058 ハルムスタッド王都へ
いつもお読みくださり誠にありがとうございます。
「あー面倒くさっ!」
思わず俺はそう呟く。
これはエルミたちも同様で、もしハルムスタッドの将校たちがいなければ、さっさと身体強化でもすればあっという間に王都に到着しているのだ。
それに対してハルムスタッドの将校たちは身体強化を使えても短時間であり、効果が切れた時には魔力不足で動けなくなってしまう。
そうなると彼らを放置することが出来ない分、足止めを食らう事になってしまう事になる。
魔法でこの森に街道を作っても良いのだが、この国に利する事をするつもりもない。
「お兄ちゃん、補助魔法で彼らを強化してあげたらどうです?」
頭をコテンと傾けて尋ねてくる由香はあざと可愛く、それだけで「お兄ちゃんに任せて」と言いたくなる。
まあ、補助魔法の事はすっかり忘れていたんだけどね。
「すっかり忘れていたよ。教えてくれてありがとうな、由香」
由香の頭を優しく撫でていると、麻衣も無言で側に立つ。
当然エルミもだ。
「2人ともおいで」
「「はい!」」
2人に尻尾があったらきっとブンブン振っているんだろうな、という喜びようだ。
3人が満足いくまで頭を撫で、それから彼らに「身体強化」を付与する。
「何ですかこの効果は!」
「自分で行う身体強化よりも遥かに強化されています!」
「しかも疲れない!」
彼らは驚きの声を次々とあげる。
何せ、今回の身体強化には「体力消費軽減」と「体力回復大」も同時に掛けているのだから当然の結果だ。
それを彼らに教えると、
「同時付与だなんて聞いたことがない!」
「こんな国相手に戦争を仕掛けるなんて……勝てる筈がない!」
「生まれた国がハズレだったんだ……」
そんな事を話しているうちに森を出てしまった。
ハルムスタッドの将軍たちが砦までに掛かったのはほぼ2日。
それを1時間もしないうちに出てきたのだから驚かない筈がないのだ。
「さて、先ず、ハルムスタッド王城へ行き、軍が全滅した旨を報告し、あとエルミが和解提案書を提出するという算段だ」
「ねぇ、もし相手がこの和解案を蹴ったらどうするの?」
「その場合は王城を吹き飛ばすかな」
それを聞いていたハルムスタッドの将校たちは顔を真っ青にする。
「君たちは若いしてもしなくてもユヴァスキャラ王国で受け入れるけど、どうする?」
『もちろん、ユヴァスキャラ王国に参ります!』
たった1日で彼らも随分と変わったな、と思いながら彼らを受け入れる事にした。
王都までも身体強化を継続したまま向かう事で俺たち25人はこれも1時間しないうちに王都に到着した。
そして将校たちはそのまま王城へ向かい、そのまま王の独壇場となっている会議室へ向かう。
そこではジュード王がいつものように独裁者の如く、声高に自分の意見のみを述べ、国の重鎮たちは文鎮の如く鎮座しているだけであった。
「ジュード王様に報告いたします!」
部屋の中に25人という人数が入ってきた事に会議参加者たちは「何事だ!」と驚き、視線が大将に集まる。
彼はその視線に一瞬、緊張したようだったが、直ぐ様正気を取り戻し、
「我々、ユヴァスキャラ王国侵攻軍は……全滅しました」
「何?今、何と申した?」
「軍は全滅しました!我々は負けたのです!」
「負けた」の一言に部屋の中は重い沈黙が支配する。
特にジュード王の荒い呼吸音が部屋の中でこだまし、それが耳につく。
「負けた?あの最弱ユヴァスキャラに、か?」
「正確には戦う前に、全滅です」
「それ程までに、なのか?」
「戦争を仕掛けるのが烏滸がましい程の実力の差です。国境には長大な、我が国の王都を囲む石壁より高く立派な石壁が続き、国境砦は10000人の兵でも攻砦は成功しないかも知れません」
現実を突き付けられ、更に黙ってしまう会議参加者たち。
それでなくても王の独壇場であった名目だけの会議は誰も発言しようとしない。
その時、宰相が挙手をして発言の許可を求めた。
ジュード王は首肯で発言を許可すると、
「敗戦、という事は先方から何か要求されたのでは?」
視線が一斉に宰相に向けられたが、今度はその視線が将校たちの後ろに控えていた俺たちに向けられた。
そこで、エルミが1歩前に出て、
