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6.街道にて2

【オーク】

 個々の知能は低いが、分厚い脂肪と硬い毛皮が特徴で、生半可な武器で致命傷を与える事は非常に困難である。

 故に中級冒険者4人パーティーで挑むのが推奨されている魔物だ。

【オーク】は森林地帯に20匹ほどの集落を形成し、集団生活を行っている。

 集落の長として【ハイ・オーク】が確認されているほか、なかには準災害級魔物の【オークキング】もいるらしい。【オークキング】の目撃例は少なく、どのような条件で出現するのかいまだに未解明だ。




 俺と父さんが視力強化で確認したのは、馬車に近づけさせまいと、三匹の【オーク】を引きつけた護衛冒険者が一人で相手しているところだった。

 護衛冒険者の体には、【オーク】に槍で複数刺された傷があるようで、周囲の服は赤黒く血で染まっている。


 ――状況は一刻を争う。


「【オーク】が三匹か! どうして街道なんかに……いや、そんなことより俺一人で三匹やるのはきつい。ウィル、一匹引き受けてくれ。時間稼ぎでいい、くれぐれも倒そうなんて考えるなよ。お前じゃ絶対勝てんからな」


「はい、父さん」


 俺はアイリス先生からもらった書物での特訓以外に、5歳くらいから父さんに剣術の稽古を付けてもらっている。

 俺が剣術を習いたいと父さんに告げると、最初は目を丸くして驚いたが、嬉しそうな顔で手取り足取り、手ほどきしてくれるようになったのだ。


 剣術に稽古は朝早くから始まり、型の練習から始まり昼までに模擬戦を行う。子供の俺の体力では最初の頃は剣さえまともに振ることすらままならず、筋トレをしたりもしたものだ。

 模擬戦はもちろん魔術なしだ。そもそも魔術に頼らず戦う術が欲しくて、剣術を習い始めたのだからな……

 ちなみに模擬戦では、まだまだ父さんの足元にも及ばない。


「おい、タンカー! 一旦下がれ!」


 父さんは鬼気迫る表情で鍔迫り合いをしている護衛冒険者を呼ぶ。

 タンカーとは護衛冒険者の総称のようなもので、「護衛対象を街から街まで運ぶ人」がタンカーの由来となっているようだ。


 父さんの声に反応したタンカーは、剣に込めた力を緩め半身、槍の軌道上から避けるとそのまま俺と父さんのもとまで走ってきた。冒険者が立っていたであろう地面には、【オーク】の持っていた槍先が深々と地面に突き刺さって、砂埃が舞っている。


「ブヒッ」


 オークたちはタンカーを追うことはせずに、三匹で顔を見合わせ何やら話しているようだ。その表情は、醜悪な豚や猪のようなイカツイ顔を崩し、ニヤニヤと笑っている。

 薄気味悪さすら感じる。


「おいタンカー、俺と息子のウィルが2匹引き受けるから、あんた一人で【オーク】1匹何とかできるか?」


「あぁ、助かる。1人で【オーク】はなんとかしてみせる」


「そのケガだ、無理しなくてもいいからな? とりあえず時間を稼いでいてくれ」


「わ、わかった」


 タンカー、父さん、俺の三手に分かれて各個撃破することになった。とは言っても、俺とタンカーは時間稼ぎがメインのようだが。


 そこでそれぞれの担当するオークに、牽制にしかならない魔術を放ち、ヘイトを貯める。そこで俺は、周囲に影響の出ない風の魔術【ウインドボール】を、オークの後頭部にぶつける事で注意を引く事にした。


