2.家庭教師は可憐な少女
――異世界に転生してから7ヶ月ほどが経ち、異世界での初めての冬を迎える。
窓の外から見える田舎風景も、収穫の終わった田畑と、葉の落ちた木々の殺風景になっている。と言うわけで、とりあえずひとこと言わせてくれ!
(寒すぎる……東京に帰りたい)
異世界には、エアコンやこたつなどの文明の利器なんてものはなかった。
家のリビングには、レトロチックな暖炉がひとつ置いてあるだけだ。
はぁ……寒いのは前世から苦手なんだよ。
(あぁ、俺死んじゃうかも……)
しかし悪い知らせばかりではない。
ついに俺は、念願の直立二足歩行を会得した。そうだ、これぞ人間の歩き方だ!
ハイハイでも感動したが、直立二足歩行の感動はまた格別だ。
人類の先祖は四足歩行から二足歩行に進化し、二足歩行を手にした人類は知識により繁栄をしてきた。
つまり直立二足歩行は原点にして至高、――控え目に言って最&高!
立って歩けるようになってからというもの、随分と足腰に筋肉が付いた。
椅子や二階への階段の上り下りは、比較的スムーズに行うことが出来るようになり、家の探索もお安い御用だ。
これからの成長で、以前の体に戻っていくことが非常に楽しみになった。
それともう一つ、歩けるようになったこと以上に、ここ最近の生活で大きく変わったことがある。
それはある日のお昼下がり、母さんが魔術の練習している姿を見ていた時のことだった。
◇◆
今の俺を、前世の神崎 亮が見れば、厨二病と罵るだろう。
それでも、魔法を見てしまったあの日から、気持ちがウズウズしてたまらないのだ。
厨二病と言われようと気にしない。
俺は、いつも通り好奇心につられて、窓の外を眺めていた。
家の庭先では母さんが一人、杖を持って真剣な顔をしている。
母さんは杖を両手に添えて、体の前へと突き出す。
どうやら魔術の練習を始めるようだ。
俺は練習光景を傍観していたが、今日はいつもの様子とは違うことに気が付いた。
目を凝らしてみると、母さんの体から淡い光が出てくるように見える。
(ん? なんだあれは……)
自分の見たもの疑いって目をこすり、もう一度母さんのほうに目を向ける。
しかし、俺の見間違いでも勘違いでもなかったようだ。
淡い光は確かに母さんから放出され、母さんの周りを渦巻き、次第に輝きを増していく。
(っ……)
幻想的な光の奔流が目に焼き付き、得も言われぬ光景に言葉を失った。数秒の間、淡い光は輝き続ける。母さんが杖を下ろすと、淡い光は霧散し消えてなくなった。
(先ほどの光はなんだろうか?)
窓から目を離し、俺はちっぽけな手のひらを見る。赤ちゃんの手は何の変哲もなく、ぷくぷくしているだけだ。
手をグーパーグーパーしていると、一つの仮説が思いついた。
(もしかしてさっきの光は魔力!? もしその仮説があっているのなら、俺の手から光は見えない……はぁ、やっぱり俺って魔力を持ってないのかな……)
魔力を持っている人は極小数、そんな話を小説で読んだことがある。
それでも魔術を使いたい俺は、ダメもとで人差し指に神経を集中し、力のようなものを指先に集めるようなイメージをする。
(集まれー、魔力的なの集まってくれー)
――。
予想はしていたが何も起こる気配がしない。
俺は魔力を持っていないのかと、心が折れそうになる。
(んー、やっぱダメみたいだな……)
覚悟はしていたものの、やっぱり魔法が使えないのは、かなりのショックだ。
『クスクス』
(ん? 人の笑い声……?)
なにか聞こえた気がする、辺りを見渡しても誰もいない。
じゃあ、この声はどこから? 幻聴か? ウィルの思考は次第に、悪い方向へと加速してゆく。
(もしかすると、幽霊とか……)
『ウィル、魔力は体の真ん中にあるよ。そこから引っ張ってくるように、イメージしてごらん』
(えっ?)
幻聴ではない。無邪気な少女の声だ。勢いよく、俺は振り返る。
やっぱり周りには誰もいない。続けてどこからか言葉が聞こえてくる。
『よかった、聞こえてるみたいだね』
少女の声は、ホットしたような間を開けると、そのまま言葉を続ける。
『ウィルは魔術を使いたいんでしょう? 私を信じてやってみな? 成功するから』
そこまで少女の声が言うならやってみようと思った。自分一人の力でやってみたものの、上手くいってなかったからな。
そういう訳もあり、半信半疑で少女の声に従ってみる事にした。
(えーっと、まず魔力は真ん中にある、だっけ……?
――あー、これか。で、こいつを指先に持っていくんだったな……)
少女の声に従ってみたところ、右手の人差し指に淡い光が灯り、青白い光が強弱を繰り返すように点滅する。
(おっ!)
俺が浮かれようとしたら、少女の声が水を差す。
『まだまだだね、ウィル。点滅しているということは魔力制御が甘いよ』
(はい……。そういえば、聞くのが遅くなったんだけど、君は何者なんだい?)
