043 由香と麻衣2 隷属魔法具
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会場には4人の人化獣が立っていた。
エンシェントドラゴンの麻衣を筆頭に鬼神の由香、それにフェンリルとガルーダ。
どの存在も小国なら滅ぼせる力を持ち、由香であれば恐らくハルムスタッドくらいは滅ぼせるだろうし、麻衣であればそれにユヴァスキャラ王国を加えても余裕で滅ぼせるほどの力を持っている。
だが、そんな事を知っているのは俺くらいなもので、側から見れば体術での戦闘慣れしている学生というよりも戦士に近い男2人組と少女2人組が対峙しているように見える。
しかも、その場の由香と麻衣の服装が、見は普段着のワンピース姿。
ミトンタイプの籠手すら填めておらず、完全に素手で対峙しているのだ。
もちろん、これは見た目だけの話しで本当は神力鎧を身に付けているのだが。
「お前たちは、本当にその格好で試合に臨むのか?」
フェンリルがそう問いかけてきた。
由香と麻衣はリスト上では人族となっているのだから、彼らからしたら彼女らの命を散らすのは容易いと思っての忠告なのだろう。
そこまで相手の事を慮れる程の高度の知能を有しているのならこんな試合に好き好んで出る筈がない。
「これはね、お兄ちゃんが今日のために作ってくれたんだよ。だからこの格好なんだ」
「お兄様の服の上に皮鎧のようなものを着込むなんて……お兄様に対する冒瀆ですから」
「そ、そうなんだな。だが、手加減はせぬぞ?」
「大丈夫です。お兄ちゃんからは手加減しなさい、と言われてますけど」
「そうですわね。お兄様の言う通りにしておいた方が良さそうですね」
フェンリルは由香と麻衣の言葉に一瞬、ムッとはするが、子供故の戯言と今回は聞き流す事にしたようだ。
審判は2組の見た目があまりにも違いすぎるので引率扱いとなっているセラフィーナのところにやってきて、
「えー、もう2戦目なので今更ですが、本当に代表選手で宜しいですよね?」
と尋ねてきたが、セラフィーナはにっこりと笑い、
「ハンターランクBですし、そこそこの実力ですわよ」
と返してきたので、審判も納得するしかなかった。
「それでは、始めっ!」
主審の号令により試合が開始。
その瞬間、ガルーダとフェンリルの姿が消えた。
俺と戦ったケルピーも疾かったのだが、モンスターとして上位にいる彼らはそれ以上の疾さで間合いを詰める。
そして、由香と麻衣の正面にたち、ショートフックを放つ。
「正面から放つなんて紳士ですね!」
「さすが人化できるだけあって疾いですが……」
ミリ単位で彼らの拳を見切り、最小限の動作で全て躱していく。
「俺らが人化だと?」
「あら、違うのかしら?ガルーダとフェンリルでしょうに」
麻衣は拳を躱しながらフェンリルと話す。
しかも、視線はフェンリルの顔を見ながらだ。
「図星でしょ?なんであなた方のような存在が獣人なんかの言う事を聞いているの?」
「くっ……」
「お姉ちゃん、その首輪、多分隷属の首輪だよっ!」
「……そうだ。我らは森で捕まり隷属されたのだ」
観客側からは、ガルーダとフェンリルの猛攻を見事な技術で避けているだけだが、4人は会話を続けていた。
「お姉ちゃん、この首輪、かなり強力な魔法具だよ。無理に外そうとすると却って危ないかも」
「そうね……でも、この2人は隷属を受け入れているかも知れないし」
「我らが隷属を受け入れる筈がないっ!」
「そうだ。なぜ、ガルーダたる我が地上の生活を受け入れねならぬのだっ!」
隷属されている自分たちの不甲斐なさもあり、現状への怒りを拳に込め由香と麻衣に拳を繰り出していく。
だが、それらは全て彼女らに触れる事はなく空を切る。
「お前たちは……何者だ?」
「私たち?主神オーヴァージェンの使徒様に仕える者よ」
