大切なもの
二人の一周年記念日からさらに半年が過ぎ、付き合い始めて二年目の夏になっていた。
まゆも来年の春にはいよいよ専門学校を卒業することになり、就職先を探し始めた。俺はまゆとの将来を真剣に考える様になり、専門学校を卒業して仕事にも慣れた頃を見計らってプロポーズしようと考え始めていた。
何の前触れもなく別れを切り出されたのはその9月のことだ。
めったにない電話がかかってきて驚いた。
「ゆったん、ちょっと話しがあるんだけど・・・」
この出だしで始まる時は十中八九が悪いニュースだ。
そうは言っても洗濯物を干し忘れて洗濯機の中で生乾きにしてしまっただとか、ひどい時でも早くから決めていた旅行の計画をドタキャンしなければならなくなったとかで、俺にしてみたらそんなに気を使って話すようなことでもなく、逆にその程度のことを申し訳なさそうに話すまゆが可愛かった。
しかし今回ばかりは穏やかではない。
「あのね。ゆったんと一緒にいられなくなったの」
遠回しな表現だったが、その意味は容易に理解することができた。それでも信じたくなかった俺はわざとらしく問いただした。
「えっ、それってどういうこと?」
「別れるってことだよ」
電話越しのまゆの声は震えているようにも泣いているようにも感じた。
ライブハウスでの一件以来お互いにムッとする程度のことはあっても喧嘩と呼べるほどのものではなく、基本的には俺が折れることでその日のうちに丸く収まっていたし、まゆのわがままを受け止めるだけの度量はあったつもりでいた。
何しろまゆ自身に全く別れを匂わせる様な素振りはなく、夏休みは二人とも実家に帰らずほとんどずっと一緒に過ごしていたのだ。
まさに青天の霹靂だった。
理由を問い詰めても答えてくれず、卒業まであと半年だった学校も辞めて長崎の実家に帰ると言い出した。
納得できるはずもなかった。
直接会いに行き、落ち着いて考え直すように促したり、少し距離を置いてクールダウンしようと提案してみたり、とにかく引き止めようと必死だった。
「もう決めたんだから男らしく何も言わずに解放して」
「理由を言ってくれないと納得できないじゃん」
「今日はもう帰ってよ」
お互いに一歩も譲らぬ怒鳴り合いが続き、俺は少し時間を置こうとその日は引き上げることにした。
その二日後にメールが来た。
『9月17日に引っ越すことになりました。もう会いに来ないでください。成沢さん、今までありがとうございました。』
あまりにも冷たいメールにショックを受け、俺はまゆが去っていくのを茫然と見送るしかなかった。
まゆのいない生活はまさに心に穴の開いたという例えが正しかった。
何をするにも気力が湧かず、仕事にも集中できなかった。仕事中にメールを確認する癖はなかなか抜けず、通知がないのを確認しては何度も問い合わせをし、たまに届くメールにビクッとしてはまゆからではないと知って溜息をついた。家に置いていったまゆのお泊りセットも捨てることができないままいつまでも残っていた。
何が自分に足りなかったのか、何か嫌われることをしてしまったのかと振り返っても、こんな急に別れを告げられるほどの理由は見つけられず、まゆの方に何か起こったとしか思えなかった。
別れた後も何度か連絡したが無視され続け、ついにはメールも電話も不通になってしまった。このまままゆのことを忘れるなんてできるわけがなかったが、かといってどうすることもできなかった。
友人にそのことを告げると、気が利くのか利かないのか早速合コンをセッティングされ、半ば強制的に参加させられた。
旅行が好きな子と仲良くなり連絡先を交換したが、一度だけ『今度、ご飯にいきましょう』とメールを送ったきりで具体的な日取りを決めないまま立ち消えてしまった。
まゆ以上に好きになれるとは思えなかった。
それどころか連絡先を交換してしまったことにさえも罪悪感と自分への嫌悪感を抱く始末で、まゆへの未練を断ち切ることができなかった。
追い打ちをかける様にバンド活動にも区切りが訪れた。
四人のメンバーのうち一人が結婚、もう一人が転職して田舎に帰ることになり、活動を続けるのが困難になったのだ。
ただの素人バンドでしかなかった俺たちは解散と宣言するほどの人気もなかったが、一応解散ライブと称して友人たちを集めた。
青春の終わりを告げるような寂しさの募るライブは、仲間たちが大いに盛り上げてくれたおかげで最高のひと時となった。
そしてライブの中盤に差し掛かり、らしくないナンバーを挟んだ。
“Present for you”という名のバラードだ。
そう、まゆとの一周年記念日へ向けサプライズで作っていたのがばれ、半強制的にタイトルや曲の方向性まで指定された曲で、一周年には間に合わなかったが、まゆの23歳の誕生日に向けて密かに作り続けていたのだ。
そんな経緯など知る奴は誰もいなかったが、出会への感謝を込めた歌詞はバンドの解散という節目にも通じるところがあり、高校時代から一緒に音楽をやって来た仲間の一人が客席で目を潤ませているのを見つけると、色んな思いが巡り、もらい泣きしながら歌った。
26歳の夏、一曲のバラードと共に大切なものを二つ手放した。