 ウィルの体の周りを【オド】と、大気中の【マナ】が反応した淡い青白い光が包む。

 そのまま青白い光【マナ】を右手に収束させ発動する風の魔術をイメージした。

 初級魔術なので【マナ】の制御はとても容易く、構築イメージを一瞬で終わらせ、右手を前に出し俺は唱える。


「【ウインドボール】」


 右手に空気を圧縮した塊が発生し、【オーク】に向けて飛ぶ。【ウインドボール】は綺麗な直線で、吸い込まれるように【オーク】の後頭部へとぶつかった。


 ――パンッ


「ブヘェッ」


 後頭部に【ウインドボール】ぶつけられた衝撃で【オーク】はこちらを振り向いた。【オーク】たちは俺らを睨むと怒った様子で、槍を構えて俺たちに向かって突進してくる。


 いよいよ初の魔物との実戦だ。

 俺は少しばかり緊張し、剣の持ち手が手汗で湿る。


 ――いい緊張感だ。


 俺は前世から生きてきた経験により、少しの緊張感と適度なリラックス状態が、何事をするにもベストパフォーマンスをすることができるのを知っている。


 うまいこと【オーク】を三手に別れさせた俺たちは、お互いの戦闘の邪魔にならないくらい距離を開けるため、別方向へといっせいに走り出す。


 俺は一匹の【オーク】を引き連れ、父さんとタンカーからかなり距離を取ることにした。

 父さんには悪いが、【オーク】を倒すつもりでいる。剣術はまだしも、魔術はかなり上達しているつもりだ。

 とは言っても、様子見として日頃から稽古をつけてもらっている剣術だけで何とかしてみようと思っている。もちろん身体強化魔術は使用するつもりだ。


 俺は父さんとタンカーから充分離れたことを確認すると、【オーク】の方に振り返り足を止めた。

 それに合わせて【オーク】は、俺との間合いを一瞬で詰め、構えられた槍先を俺の喉へと飛ばしてくる。


 どうやら一撃で息の根を止めるつもりのようだ。


 身体強化魔術を速度に極振りした俺は、ギリギリまで槍先を引きつける。

 速度が上昇し周りの速度はみるみる減速し、それはとてつもなく長く、わずかコンマ1秒が10秒に引き伸ばされているかのようだった。


 槍先が喉を捉える寸前に、重心を左に傾け、左足を軸に体を回転させる。


 ――シュッ


 【オーク】の放った槍突きの軌道上から逸れ、俺の居た場所を鋭利な槍先が空を切る。


 無防備になった【オーク】の太ももほどの太い腕を、回転した速度を上乗せし切りつける。

 しかし肉を引き裂くことはなく、ゴワゴワとした毛皮に拒まれ、薄皮にしか刃先は届かなかった。


「ちっ、硬いな」


 腕についた切り傷を見て、獣のように低い声で【オーク】は唸り、俺に鋭い眼光を飛ばす。


「グルゥ」


【オーク】は慢心を捨て、本気で狩りの対象と認めた。


 しかし俺は鋭い眼光をものともせず、目前の敵を無視するかのように、視力強化で父さんとタンカーの方をチラ見する。

 父さんは【オーク】を傷だらけになっており、巧みな剣術で追い詰めていた。

 一方、タンカーは体に受けた怪我で思うように建を降ることができていないようだ。

 なんとか【オーク】の攻撃をよけていて、防戦一方といったところだ。


 そんな俺の様子を見た【オーク】は、怒りに我を忘れ鼻息を荒くし、槍を力任せに振り回す。


 安い挑発に乗ってくれたな。

 俺は身体強化を筋力に全振りし、槍の棒の部分を弾く。


 ――キンッと響く金属音で、【オーク】の槍は明後日のほうに向いた。

 俺はそのスキを逃すまいと、すかさず懐に潜り込み、全力で【オーク】の首を横薙ぐ。


 肉を切り裂く感触が手に伝い、いかつい顔はズルリと筋骨隆々な巨躯から切り落とされ、地面に転がる。

 それと同時に毛皮で覆われた巨躯は、力なく地に伏し、あたりには生々しい鮮血の香りが漂った。


「うっ」


 前世が現代日本人であり、魔物との実戦はこれが初めてだった俺は、初めて嗅ぐ血の香りに少しだけ気分が悪くなった。生々しい血の香りに吐かなかっただけましだろう。


 こうして俺の初の実戦は幕を下ろした。




 それからの戦いは、一方的なものとなった。


 俺が【オーク】を倒した数秒後には、父さんも巧みな剣術で追い詰めて弱った【オーク】の首を切り落とし、そのまま俺と父さんは合流したところで、父さんは何とも言えない顔をしていた。

 なにか言われるなと思っていたが、案の定言われてしまう。


「ウィル、おまえ【オーク】を一人で倒したのか!? 【オーク】ってのはな、中級冒険者がパーティーを組んで倒すレベルの魔物なんだぞ?」


「たまたまだよ、父さんだって一人で倒してるじゃないか。そんなことよりタンカーを早めに助けないと」


「そ、そうだな」


 なにか物言いたげな表情だったが、怪我を負ったまま戦闘しているタンカーを見つめ、そう口にすると、父さんは何も言わずに前を向き草原を走った。


 ◇ ◆


【オーク】の討伐後、怪我を負ったタンカーを雇い主のもとへと運んだ。どうやらタンカーは血を流しすぎて、意識を失いかけていたのだ。

 父さんも、よくこの怪我で【オーク】とやりあったものだと、少しばかり驚いていた。


 タンカーの傷を治癒魔法で塞ぎ止血をする。父さんは冒険者時代に使っていた、年季の入ったポーチから増血剤を取り出し、タンカーに与えてようやく事態は落ち着気を取り戻した。


「命と積荷を守っていただき、誠にありがとうございます。申し遅れましたが、私はアズッタ商会に勤めております、アムーンと言うものです。何かありましたらアズッタ商会へいらしてください。お安くさせていただきますので」


「俺はアムーンさんのタンカーのコビーってもんだ。助けてくれた恩はいつか返すぜ、ありがとさんよ! ほんとに助かったぜ」


 商人のアムーンさんと護衛のコビーさんに、何度も深々とお辞儀をされ感謝された。

 人助けできたし悪い気分はしない。

 ついでに商人と冒険者のコネができたほか、【オーク】三匹の解体をしてもらい肉と槍、銀貨五枚をいただいたため、なかなかの収穫となった。金に目がない俺の父さんも、かなり上機嫌だ。


【オーク】の肉は【オーク】そのものの見た目とは裏腹に、分厚い脂肪と豚肉のような味わいで、市場には頻繁に出回っている。ちなみに俺も好物だ!


 俺と父さんは気が抜けると、「ぐぅ~」とお腹が鳴ったので、母さんの待つ荷台へともどり、ホカホカのうさぎ鍋を頬張った。


「「うめえっ!」」


 そんな父さんと俺を見た母さんは、くすくすと笑っているのだった。


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