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10月24日のモンブラン  作者: 遥可華絵
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十字架

芽以ちゃんがアメリカに帰った三日後に真由さんとまた会う約束をし、その日にまゆのことをすべて打ち明ける覚悟を決めた。


しかし運命は再び試練を与えることになる。


約束の日、お店の近くまで行くと何やら物々しい雰囲気になっていた。

悪い予感というより確信に近かった。

真由さんにすべてを伝えようと決めた日の夜に夢を見ていたのだ。

真由さんから手紙が届いたものの目が霞んで何が書いてあるか読めず、必死に目をこすり続けるという夢だ。

そう、まゆの死を知る直前に見た夢と同じもので、その嫌な記憶はいまだに頭の隅に強くこびり付いて離れなかった。


恐る恐る近づくと救急車が止まっており、女性が担架に乗って運ばれていた。

真由さんだ。


「知り合いなんです。何があったんですか?」


「事故です。車に跳ねられました」


病院に駆けつけ、緊急手術が終わるのを待った。


「先生」


「怪我はそれほどひどくなく、命は大丈夫です。ですが、頭を強く打っていて刺激に反応がありません。意識が戻るか待ってみないと・・・」


翌日、警察に知らされて真由さんのご両親がやってきた。


「あっ、成沢といいます。真由さんと仲良くさせもらっている者です」


簡単な挨拶と自己紹介をし、ご両親は医者に呼ばれていってしまった。


一週間経っても真由さんの意識は戻らなかった。

またも大切な人を失ってしまうのかという絶望感に包まれていた。

まゆの十字架だと思った。

自分は人を好きになってはいけない人間なんだと思った。


一方でいい加減に自分の不幸をまゆのせいにするのは止めなければならないと思った。

十字架なんて最初からなくて、まゆの死から立ち直れない自分の弱さの逃げ道か、あるいは言い訳として俺自身が作った幻でしかないのだ。


翌日、いつかやらなければならないと考えていたことを行動に移す決心をした。


『#拡散希望。2012年の5月から10月の間に長崎県で亡くなった相原まゆさんの情報を求む。私は亡くなる少し前までまゆさんと恋人同士でした。まゆさんのお母様から亡くなったことを聞いた後、連絡手段が途絶え、葬式はおろかお墓参りさえできていません』


SNSで発信したメッセージは思っていた以上に広がった。


しかし応援のコメントはあるものの有力な情報はなく、逆にまゆという女性はまだ生きていて、俺がそのストーカーではないかと疑うコメントさえもあった。


落ち着かない日々を送るなか、その連絡を受け取ったのは一週間が過ぎた頃だった。


『初めまして、相原朋佳(ともか)と申します。まゆの妹です。間違っていたら申し訳ありませんが、ゆったんさんではないでしょうか?』


記憶の底に眠っていた懐かしい二つの名前、“朋佳”と“ゆったん”という響きに閉じていた扉が一気に開いていった。

朋佳は確かにまゆの十歳差の妹の名前であり、会ったことはなかったがまゆから何度も写真を見せられ、親の借金が見つかった時には自分の夢を諦め、身を削ってまで支えようとした愛する妹だった。

そして『ゆったん』という呼び名で呼ばれたのも七年ぶりだった。


『初めまして。はい、ゆったんです(笑)。その呼び方で呼ばれたのは七年ぶりです。朋佳さんのことはまゆから何度も聞いていました。写真を見せてもらったこともありますよ。七年以上前の小学生の写真ですけど(笑)』


『やっぱりゆったんさんなんですね。私もゆったんさんのことは姉から聞いていました。とても大切な人だと言っていました。あっ、すみません。お名前、姉からは“ゆったん”としか聞いていなかったので(笑)』


『(笑)。成沢祐太といいます。連絡していただき本当にありがとうございます。本題なのですが、まゆのお墓参りをさせてもらえないかと思っていて、今更の厚かましいお願いなのですが』


