二人のバラード
初めての喧嘩は些細な原因だった。
少なくとも俺はそう思っている。
年末にバンドでライブをやることになった俺は自分たちの出番が終わると客席に降りて招待した仲間たちに挨拶をして回っていた。
その中には会社の後輩の女の子がいて、俺とその子が二人きりで楽しそうにしゃべっていたのが気に入らなかったらしい。
アルコールも入りライブの興奮で昂っていた俺は「やきもち?」と軽いノリで言ってしまった。
少しムッとして睨むまゆにライブの雰囲気を壊されたくなかった俺は、外で謝ろうと肩を押して出口の方へ連れ出そうとした。
するとまゆは俺の手を振り払い「帰る」と言ってライブハウスを出ていってしまった。
さらに冬の寒空の下でしばらく待っていたまゆをすぐに追いかけなかったのも失敗で、まゆはそれから会うのを断固拒否し、そのまま元々予定していた冬休みの帰省で長崎の実家に帰ってしまった。
怒らせてしまったことを後悔しつつも、内心ではまゆが嫉妬してくれたことを嬉しく思う自分もいた。
離れている間も一応メールには返信があったのでホッと胸を撫で下ろしたが、どんな内容であれ一番後には怒った顔の絵文字が付いていてそれがまた可愛かった。
付き合って初めての年越しは俺は東京、まゆは長崎の実家で向かえることになった。
0時を回るのを待ち構えて『明けましておめでとう。今年もよろしく』とメールを打つと『それはどうかな?(怒り顔)』とすぐに返ってきて笑わせてくれた。
その後も電話は遠慮してメールのやり取りだけを続け、まゆが東京に帰ってくる日を迎えた。
俺は事前に伝えずに空港まで迎えに行った。
サプライズのつもりでスーツを着て、真冬で手に入れるのに苦労した薔薇の花束を抱えてまゆを待った。
空港は正月休みからのUターンや旅行帰りの人でごったがえしていたが、ゲートから出てきたまゆはすぐに俺を見つけると、爆笑しながら「ゆったん」と大きな声で叫び手を振った。
俺はまゆが怒った様子でなかったことよりも混雑する空港で『ゆったん』と叫ばれたことが恥ずかしく、少しうつむいて他人行儀に会釈をした。
「何なの、その格好?」
年末のことを平謝りしようと思っていた俺をすかす様に爆笑するまゆの荷物を持ち、代わりに薔薇の花束を渡した。
「ありがとう」
まゆはまるで何事もなかったかの様に俺の手を握り、早速実家の妹のことを次から次へと話し始めた。
俺が一方的に怒らせただけではあるが、思い返せばそれが最初で最後の喧嘩と呼べるものだった様に思う。
相変わらずマイペースなまゆに振り回されながらも順調に愛を育み、付き合い始めてから一年が経とうとしていた。
まゆが一周年記念のような細かいことを気にするタイプではないことは何となく分かるようになっていたが、逆にそれを逆手に取ってサプライズをしようと考えていた。
まゆのために曲を作って贈ることにしたのだ。
まゆと過ごす時間の合間を縫って曲作りをスタートした。
どちらかと言えば激しめのロックナンバーが好きだった俺はラブソングどころかバラードを作るのも得意ではなく、仕事中もこそこそサボって詞とメロディーを考えた。
ところがある日、昔ながらのやり方でノートに鉛筆で書き記していた歌詞のメモ書きを見つかってしまったのだ。
「ねえ、これってラブソングでしょう? 私のことを思って書いてくれてるの?」
何ともストレートな問いかけだったがバレてしまったものは仕方なく、嘘がつけない俺は素直に認めることにした。
そこまではまだ良かった。
しかしその先がまゆらしいところだ。
「タイトルは“Present for you”とかはどう? 切ないけど前向きなバラードがいいな」
一応アーティストの端くれだと自負している俺を困らせるような無茶ぶりだった。
しかも指定された曲名が何とも女の子っぽく、自称ロッカーの俺にはむず痒くて気に入らなかった。
「いいね。がんばってみるよ」
そう答えてはみたもののプレッシャーに負けて仕上げられず、一周年記念のサプライズ曲はお蔵入りとなってしまった。
結局記念日の当日は普通に外で食事をし、俺が「一周年おめでとう」と言うと「今日ってそうだったっけ? ありがとう」とまゆらしい返事が返って来て笑った。