「オーヴァージェンの使徒?なるほど……だから我らが人化獣であることも見抜けたのか」
フェンリルはフンっと言いながら、コンビネーションを放つ。
フットワークも使い、今度は蹴りも織り混ぜつつ掴み技も解禁したようだ。
だが、由香と麻衣は掴もうとする彼らの手を捌きながら拳や蹴りを全て躱していく。
試合も15分を経過しようとしており、いくら人化獣であっても全ての攻撃が空振りになると体力の消費が激しい。
「お姉ちゃん、時間を掛ければ首輪を外せるけど、試合しながらだと無理」
「やっぱり試合を終わらせてお兄様に外して貰うしかないわね」
「お前らは、この指輪を外せるのか!」
外せる筈がない、とでも言うかのようにフェンリルはフックを放つ。
だが、麻衣はそれを躱さず初めて掌で受け止めた。
その瞬間、一瞬、試合が止まる。
「外せるわ。当たり前でしょ?」
「隷属なんて許せる事じゃないもんね」
「わ、我らも外そうとしたのだぞ?お主らのような少女に何ができる!」
「外すのはお兄様。使徒様が外すのよ」
「取り敢えず、試合中だから、全力で拳で語ろっ?ねっ?」
再び試合が動き出した。
先程までとは違い、今度は由香と麻衣は避けるだけでなく攻撃に転じていた。
「ぐっ」
「ぶふぇっ」
ガルーダとフェンリルの顔に少女の小さな拳が当たる。
ガルーダとフェンリルは観客の予想に反して吹き飛ばされるが、どうにか踏み止まり反撃に転じる。
彼らが拳を放つ。
少女らは受け流しつつ拳を放つ。
そんな当たり前の組み手すら出来ず、少女たちの攻撃は全てクリーンヒットになる。
「お前たちの強さ、異常だ……」
「我らはこれでも森では強者だぞ?」
「あら、あなた方は隷属が長いのかしら?私はエンシェントドラゴンであの子は鬼神よ」
「宜しくね♪」
エンシェントドラゴンは最強種のモンスターであり鬼神もまた、それに次ぐ最強種。
たかだかフェンリル如きが敵う筈がないのだ。
彼らは、拳を止め、片膝立ちになる。
「「今までの無礼を御許しください」」
「隷属されての事だしね」
「お兄ちゃんも許してくれるよ」
クオピオ側の引率が大声で命令をしている。
「お前ら、いい加減に攻撃の手を緩めるなっ!立てっ!殺されたいのか!!」
そんな声をため息を吐きながら由香と麻衣は聞いていた。
「最低ですね」
「ええ、最低。あの様な下賤のものに私たちの仲間が隷属されているなんて……許せません!」
「お主らは使徒様に隷属しているのではないのか?
「フェンリルさん。お兄ちゃんには従属しているけど隷属なんかしてないよ」
「お兄様に敵う筈がないですから隷属なんて下衆な事をされなくても従いますわ」
そして、次の瞬間、ガルーダとフェンリルの首輪がポトリと落ちた。
もちろん、俺が隷属無効化を行ったからだ。
「首輪が……」
「落ちた……」
それを見たクオピオ側の引率者は顔を真っ青にして脱げだす。
だが、ガルーダとフェンリルは追いかける事なく、
「我らも使徒様に従属したいと思う」
「あなた方に比べたら小さき者ではありますが、どうか我らも受け入れてください」
そこに審判がやって来て、
「えーっ、取り敢えず試合中なんだけど……」
「クオピオの負けです。それとこれ以降の試合は棄権させて頂きます」
「はい。クオピオの負けでお願いします」
彼らが負けを認めた事で、ユヴァスキャラ王国の勝利となった。
主審による「勝者、ユヴァスキャラ王国っ!」の宣言を受け、4人はユヴァスキャラ王国側の控え室へと向かう。
その際に、首輪を1つ審判に渡し、
「我らはクオピオに隷属の魔法具を付けられていた。後ほど正式に訴えたいと思う」
そう言い残した2人の心の中は隷属されてきた事による怒りではなく、従属できる喜びが満ち溢れているのだった。
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