俺の答え
「俺は……ベルを――」
まだ俺の頭の中ではいろいろな感情が渦巻いているせいで全く整理が出来ていない。
たしかにベルのせいで俺の生きてきた十五年間は無駄――とまではいかないが散々なものだった。
それは憎むべきことに異論はない。むしろそれが許せるほど俺は寛容ではない。
――ただ、感情論であいつを退治するのも何か違う気がする。
俺はまだベルのことを何も知らない。あいつが俺の青春を潰していた理由、俺にまとわりついている理由、突然俺の前に現れた理由。
ベルが俺に純粋に敵意や悪意を持って行動してきたならば退治しなければならない。だがその逆、あいつが俺に何かしらの理由があって邪魔していた場合、それは退治するべき理由になるのだろうか。
ここで答えを間違えてしまったら大変なことになるのは間違いない。
悪意を持った悪魔を野ざらしにする可能性。良心をもった悪魔を退治してしまう可能性。
だからこそ俺は答えが出せない。
「考えはまとまった……? お腹すいたから早くして……」
俺が答えを出さずに長考していたせいか、しびれを切らした安倍聖菜が腕を組んで催促してくる。
「もう少し、もう少しだけ待ってくれ」
もう考える時間はほとんどない。
どちらにしてもベルを退治すれば青春が来ることに変わりはない。ならばあいつを退治しても――。
――その時、俺の中にある光景が浮かんできた。
それは――昨日の安倍聖菜から逃げた後、俺が疲れきって眠っていたときのこと。
俺が起きるとベルは俺の上を陣取り、何かから守るようにあぐらをかいて眠っていた。
少なくともあの時の彼女は俺を守ろうとしていた。
本当に悪意を持って俺の青春を潰すような奴がそんなことをするだろうか。いや、そんなことはないだろう。
もちろん悪意を隠すためのカモフラージュや俺が深読みしすぎているだけの可能性だってゼロではないだろう。
それでも、一度くらいベルを信じてみてもいいのではないだろうか。
もしもカモフラージュだったりすれば、そのあとに退治したって遅くはないはずだ。
なら、俺の答えは――。
「その顔は……もう決めたんだね……」
「あぁ、ものすごく悩んだけどな」
「じゃあ、教えて……黒瀬の答え……」
「俺の答えは――」
「今はすぐに退治する気はない!」
「…………ハァ……」
走り始めてからだいぶ時間がたったおかげか今ではすっかり日が昇り、辺りの建物は朝日によって煌びやかに装飾されている。
始めは何も走っていなかった道路にも、まばらではあるが通勤途中と思わしき車が走り、少しずつ朝の騒がしさへと変わりつつある。
そんな変わっていく町の風景とは裏腹に、安倍聖菜の表情は何一つ微動だにしない。
「えっ、なんでそんなに何か俺変なこと言った?」
「いや、言ってない……」
「だったらなんでそんなに無反応……? もう少し驚きとか、何か反応があっても……」
「だって、『今は』とか……あんなに決心した顔をした割には、中途半端な答えだったから……」
どうやら安倍聖菜には俺の葛藤は伝わらなかったらしい。
「いや、それでも俺はいつもの数十倍考えて――」
答えを出した。と言いたかったのだが……。
「私にとって過程はどうでもいい……。結果がすべて……」
「は、はい……」
意外と厳しいんですね安倍さん……。
「それでどうするんだ。結果的には俺はお前の敵になるわけだが」
「別に……私は私のやるべきことをやるだけ……。邪魔するなら一緒に消す……ただそれだけ……」
「わかってはいたけど、それは恐ろしいな……」
ベルの事情も気になるが、安倍聖菜がどうしてここまで悪魔を憎んでいるのかも気になる。いったいあいつと悪魔の間に何があったんだ?
「なあ、どうして――」
――グゥゥゥゥゥウウウ!
「そんなことよりお腹がすいた……。早く帰りたい……」
どうやら本当に腹の虫が限界だったらしく、辺りにはお腹の音が鳴り響く。
なんというか……自由だな……。
「わかった。帰ろうか……」
まあ、今すぐ理由を聞く必要はないよな。
いつか気が向いたときにでも聞いてみよう。
「ちょっと待って……」
「ん? どうした?」
「もう体力もないしお腹も減って歩けない……おんぶを所望する……」
本当に自由な奴だな……。
「はぁ~仕方ないな。自分の体力に見合ったペースで走ればいいのに」
「妻を支えるのは夫の仕事……。よって黒瀬が私を運ぶのは当然……」
「…………………………やっぱり、歩けるくらいに体力回復してから帰ってこい」
「ひどい……黒瀬はもっと優しくなった方がいい……」
「だったら、お前はもっと感謝とか自制心を覚えろ」
俺が歩いていく後ろを安倍聖菜はしぶしぶと言った様子でついてくる。
まあ、このあと結局安倍聖菜にしつこく迫られておんぶして帰ることになったのだが、それはここでは語らなくてもいいだろう。
「はぁ、疲れた。さすがに女子一人おんぶして帰るのはキツイ……」
「黒瀬かっこ悪い……。早く朝ごはん作って……『じゅるりっ』」
「お前のせいで疲れているんだけど……お前は悪魔か……」
あれ? なんだろうこの既視感。つい最近どころか昨日あたりあったような。
安倍聖菜は口からよだれを垂らして目を輝かせている。
まだ家に着いただけでご飯を作ったわけでもないのに、よだれって……相当お腹がすいていたんだな……。
今回で一章の終わりです!
次回からの二章はもっとラブコメっぽい話にしていきます!