1.2 積もるメッセージ@春夏秋冬
『アオさん、こんにちは』
僕はユーザ名をアオと登録していた……らしい。
『次の新作も楽しみにしています。フォローさせていただきました』
フォローってなんだろう、と理性的な脳が疑問を抱きつつも、感情的な心のほうは期待に胸が膨らんだ。
『今後ともよろしくお願いします』
そう結んである簡素なメッセージを閉じトップページに戻ると、左下のほうにフォロワーとあった。なんだかツイッターみたいだ。そこにユウという名前が一つ、ちょこんと表示されていた。
僕はさっそくユウさんに感想の返事を書いた。それが礼儀だろうと感じたから。
《はじめまして。感想ありがとうございます》
一寸悩み、そこからはすらすらと言葉が出ていった。
《他の方に小説を読んでもらうのは初めてで、感想をもらえてすごく嬉しいです》
書いてみて、それでようやく自分でも気づいたのだった。あ、嬉しいんだな、と。無限に広い電脳世界に一つの小説をぽんと置いてみただけ、大海に小石をぽんと放り投げてみたような、そんな些細なことだったはずなのに。なのに、小石を投げたら大きなクジラが顔を出してこんにちはとおじぎをしたかのようだった。おじぎをし消えていったクジラに、突然のことだからこそ、僕は喜びを感じ、愛着を感じたのだった。
《まだたくさん書き溜めた作品があります。ぜひ読んでください》
そう締めくくり送信ボタンを押した。そして僕もユウさんをフォローした。
*
その後、短編だったり長編だったり、僕はストックしていた作品を順次投稿していった。それに感想をくれるのは決まってユウさんだけだった。フォロワーも一人だけの状態が続いた。でもそれも仕方がない。この投稿サイトはその名称の軽さのとおり、若者向けのライトノベルをメインに扱っていたからだ。僕のような重苦しい小説を書く人間はごく少数だったのだ。
『今回もとても面白かったです』
あっさりとした感想でも、僕にとっては唯一の感想であり宝物となった。
《ありがとうございます。今度はシリアスな青春小説を投稿する予定がありますので、またぜひ読んでやってください》
僕は丁寧に、かつ熱を込めて返事を書いた。それに引きずられたのか、心がほどけてきたのか、ユウさんからの感想も次第に詳細になっていった。
『悲しい過去を背負った主人公の行動は、涙なしでは読めませんでした』
『好きだからこそ恋人を試してしまう青年の惑いがひどく人間らしくて共感しました』
『人を殺すことと殺されることと。命の重みについてあらためて考えさせられました。心安らかに生きることって難しいですね』
それらに僕も心からの感謝を込めて返答していった。
《過去をただ乗り越えるだけではなく、それすら自分だと受け入れる努力をする主人公は、誰にも経験のあることだと思います》
《人を信じることは難しくて、だからこそ好きな人の想いが強くないと安心できないこともあって。人と関わることは突き詰めだすと難しいですよね》
《本当は小説中でも人を殺すようなことはしたくないんです。現実なら余計に。誰だってそうだと思います。だけどそうせざるを得なかった人もこの世にはいて、そんな人たちの心を読み解いてみたくてこの作品を執筆しました》
雪が積もるように、しんしんと、想いをのせた言葉がメッセージの送信欄を埋めつくしていった。
そうして冬が終わり、春がきた。だが積まれたメッセージは雪のように溶けることはなかった。マンションの前の通りに並ぶ桜が淡い色の花を咲かせ、舞い散り、ほどなくして夏がきた。熱い日差しに共鳴するかのように蝉が鳴き、大合唱から一匹ずつ離脱していくと秋がきた。マンション前の大樹の葉が緑から茶に変色し、すべてが地面に落ち、冬がきた。
そうやって季節は順序良く廻り、また冬がきた。
ユウさんと出会って一年がたち、また冬がやってきた。
*
この頃には僕はユウさんと毎日メッセージを交換する仲になっていた。
ユウさんのことを僕はずっと男だと思っていた。だが恋愛を主テーマとした短編がきっかけでお互いの恋愛観について語っているうちに、大きな勘違いをしていることにようやく気がついたのだった。ユウさんは女性だった。
『アオさんがわたしのことを男だと思っていることは気づいていたんですが、そのほうが話をしやすいかと思ってずっと言うことができていませんでした』
自分のことをわたしと言うのは、相手に丁寧に接する人だからなのだろうと、それまで僕は本気で信じきっていた。『怒りますか?』と尋ねられ、全力で否定した。
《怒るなんてとんでもないです。僕にとって、ユウさんは男だとか女だとかではないですから。これからも仲良くしていただければうれしいです》
それにユウさんは――彼女はこう返事をくれた。
『よかったです。わたしもアオさんに対して同じように思っています。これからもたくさんお話させてください』
ここで一つ懺悔をしたい。僕はユウさんが女性だと知って内心歓喜していた。ああ、ユウさんは女性なんだ。そう気づいたら、胸の奥から熱い感情が激流のように全身を駆け巡っていった。自分自身でも気づいていなかった、未経験の熱い想いが……。