『ふふっ、聞いたら驚くだろうけど、私は人間で言うところの、精霊といわれる存在かな』
精霊。
おとぎ話に出てくる存在かと思っていた。もしくは、端から存在しないタダの迷信。
精霊はどこにでもいる普遍的存在であり、生物には感知することが不可能と言われている。
ただ、自ら精霊ですと言われると、納得するしかない。
ウィルには否定できる材料がないのだ。
すると俺の目の前に光が収束してゆき、銀髪の可憐な少女がふわりと顕現する。
精霊様は光の粒子を常に放出している、煌びやかな宝石を見ているようで、ウィルはその存在感に圧倒される。
「わぁ~お……えーと、その……精霊様がどうしてこんなところに?」
『んー、きまぐれかな? それと私は精霊様じゃなくて、アイリスって名前があるからね? ちゃんと名前で呼んで?』
ニコッと無邪気に微笑むと、ウィルの周りをくるくると飛行し頭にちょこんっと腰掛けた。
ちなみに精霊様は重くもなかった為、ウィルは気にしていない。
『まぁ、ちょっと君のことが気になってね。という訳で今日から私が、君の家庭教師になりましょう。君もちょうど良く魔術が使いたいみたいだしね』
「え? 魔術つかえるようになるのですか!?」
『なるよ。私が直々に教えて使えないなんて絶対にありえないからね?』
あら、なんだか少しお怒りになっていらっしゃる?
とりあえず、地雷を踏んだらしいな……
「アイリス先生、今日からよろしくお願いします!」
『うむよろしい』
アイリス先生はニコニコと笑い、満足げに首を縦に振った。
こうして俺は、アイリス先生ご指導のもと魔術の練習を開始するのだった。
◇ ◆
「魔術の指導の前に、少し基礎的なことを話そうか。
魔術とは火水土風の四種類からなっている。基本的に魔術は魔力を持っている人なら誰でも使えるよ。
なぜなら魔術は体内の魔力【オド】と、自然界に存在する魔力【マナ】の反応によって引き起こる一種の現象だからね。
そしてもう一つ、【オド】のみによって引き起こす現象がある。それをこの世界では、個人個人によって【オド】の性質が少しずつ違うためか、引き起こされる現象が違う。これをこの世界では、ユニーク魔法と言われているよ。
とは言っても血筋などの先天的要因が大きく影響され、その次に環境などの後天的要因で、【オド】の性質はきまるけどね。後天的な要因では、よっぽどなことがない限り【オド】の性質は変化しないけどね」
俺は納得したと首肯する。
「ふむふむ、ちなみに俺のユニーク魔法はなんですか?」
少し首をひねり、考える素振りを見せるも、アイリスは首を横に振った。
『んー、それはまだわからないね。なんせ【オド】の性質が決定するのは15歳、つまり成人と言われているからね』
この世界での成人は15歳のようだ。前世と比べるとかなり早い。
「なるほど。魔術を先に習う理由がわかったよ。もしかしてだけど魔術を上手く使えると、ユニーク魔法も上手くなり一石二鳥ってわけですか、アイリス先生?」
『そういうこと、物分りがよくてよろしい! じゃあ~ぱっぱと練習始めようか。まず魔術を使うにしろユニーク魔法を使うにしろ、魔力のコントロールができないと、話にならないよね。
という訳で、ウィルは両手に魔力を集めて安定させてみて』
俺は体の真ん中から、両手に均等に魔力を流すようにイメージし実行する。やはり、淡い光は強弱を繰り返すだけだ。
10分ほど経過したところで、俺の体に倦怠感が襲ってくる。マラソンでもしている感覚だ。
次第に時間が20分、30分と経過するにつれ、俺の額や背中から汗が滲み出す。
『まだだよ、ウィル。ここが踏ん張りどころだからね!』
アイリス先生は厳しい顔をしたまま、俺を見つめている。アイリス先生が止めというまで、俺は気力と根性で踏ん張った。
1時間が経過する頃には既に意識は朦朧とし、少しでも気がゆるめば意識は完全に落ちている状態だ。もう魔力が底をつきかけ、体が悲鳴を上げる。
「はぁっ、くっ!」
魔力を搾りかすまで出し切ったところで、俺の意識は途切れた。
汗だくになり意識が消えて倒れ込むウィルを、アイリスはそっと支えて微笑みのまなざしを向け、労いの言葉をウィルにかける。
『よく頑張ったね、ウィル』
言葉をかけ終えるとアイリスの表情は一変し、眉間にシワを寄せながらブツブツと何かをつぶやく。
(それにしてもウィルの魔力量、桁が違うではないか……コイツは一体何ものなのだ?
魔術の祖とし、古き時代から歴史に名を刻む【創世の大賢者】。世界の理から外れし禁忌の道を進みし【不死の黒魔導師】。世界全土を巻き込んだ、世界大戦に終止符を打ちし【終焉の騎士王】。それらにも引けを取らない魔力量。いやそれどころか、その他の偉人達たちと比べると……
すでに″ウィルが上回っているの″だ。
もしやこの世界に何かが起こる前触れか?)
アイリスは嫌な予感を残しつつ、ふっと姿を消した。
お気に召しましたら、ブクマ等よろしくお願いします!
タグにもある通り、主人公チートの気配を漂わせました!
こういう厨二感ある展開いいですよね。
主人公のユニーク魔法はすでに決めてあります。
話が進むのをお待ちください!