008 エルミの想い
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脱衣所で服を脱ぎ、「収納」する。
そしてハンドタオルを持って浴室に入り、自分に「洗浄」を掛けて湯船に浸かる。ハンドタオルは畳んで頭の上だ。
「ふーっ……やっぱり風呂はいいよな」
俺はそう呟くと、浴室の横開きのドアの開く音がする。
エミルが入ってきた音だ。
俺はエミルに背中を向けるようにしてエミルに話しかける。
「男と入浴を共にするのは王国の習慣では普通なんですか?」
エミルはシャワーを浴びて汗を流す。
「いいえ。普通じゃないわ」
「それじゃあ、エミルのしていることは……」
「好まれない行為よ。女性は貞操観念が欠如していると後ろ指を刺される行為だわ」
「それだったら俺が出るよ」
「ダメっ……」
エミルはタオルを身体に巻きつけてはいるが……
「王国では……命を助けられた女性は助けた男性の許に嫁ぐという習わしがあるの」
「でも、それは絶対の決まり事ではないんだろ?」
「そうなんだけど……ですが、それを決めるのは男性ではなく女性なの。私がジュンイチと結ばれたいと思えば、それが優先されるの」
ここは彼女のいる王国ではないのだからそれに従う必要はない。
だけど、俺はそこまでの想いを拒絶するほど冷酷な心の持ち主ではない。
だが、エミルはまだ14歳。
結ばれるには若すぎる。
「……エミルは、今、幾つだい?」
「……14歳になったばかりよ」
「それって、成人を迎えた年齢かな?」
「……ううん。成人は15歳」
「それなら、俺は君が15歳になるまで我慢しよう。君の両親に挨拶をし、結婚が許され、そしてケジメをしっかり付けてからなら君と結ばれても良いと思う」
エミルは俺の背中で嗚咽を漏らす。
悲しいのではなく、苦しいのでもない。
エミルは俺の返事が嬉しくて涙を流しているのだ。
「ジュンイチはそこまで私を大事にしてくれるのはなぜ?普通の男ならきっとそのまま襲ってくるわ」
「伴侶として来てくれるのなら、その女性は俺自身と同じくらい大切にしなければいけないんだ。だから、俺が風呂をでる……っ?」
エミルはそのままお風呂に入り、背中を俺に付けるようにくっついて来た。
「背中を付ける程度ならいいでしょ?それとも、それも出来ないくらいに私には魅力がないの?」
「……いや。君は可愛いよ。俺が結婚していたなら実の娘のように感じるくらい、可愛いと思う。それなら、背中だけ、な?」
俺とエミルは背中をくっつけたまま、お風呂の中だけど互いの体温を感じながら話しをするでもなくしばらく湯船に浸かるのだった。
「うー、のぼせちゃった……」
「ははは、あれだけ湯船に浸かっていればそうなるよ」
エルミはダイニングチェアに座り上半身はテーブルの上に乗せて少しぐったりしていた。
あのままどっちが出るともなく、俺もエルミも入っていたのだ。
俺もエルミほどではないが少しのぼせている。
弱目に「回復」を掛けキッチンで水をコップに注いでテーブルに置く。
彼女は「ありがとう」と言って喉を潤した。
俺は無作法だけどたったままコップの中の水を一気に飲み干した。
だけど、こんな状態のエルミを見て俺は少し複雑な気持ちを抱いていた。
何せ出会って数日で逆プロポーズを受けたのだ。
しかも結構な期間付き合っている間柄のようなやりとり。
恋愛偏差値の低い俺は正直言って戸惑ってしまう。
「ふー、身体が生き返る感じ!」
「それは良かった。エルミ、出来たら王国の様子や家族のことに付いて教えて貰えるかい?」
この世界の事、王国の事、何よりエルミの事について俺は何も知らないのだ。
彼女の想いを受け入れるためにも彼女の事を知りたかった。
エルミは俺の顔を見て、もう一度、水を口に含んでから話し始めた。