『いえ、姉も喜ぶと思います。実は私、今東京に住んでいるんです。一度会って話をしませんか?』


池袋で待ち合わせをした。

一応お互いの服装や特徴を事前に教え合っていたが、まゆの面影を残す小柄で華奢なその女性は何も知らずに街ですれ違っても振り返ったに違いない。


「朋佳・・・さん?」


「“さん”はやめてくだい。朋佳でいいですよ。私はゆったんさんて呼びますから。でも“たん”に“さん”を付けるのもおかしいですかね」


出会った時のまゆとほぼ同じ22歳の女性は、おっとりした雰囲気ながら少し厚かましいところまでまゆとよく似ていた。


最初はお互いのことやまゆの思い出話に花を咲かせた。

まるで十年前にタイムスリップしてまゆと話しているような錯覚と心地良さを感じ、特に心の中まで覗き込むような上目遣いはまゆそっくりだった。

聞けば朋佳ちゃんもまゆと同じ道を辿り、高校卒業後に働いてお金をため、今は美容系の専門学校で勉強をしているということだった。


「お姉ちゃんの分もしっかり生きたい」


そう話す22歳の女性はまゆとは違うしっかり者の一面も持っているように感じた。


そうかと思えばいきなり髪をかき上げ、俺にうなじを見せながら言った。


「見てください。これっ」


「それっ・・・」


「やっぱり分かるんですね、これっ」


『これ』と『それ』で通じたものはうなじにあるほくろのことで、まゆにも同じ場所に同じ形と大きさの“それ”があったのだ。


「ドキドキしますか?」


朋佳ちゃんは少し意地悪そうに尋ね、苦笑いを浮かべる俺を見て笑った。

そうやって俺をからかおうとするところもまゆそっくりだった。


楽しかった思い出話は徐々にネタが出尽くし、避けては通れないその話をしなければならなかった。


「それで・・・」


「姉の最後の時のこと、知りたいですよね」


躊躇ためらっている俺を察したように朋佳ちゃんは言葉尻を拾い上げた。


「姉は鬱病がひどくなって地元の病院に入院していたんですが、どうしても家に帰りたいと言って聞かず、一時的に自宅に帰ってきたんです。それで、自宅のお風呂場で手首を切りました。母が見つけて病院に運ばれたんですが、間に合わなくて・・・」


俺は涙をグッと堪えながら無言で頷いた。


「姉は入院中によくゆったんさんの話をしていましたよ。まだ私も中学生でしたし、七年前のことなので忘れてしまったこともいっぱいあるんですが、ゆったんという面白い呼び方と、病気で無表情だった姉がその話をする時だけ明るい表情になったのは今でも忘れられません」


穏やかな昼間の池袋でコーヒーを飲みながら、ついにこらえきれなくなり、二人とも人目をはばからずに涙を流した。


「それで・・・」


「お墓参りですよね」


再び朋佳ちゃんは言葉尻を拾い上げて続けた。


「長崎の実家から歩いていける距離の場所にあります。私も一緒に行きますよ。いつにしますか?」


二人の都合が合う一番早い週末を選んだ。


「それと、朋佳ちゃんに言っとかなきゃいけないことがあるんだ。何で今更お墓参りをしたいと思ったかなんだけど・・・」


真由さんのことをすべて打ち明けた。

まゆが死んでから朱里という女性と出会ったこと。

その朱里を好きになり、本名が“真由”だと知って運命的なものを感じたこと。

真由さんが事故に遭い、今は昏睡状態であること。

そしてそういうことが起こったのは自分がまゆを支えられずに死なせてしまった罰だと思っていて、まゆのお墓参りをすることでその十字架から解き放たれたいと考えていること。


22歳の朋佳ちゃんはそれを受け止める様に何も言わず聞いてくれた。

そしてすべての話が終わるのを待って最後に声を張った。


「それ、全部お姉ちゃんに聞いてもらいましょう。姉はきっと許してくれると思うし、怒ってさえいないと思います。実は私もゆったんさんと同じ様に姉の死に責任を感じていた時期があったんです。私、今日会ったばかりですけど、姉がゆったんさんを好きになったわけが分かる気がします。ゆったんさんはとても優しい人で、姉を大切に思ってくれてたんですよね。ゆったんさんは私にとってお兄ちゃんの様な存在です。だから、幸せになってほしいんです」


朋佳ちゃんは涙を流しながら微笑んだ。



長崎に旅立つ前の日、真由さんのお見舞いに行った。

無機質な機械音だけが響く部屋で針とくだに繋がれた真由さんは、ピクリとも動かずそこに横たわっていた。

その手を握り、あの日話すつもりだったまゆのことを伝えた。

全部を話し終えると、最後に真由さんの手をギュッと強く握って言った。


「もし目が覚めたら、俺の大切な人になってください」

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