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10月24日のモンブラン  作者: 遥可華絵
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進む覚悟

あっと言う間に半年が過ぎ、朱里は風俗の仕事を卒業して自分のお店をオープンした。

スタッフ一人だけのプライベートなマッサージ店だ。


連絡先を交換して店名を教えてもらい店のホームページを見ると『吉川真由』というスタッフの名前が記載されていた。

ただの揉みほぐしではなく、オイルを使ったクラッシックな技法にスパのメニューを組み合わせ、プライベートな空間でとことんリラックスしてもらおうというしっかりとしたコンセプトのあるお店だった。


正直、数あるマッサージ店の中で生き残っていけるのか、または朱里の技術がお店のコンセプトに見合うものなのかと疑心暗鬼だったのだが「これまでもいっぱい人の体には触ってきたから、相手が何をして欲しいのか分るの。この仕事は天職だと思う」そうケロッと話す朱里になぜだか俺の方が勇気づけられてしまう始末だった。


オープンして三日後、お祝いと称して夕食をご馳走した。

かれこれ三年もの付き合いだったが、外で会うのは初めてだった。

外で会う朱里は美しくはあるが前のお店で会っていた時とは違い素朴で普通の女性だった。

これまで一度も俺の名前を呼ばなかった朱里は俺のことを『成沢くん』と呼び、俺も少し遠慮がちに『真由さん』と呼んだ。


お祝いの食事は新しいお店の近くの焼肉屋にした。

食べたいものを相手に選ばせるというまゆと付き合っていた頃の癖が抜けない俺をよそに、朱里改め真由さんは手際よく次から次へと注文をし、最後に「大ライスを一つ」と付け加えた。

聞けば米農家の娘で、白いご飯が大の好物だといって笑った。

その話をきっかけに俺たちは前のお店では聞きづらかったお互いのプライベートなことを次々に話し始めた。


真由さんは福井県出身で俺より三歳年下の32歳だといった。

前のお店のプロフィールでは24歳と表示されていたので少し面食らったが、それ以上にもしもまゆが生きていれば同い年だという事実に再び運命的なものを感じた。


それからここまで苦労して生きてきたことも知った。

若い時に一度結婚と離婚を経験し、7歳になる娘が元旦那さんの移住先であるアメリカで暮らしているということだった。

日々の生活に加えてできるだけ子供と会う機会を作るためにお金が必要だったが、子供と引き離されたショックと若くして一度家庭に入ったブランクで安定した職にくのが難しく、悩んだ末に風俗で働く道を選んだということだ。


そんな真由さんの告白を俺は不思議なほどすんなり受け入れることができた。

そして真由さんと出会った頃に感じた内に秘めた覚悟や芯の強さの源が理解できた気がした。


対する俺も自分の出身地や年齢、祐太という下の名前、それから簡単な自分の生い立ちなどを話した。


しかしどうしてもまゆのことだけは話すことができなかった。

本名を知ってから女性として真由さんとまゆを重ねたり、真由さんをまゆの代わりだと思ったりしたことは一度もなかった。

しかしそう受け取られることが怖かった。

この関係を失いたくなかったのだ。


大事なことを伏せたままではあったが、オープン祝いの焼肉は真由さんとの距離を縮めるには十分過ぎるものだった。

そして真由さんは冗談っぽく言った。

「成沢くんてほんと優しいよね。なんで独身なの? 私、立候補しちゃおうかな」


僅かな沈黙の後、笑ってごまかすことしかできなかった。

不意を突かれたのもあったが、同時にまだ自分に心の準備と覚悟ができていないことを思い知らされる形となった。


それからマッサージ師とその客という新たな関係が始まった。

業種は変わっても居心地のいい空間で真由さんに癒してもらうという構図は変わらなかった。

何よりも真由さんのマッサージは本人の“天職”という言葉にたがわぬ気持ち良さで、何とかして成功させてやりたかった。


オープン直後は知り合いや招待客が多く来て連日予約で埋まった。

しかし二ヵ月目と三ヵ月目はギリギリ黒字といった状況で、真由さんは別のバイトと掛け持ちして生活を維持しなければならなかった。

俺は作戦会議と称して一緒になって改善点や宣伝方法を考え、煮詰まると夕食をごちそうして元気付けた。

そのおかげかどうかはさて置き、お店は徐々に軌道に乗り始め、真由さんにも笑顔が増えていった。


春になると真由さんの娘がアメリカから遊びに来た。

前から会ってみたいといっていた俺の願いを聞き入れてくれ、親子の貴重な時間に混ぜてくれることになった。

少し恥ずかしがり屋の芽以めいちゃんは真由さんそっくりの美人顔で「こんにちは」と挨拶するとはにかんでママの陰に隠れた。

子供のころからシャイで人見知りするタイプだった俺は芽以ちゃんと波長が合い、ママである真由さんよりも先に芽以ちゃんと手を繋いで歩いた。


横浜を三人で散歩し、カメラマンとして真由さんと芽以ちゃんの思い出を写真に収めていく。

すると真由さんから声をかけられた。


「成沢くんも入ってよ」


山下公園から見える海とその向こうのみなとみらいの風景をバックに三人で顔を寄せ合って自撮りすると、まるで家族写真の様な三つの笑顔が収まった。

とても幸せな時間だった。


夜は親子水入らずにさせてやろうと芽以ちゃんに『バイバイ』を告げると、朝会った時とは真逆で俺の足にしがみついて離そうとしない。


「じゃあ、また夏休みに遊ぼうね」


「うん。成沢くんまたね」


芽以ちゃんがママの真似をして成沢くんと呼ぶと、三人の間にまた笑顔が溢れた。


二人と別れて歩きながら、真由さんを支えていきたい、一緒に生きて行きたい、そして幸せにしたいという思いに支配されていた。

そのためにはまゆのことをすべて知ってもらわなければならないと思った。

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