「……ユヴァスキャラ王国は良いところよ。先代の王、私の祖父の代から特に戦争もなく平和な、安定した治世よ。国民も飢えることなく犯罪も少ない国だと思う。ただ、父が病に伏している事もあって家の中が少しゴタゴタしていて……私は第2王女なんだけど、姉が1人、兄が1人、そして弟が2人の5人兄弟なの。そして、兄と姉が次代の王として互いに牽制し合っていて、私はお兄様側なの」
「お父さん、いや王様か。王様の病はそんなに悪いのか?」
「うん……薬を作りたいんだけど、欲しい薬草がなくて……」
「薬草?それはなんていう薬草なんだい?」
「アストラガウス、っていう薬草なんだけど、王国には自生していなくて……輸入しようにも希少なものだからなかなか手に入らないし高価なの」
エルミは王の病状を思い起こしてか顔を伏せていた。
家族で争うよりも王である父親が元気になってくれた方が丸く収まるのだろう。
「そういえば、治癒魔法は使わなかったのかい?」
「治癒魔法の使い手は非常に少ないの。神様の加護を貰った神官だけ。ただユヴァスキャラ王国は自然信仰の国だからそもそも神官が少なく、その上、使える治癒魔法のレベルも低い神官ばかりなの」
「まあ、布教の見込みが低い国にそんな高位神官を派遣しないよな」
「そうなの……!そう言えば、ジュンイチはなんで治癒魔法が使えるの?」
「ん?」
「だって、私、グレイウルフに襲われて手足にかなり深い傷を負ったの。でも、今は傷跡1つないのよ?それに子供の頃の傷跡すらないの。これ、ジュンイチがしてくれたんでしょ?昨日、王族じゃないって言っていたけど、ジュンイチは高位神官なの?」
「いや、俺は普通の庶民さ。正直そんな珍しい魔法じゃないから聞いてみたんだけどね」
「ねえ、出来たら王国に行った時にお父様にも治癒魔法を……いえ、やっぱり聞かなかった事にして……」
「俺たちは結婚するんだよね?なんでそんな事で遠慮するんだい?」
「普通はね、治癒魔法って非常に高額のお布施が必要なの。きっと私がしてもらったものでも白金貨10枚はするわ。お父様の病状ならきっと光金貨は取られる。そんなお金があったら国民に回すもの」
「そうか。まあ、その時は試しに行ってみるさ」
何せ、今、畑に植えている薬草の中にアストラガウスがあるし、アイテムボックスの中にもたっぷり入っているからそれで何とかなるかな。
「ごめんね、面倒が多くて……」
「気にしなくていいさ。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
俺はエルミの頭を撫でて、寝室に向かった。
部屋を暗くして部屋の中はフットライトだけが灯る。
ベッドに入って明日の事を考えていたら、ドアが開いてエルミが入ってきた。
「ん、どうした?」
エルミは枕を抱えてドアのところに立っている。
「ジュンイチ、一緒に……寝てもいい?」
フットライトの微かな灯りが彼女の顔を照らす。
彼女の瞳が濡れているのが、仄暗い状態でも分かるほどだ。
「……同衾はダメだろ?ソファーに行こうか」
俺はエルミの肩に手を回してリビングのソファーに移動して、ダブルサイズの綿毛布をアイテムボックス内で作って2人を包んだ。
「温かい……」
エルミはそういうと俺の肩に頭を乗せてきた。
彼女の左手は俺の右腕に絡ませ身体を密着させる。
俺も彼女の体温を感じ、そして彼女の吐息を愛おしく感じつつあった。
俺が42歳で良かった。
そうでなければ襲っちゃってるよ……
取り敢えずぽっぽがどんな返信を持って帰るか、それを受けて今後どうするか決めれば良いか。
そう考えながら俺も微睡の中に沈んでいくのだった。
エルミとの距離が一気に縮まりましたが……
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