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10月24日のモンブラン  作者: 遥可華絵
10/15

体温

まゆの死を知ってからしばらく、いやかなりの間、いったい何をり所にどうやって暮らし、どうやって生きてきたのかほとんど記憶に残っていない。


時折突発的に悔しさや怒りが込み上げ、その度にまゆのメールアドレスに『届け』と送り続けた。


ただ家と会社を往復するだけの虚しい日々が過ぎていった。


ようやく傷が癒えたと自覚した時にはまゆの死を知ってから三年も経っていた。


悲しいかなまゆを思っても胸の痛みはなくなり、いつの間にかまゆの存在は神様か、あるいはあの世で待っている古い友人の様な感覚になっていた。

そして普段の生活で嫌なことが起こると、天国のまゆがいたずらをしているのだと冗談っぽく思えるようにもなった。

一方でまゆを死なせてしまった罰として十字架を背負って生きて行くのだという覚悟の様なものも秘めるようになった。


気が付けば32歳になっていた。


周りの仲間たちは次々に結婚し、子供をもうけて家庭を築いていく。

いつの間にか気軽に遊べる仲間はいなくなり、ただでさえシャイな俺が一人で積極的に出会いを探すような年齢でもなくなっていた。

心の成長はあの時から止まっていたが、思い切って恋をする勇気もなく、いったい自分に人を幸せにできるのか、その権利があるのかという躊躇ためらいもあった。

何よりもまた失ってしまうのではないかという怖さは拭えなかった。

心のどこかでこの十字架を背負ったまま残り四十年くらい耐えれば、まゆが待っているあっちの世界に行けるのではないかという思いさえあり、天国のまゆにいくつかの土産話を持っていこう、そのために移り変わっていく世界をこの目に焼き付けようということが僅かに残る生きるモチベーションだった気もする。


男として、いや人として野心のない小さな人間になっていた。


それでも傷が癒えていくにつれ、周りの仲間が幸せを手に入れていくにつれ、孤独というものを感じるようになり、そして男のさがなのか人肌に対する恋しさも生まれ始めていた。

凍えるように寒い冬の日、その寂しさを埋めようと足を運んだのはネオン輝く風俗街だった。

ここならば心と体を切り離し、割り切ってドライに人恋しさを満たせるだろうと思ったのだ。

加えてまゆが最後に働き、心をむしばむ一因にもなった風俗という仕事がどんなものだったのか知りたいという気持ちもあったのかもしれない。


数枚の写真が並ぶ中、店員は人気の女性にたまたまキャンセルが出て空いていると薦めてきた。

写真はまゆとは正反対の目がクリッとしたショートカットの美しい女性で、清楚な雰囲気を持っていた。

待合室でしばらく待っていると受付の時に渡された番号で呼ばれた。

カーテンの向こうで待っていた女性は写真よりもさらに美しく、普段の生活では会ったことがないオーラの様なものを感じた。

初めてで緊張する俺に「初めまして、朱里あかりです」とニコリと笑って体を寄せてくる女性を気付けば強く抱きしめていた。

そして朱里に導かれ、まゆと別れて以来四年ぶりの人肌に無我夢中で甘えた。


事を終えると朱里は優しく話しかけてきた。

シャイで口下手な俺に対し会話が途切れて気まずくならない様に、かといってあまり突っ込んだ話で深く踏み込みすぎない様に、上手に距離感を測りながら柔らかい口調で話題を振った。

自分がこの手の職業の女性に描いていた印象や先入観は完全にくつがえされた。

すれた感じなど全くなく、むしろすれているのは自分の方だと気付かされる始末だった。

朱里と話していると心が癒され、そして満たされ、胸につかえていたものが溶けて行くようだった。


それから定期的に朱里と会うようになった。


最初は警戒心もあったが、少しずつ打ち解けてくると朱里の心の奥に秘められた覚悟のようなものや、そこからくる芯の強さといった内面的なものも感じる様になった。

何よりも朱里といる時は自分が自分でいられ、忘れていた笑顔を取り戻せた気がしたのだ。

朱里はそんな俺の笑顔を素敵だと言ってくれた。

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