009 アスタチウム
いつもお読みくださり誠にありがとうございます。
6日目の朝、目覚めるとなんだか柔らかいものが俺の唇に触れていた。
目を開けるとエルミの顔が真前にある。
俺はエルミとキスをしていたのだ。
「ん……おはよう、ジュンイチ」
「何……どうした、の……?」
俺は20年近く振りのキスにドギマギしてしまい、言葉を上手く紡げない。
「モーニングキスよ。これなら結婚前でも問題ないから。私の初めてのキスなんだから、もっと喜んでもいいんじゃない?」
エルミは俺の前で仁王立ちになり腰に手を置いて少し首を傾げる。
彼女も照れているんだろう、まだ日の出前で部屋の明かりはフットライトの灯に依存しているというのに上気して顔が赤くなっているのが分かる。
「おはよう、エルミ。ファーストキスありがとうな」
「どういたしまして……やっぱり恥ずかしいな」
そんな2人を熊五郎とにゃん太は不思議そうに見ていて、それに気が付いたらエルミは余計に顔を真っ赤にして俺の胸に抱きついてきた。
彼女の温もりを感じ、いつものように朝は収穫に向かう事にした。
コップ1杯の水を飲み、こけとこっこの餌場にとうもろこしを太郎と花子の牧草地の様子を確認し、熊五郎とにゃん太を連れて森に向かう。
エルミは家で留守番を頼もうとしたら、どうしても付いて来るというので一緒に行く事にした。
先ず、向かうところはメープルシロップのところ。
弓と矢筒を背負い森の中へと進む。
「どこに向かうの?」
「メープルシロップが取れるんだけど、それを見に行くんだよ」
「メ、メープルシロップ!?」
「メープルシロップ。聞いたことない?」
「聞いたことないも何も、それって高級食材よ!」
「あ、そうなんだ。この森の食材って王国にとっては垂涎ものが多そうだね」
そんな話しをしながら森を進んでいく。
途中でサツマイモ芋や大根、オリーブの実なども採取して目的のサトウカエデの木に。
予想通りに容器にはたっぷりのメイプルシロップが入っていた。
「舐めてみる?」
「うんっ!」
エルミは人差し指に少し付けて舐めると幸せそうなトロ笑顔になっていた。
「今朝はこれを使った食事にでもしようか」
「何を作るの?」
「それは秘密だよ」
「イジワル……」
エルミは俺の腕に自分の腕を巻き付けてきた。
「全マップ探査」である動物もしくはモンスターを探しており、今日はそれをゲットしようと考えていた。
1つはレインボーシープ。
そしてもう一つはミスリルワームだ。
ステータスボードには辞書機能もあり、それを読んでいた時に見つけた動物だった。
レインボーシープは名前の通り七色に輝く毛を持つ羊で、この羊の子供の肉は超絶旨いんだそうだ。
ミスリルワームは地中の中を進む際に微量に含むミスリル鉱石を身体に蓄積させていったワーム。
このワームからは希少鉱物のミスリルが採れるので是非とも欲しいのだ。
「この先にレインボーシープがいるようだな。エルミはこの剣を持っていて」
これはある伝手で手に入れた超硬合金と言われるものを使った登山ナイフを複製し、それを再度創造し直して作ったブロードソードだ。
不破壊、攻撃力50%アップ、雷撃を付与したもので、エルミ用として彫金も施し専用の鞘も作ってある。
エルミはそれを抜くと、
「綺麗……もしかして、これ、魔法剣?」
「そうだよ。これならそこらのモンスターでも負けないんじゃない?」
「ありがとうね。婚約の印として受け取るね」
「婚約の印!?何それ?」
「男性が女性に剣を渡すのは、男性が女性に家庭を任せるという意味を込めて婚約の際に渡すの。この剣であれば王族に渡すものとしても過分なくらいよ」
「そ、そうなんだ……」
「ジュンイチ、ありがとう!これで両親も反対できないわ!」
エルミはもしかして策士か!
そう思うものの、エルミは可愛いからいいや、と思いながら、
「それなら良かった。さあ、行くか」
レインボーシープはこの先の少し草原が広がっている所に群れで草を喰んでいた。
俺とエルミ、熊五郎とにゃん太はレインボーシープに気づかれないように近づき、弓を構える。
矢には速度を付与し、子羊と羊を1頭ずつ狙いを定めて射る。
シュ シュ
空気を切り裂くように矢は一直線にレインボーシープへと向かい、2匹を絶命させた。
残りの羊たちは異変を感じ取り森の中へと逃げていった。
俺は2匹を収納し複製し、一部を解体も行う。
「次はワームだ。ワームは少し厄介だよな」
何せ土の中だ。
彼らは地表の状態を感知できるようだが、こちらからはなかなか地中を知るのは難しい。
取り敢えず、「全マップ探査」でミスリルワームの居場所は分かっているのでそこへ向かう。
「ごめん、エルミはちょっとここで待って貰える?」
「熊五郎、悪いけど背中にエルミを乗せて貰える?にゃん太はエルミを守って」
「がうっ!」
「なーっ!」
眷属化して数日で成獣になっている熊五郎とにゃん太は体重も800キロと500キロになり、可愛いから頼もしいになった。
そんな2匹にエルミを任せ、俺はミスリルワームのいるであろう地上に立ち、創造で鉄の棒を創りそれを地面に突き刺した。
「雷魔法っ!」
俺は地面に電流を流し込んだ。
すると、地面が大きくうねり出し、ミスリルワームが地上に出てきたのだ。
体長20メートルはあろうか、口の大きさも俺を一飲みできそうなくらい大きい。
そして口の中には無数の歯が剣先にように尖っているのが見える。
俺はその鉄の棒に雷魔法を「付与」してミスリルワームの口の中に投げつける。
ギュンッ!