「私はユヴァスキャラ王国第2王女エルミ・ユヴァスキャラです。今回、我が国からの要求をこの和解提案書に認めておりますのでご検討ください。一応、ご検討ください、とは言いましたがこちらは譲歩する事はありませんので」
エルミから和解提案書を受け取った将軍はそれをそのままジュード王に手渡す。
彼はそれを受け取ると荒々しく封書を破り、中の書類を取り出して確認した。
書類を両手で広げて読み始めていくと、次第にワナワナと震え出し、顔が真っ赤に染まっていく。
しかし、それを読み終わったジュード王は書類を宰相に渡し、両の拳でテーブルを叩き顔を伏せたまま固まっていた。
「宰相殿、その和解提案書には何と書かれているのでしょうか……?」
会議の出席者の中でも末席にいる1人が尋ねる。
宰相は長めのため息を吐き、和解提案書を読み上げ始める。
「提案書には、『この度のハルムスタッド軍による侵攻において、以下の和解条項を提案する。1、ハルムスタッド王国は和解金として金貨50万枚をユヴァスキャラ王国に支払う。1、今後10年間、ユヴァスキャラ王国がハルムスタッド王国に輸出する際の関税を撤廃する。1、今後10年間、ユヴァスキャラ人もしくはユヴァスキャラ王国の法人がハルムスタッド王国内で犯罪を犯した際の裁判権を放棄し、ユヴァスキャラ王国において裁くものとする。1、今回のハルムスタッド軍の戦争捕虜6000人の帰属をユヴァスキャラ王国とする。』……無理だ」
宰相はため息を吐く。
「そうですか。それを飲めないのであれば、手始めにこの城から消えて貰いますが」
エルミの宣言の意味を上手く理解できないようで、王も含めてポカンとした顔をしていた。
「城を消す?君たち4人しか来ていないのなら、君たちを拘束して交渉しても良いんだぞ?」
「私たちを拘束?誰が、どうやって?」
エルミの言葉にジュード王は苛立ちを覚え、椅子から立ち上がって衛兵を呼ぶ。
「衛兵!不審者を捕縛せよ!」
だが、会議室の中にいる衛兵に動きは見られず、外に待機している筈の衛兵も誰1人として会議室に入ってこなかった。
「次は私の番ね。「崩壊」」
エルミが唱えた瞬間、会議室の壁全体が崩れ、壁の向こう側に見えた城のシンボルともいえる尖塔が崩壊して瓦礫の山になっていった。
その様子はまるでスローモーションのようであり、その崩れる様を茫然と見つめるしか彼らにはできなかった。
「さて、次はこの城全体を崩壊させましょうか?その次は王都を崩壊させましょう」
ジュード王は慌てて、
「分かった!和解金を払ってやる!それで良いだろう!!」
「何と仰ったのかしら。和解条項を受け入れたく存じます、ですよね?」
エルミは腕を組んでジュード王を見下ろしながら高圧的に話す。
その姿は完全にブラックエルミになっており、今の姿を見れば誰も彼女が聖女だとは思わないだろう。
「……っ、わ、和解条項を受け入れたく……存じます……」
「良く言えました。それでは、この書類にサインをし、血を1滴垂らしてください」
エルミは予め用意してくれた和解書面を2通提出した。
そこには1文追加されており、この条項を反故にした場合は金貨100万枚を別途支払うと書かれていた。
「これは……」
「違約条項ね。あなた方が約束を守れば良いだけですから」
ジュードはエルミに渡された和解書面にサインをし、血を1滴ずつ垂らす。
その書面にエルミは誓約魔法を掛けると書面が仄かに光り、これで誓約が完了した。
「念のために言っておくけど、これは「誓約」が行われている和解書面ですから。違反した場合は、ジュード王、あなたが死ぬだけでなくこの国がこの条項を全て満たさない限り衰退していくので」
俺たちは和解書面1通を受け取り、21人の将校を連れて会議室を出る。
「おい、お前らは何故付いていくんだ!?」
ジュード王は声を荒げる。
この国の将軍だった男は振り返り、王に向けて言葉を向ける。
「戦争捕虜の帰属はユヴァスキャラ王国、ですから」
ジュード王は、いや、ハルムスタッド王国は主だった国の将校を失う事になり、和解金も含め、国力を周辺の小国群並みに落とす事になるのだった。
淳一にデレデレのエルミではなく、ブラックエルミもなかなか可愛いと思うのですが。
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