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1.3 大胆に@クリスマスイブ

 そしてクリスマス前日。


 世間が浮かれるその夜、僕はいつものように一人暖かなリビングでパソコンの前に座っていた。


 ホットワインをなみなみついだマグカップからは、白い湯気がもくもくと立ち昇っている。机の上には小さなスノードームが一つ。今日、気まぐれで入った雑貨屋で目について購入したものだ。ひっくり返すたびにガラスの球体の中で白い雪を模したものがはらはらと舞い落ちる様は叙情的で美しい。


 ディスプレイに映るのは白と水色のブラウザ、ノベルズヘブン。今日も今日とて、ユウさんへ送るためのメッセージ作りにいそしんでいた。


《今日、スノードームを買いました。カップルや家族連れでにぎわう街中にある、普段は入らないような雑貨屋で。僕、出不精なんです。でもなんだか今年はそういう場所を歩いてみたくなったんです》


 素直な気持ちが指を動かしていく。


《ユウさんもこんなふうにどこかでクリスマスを楽しんでいるのかなって思って。ユウさんが好きそうなものはないかなって思って。今日はたくさん歩きました。それでスノードームを一つ買ったんです。ひっくり返すと雪が降って見える、あれですよ。こぶし大くらいのガラス玉の中に小さなレンガ造りの家ともみの木が入っていて、素朴なんですがとてもきれいです。透き通るような世界に降る雪は清らかで、いつまで見ていても飽きません。いつか》


 ここで少し指が止まったが、思いきって書いた。


《いつかユウさんに会える日が来たら、このスノードームをプレゼントしたいです。きっとユウさんは気に入ってくれると思います》


 送信ボタンは無心で押した。何か一つでも考え始めたらきっと押せない、そう思ったから。こんなふうに思うがままに相手に好意を示した記憶は、小学校低学年まで遡らなくてはいけない。ああそうだ、あの頃、ちょっといいなと思っていた同級生の女の子に『わたし青池くんのこと嫌い』と言われて、それから引っ込み思案になったんだっけ。


 苦い思い出をごまかすように、机の上に置いてあった生チョコレートを一つ口に入れた。クリームたっぷりの生チョコレートは、やっぱり彼女が好きそうだから買い求めたものだ。とろける舌ざわり、鼻を通るようなカカオの香りは、顔も覚えてない同級生へのほろ苦い感情を打ち消してくれた。だがコーティング用のココアの粉は舌の上で随分ほろ苦く残った。


 口直しにと手に取ったホットワインのマグカップは手に取るとぬるくなっていて、僕はパソコンを閉じキッチンに行くともう一度レンジで温めなおした。ガスコンロの上にはルクルーゼの真っ赤な鍋が置いてあり、その鮮やかな赤が視界に入ると自然と顔がほころんだ。これも今日買ってきたばかりものだ。かなり重かったが、クリスマスをこういう深い赤の鍋で彩れば彼女が喜んでくれるだろうと想像した途端、買わないわけにはいかなかった。家具や雑貨を白で統一している僕にとって、それはまさに衝動買いの一品だった。中には三時間かけてことこと煮込んだビーフシチューが入っている。今夜、僕はそれを二杯食べた。


 温まったマグカップを手に、僕は残る時間を読書をして過ごした。大胆なことをしたばかりだからこそ、いつものように落ち着いて過ごしたかったのだ。音楽はごく小さい音で、クリスマスの定番である賛美歌集のアルバムをかけて。


 読み終え、薄い文庫本を閉じると、僕はマグカップの底に少し残っていたワインを飲み干した。それから歯を磨き一日を締めくくるかのようにシャワーを浴びた。そして体が温かいうちに柔らかな布団に入り、僕はゆっくりと夢の世界へと旅立っていった。眠りはあっさりと訪れた。


 夢の中で、僕は顔も知らない彼女とほほ笑み合っていた。手をつなぎ、見つめ合い、幸福を味わっていた。それが夢だと気づきながらも僕は甘美な世界に浸った。そういえば彼女の本名も年齢も住んでいる場所も、何も知らない。そのことに僕は唐突に気づいた。夢の中だというのに。

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