そんな音と共にミスリルワームの口の中に突き刺さり、雷魔法が炸裂した。
バババババババ……
高圧電流がミスリルワームの身体を駆け巡り肉が焼ける臭いがする。
最後に頭を大きく持ち上げたかと思うと、ミスリルワームはそのまま大きな音と土埃を舞い上がらせて絶命した。
俺はミスリルワームを収納し、解体すると、
・鉄鉱石 2500キロ
・ミスリル鉱石 500キロ
・銀 3キロ
・アダマンタイト鉱石 2キロ
・金 1キロ
・アスタチウム 50グラム
・魔石特大 × 1
・討伐部位 毒歯 × 1
「アスタチウム……?なんだこれ?」
「説明」などを読んでいたけど、アスタチウムは初見だ。
もちろん、「説明」にもアスタチウムの事について記載は皆無だ。
俺が悩んでいると熊五郎に乗ってエルミがにゃん太を伴ってやってきた。
「ジュンイチ、お疲れ様!凄いわね、あれワームでしょ?」
「ああ。ワームの中でも希少種のミスリルワームだね」
「ミスリル、ワーム……?ウソでしょ?」
「いや。あれはミスリルワームだよ」
「でも、ミスリルワームは剣が通らず魔法も効果がないって……」
「そう?さあ、家に戻ろう。熊五郎、家までエルミをよろしくね」
「がうっ!」
にゃん太が俺をじーっと見ている。
自分だけ役割がないのを寂しく思っているようだ。
「にゃん太もエルミの護衛、宜しくな!」
「なー!」
にゃん太は嬉しそうに一鳴きしてエルミの(実際は熊五郎の)横に並んで歩くのだった。
俺は歩きながら、時間調整して作っていた酵母と小麦粉、塩、それに卵を混ぜてパン生地を作っていた。
家に帰る前までに時間調節を上手く使えば後は焼くだけだ。
また、アイテムボックス内でパンの型を作り洗浄したその中にパン生地を入れておいた。
家に戻ると俺は「洗浄」と「浄化」をエルミ、熊五郎そしてにゃん太に掛け、キッチンに向かう。
パン型をオーブンに入れてパンを焼き始め、その間に卵液を作る。
ボールの中にエアレーから搾った牛乳とコカトリスの卵、そして不純物を取り除いたメープルシロップを入れて混ぜ合わせる。
次いでに鶏肉と玉ねぎ、大根、にんじんのコンソメスープとトマトサラダを用意する。
熊五郎とにゃん太には今日狩ったばかりのレインボーシープのマトン肉を4キロずつオーブンで焼き上げていく。
本当はレタスやきゅうりなども欲しいところだけど、根気よく探すか、もしくはアイテムボックス内で品種改良できるようにするか。
どちらにしろ、しばらくサラダはトマトサラダなのかな。
「ジュンイチ!パンの香りがとっても良いんだけど!」
「もう少し待っててね。多分、小一時間くらいかかるかな」
「えっ、そんなに……」
エルミはトボトボとリビングの熊五郎とにゃん太の所に戻っていった。
焼き上がったパンは「収納」してアイテムボックス内で適度な温度に下げて「解体」を利用してスライスする。
それを卵液に漬け込み、再び「収納」して時間加速でしっかりと中まで卵液を吸わせる。
熱したフライパンにバターを溶かして卵液を吸わせたパンを中火でじっくりと焼き上げ、ひっくり返して同様に焼き上げるとフレンチトーストの出来上がりだ。
出来上がったものは当然、一度「収納」して複製を忘れない。
テーブルの上に、フレンチトースト、コンソメスープ、トマトサラダそしてりんごを剥いたもの。
熊五郎とにゃん太のマトンのローストにはいつもと同じようにコンソメスープを少し掛けてあげる。
「さあ、できたよ!」
エルミは熊五郎やにゃん太よりも素早く着席し、食事を待っていた。
「本当に美味しそうな匂い。今日は……何これっ!?」
エルミはパンだと思ったのにテーブルの上には卵焼きのようなものが置いてあるのだ。
「これにバターを乗せてメープルシロップを多めに掛けて……、どうぞ!さあ、いただきます!」
「……いただきます」
「がうぅっ!」
「んなーっ!」
エルミは「卵焼きに甘いメープルシロップなんて」と思いながら1口、口に運ぶ。
表面はカリ、中はトロッとした食感。
広がるバターの甘さとメープルシロップの甘さが渾然一体となり、エルミの口中に広がる。
それを咀嚼するたびに小麦の甘さも加わり、天にも昇るような感覚に襲われるのだった。
「な、何これっ!」
当然、先程の「何これ」とは意味が違う。
あまりの美味しさに驚かずにはいられないのだ。
途中、コンソメスープを口直しに、一気にフレンチトーストを食べ終わる。
「……ジュンイチ……」
「お代わりでしょ?どうぞ」
彼女のお皿にはもう1枚、フレンチトーストが乗せられる」
エルミの顔は一気に明るくなり、「ありがとうね!」と言いながら至福の時を過ごすのだった。
ちなみにレインボーシープのマトンは通常のマトンに比べて旨味が格段に上なのだが、マトン特有の臭みがなく、これも超高級食材だったりする。
そんなマトンのローストなのだから、2匹も「ふがふが」鼻息を荒くしながら食べていたのだった。
※ アスタチウムは拙作上のみに出てくる空想上の鉱物です。
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