……
仕方なく差し出された画面を見ると、記載されている車体価格は、4,000,000に見えた。
たしかに高かったけど、馬鹿みたいに目を見開いて、興奮する金額でもないと思った。
「そうね」
「そうねって簡単に家を建てれる金額だよ?」
簡単に……家?
顔の前に差し出された画面を、もう一度よく見ると、車体価格は40,000,000だった。
4,000万……
たしかにこの金額なら、簡単に家は建てられる。
ただ、車に4,000万も使うなんて、アイドルのグッズに何十万も突っ込む、目の前の馬鹿と同じくらい馬鹿な奴だと思った。
車内には、スーツを着た横顔の若い男と、サングラスを掛けた女が見えた。
「まだ若そうだね」
人生なんて不公平だと、言わんばかりの表情が、口調から滲み出ていた。
え………?
男が車を降りる時に目が合った気がして、心臓が跳ね上がった。
朝宮……
五年振りだったけど、間違いなかった。
スラっとした高身長……
人を寄せ付けない独特な雰囲気……
少し遠目からでも確認できた、両眉の間にあるホクロを見て確信した。
高校ニ年の夏から付き合い出して、卒業式を最後に、黙って姿を消した、朝宮亮太だった。