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彼女は尋ねる

「黒瀬、起きて……朝……」

「ん? 朝……? 目覚まし鳴ったのか? なんかそれにしてはまだ少し暗いような……」


 俺はまだ完全には開いていない目をこすり、意識を無理やり覚醒させる。

 今の季節は、桜がようやく満開になり、冬の厳しい寒さもようやくなくなってきた春。

 日の出の時間は約五時。いつも俺が目覚ましを設定している時間は六時。

 当然、俺が起きるころには日はとっくに出ている。それなのに、今日の空はやけに暗い。

 今日天気は曇りだった? いや、そうだとしても暗すぎる。


「なあ、今何時だ?」

「午前四時……」

「そうか、四時かぁ。それなら早く朝ごはん食べて学校の準備を――って四時!?」

「そう、四時……」


 彼女は平然と言ってのける。

 いくらなんでも早すぎるだろ……。あまりに驚き過ぎて今までの眠気が全て吹っ飛んでしまった。

 それにしてもあいつ早起き過ぎるだろ。どこの年寄りだよ……。


「なあ、いくらなんでも朝早すぎないか? 俺がこの家出るの七時だぞ」

「でも、早起き体にいいよ……」

「いや、これは早すぎるから。健康どころか寝不足で体調崩しそうだ」

「私、体調崩したことない……だから大丈夫……」


 それはいくらなんでも暴論過ぎるだろう。まあ、今更二度寝しようとしたところで完全に目が覚めているから眠れないんだけどさぁ。


「それじゃ、ランニング行くよ……」

「はい? ランニング?」


 よく見ると彼女は今、どこから持ってきたのか淡いピンク色の女性用のジャージを着ている。

 それに、新品と思わしきスニーカーまで履いて完全にやる気モードだ。

 というか、家の中でスニーカー履くなよ。まあ、新品っぽいから怒りはしないけど。


「なあ、それって絶対か?」

「絶対……。体にいい……」

「お前はほんとどこの年寄りだよ……」


 はあ、どうやら俺の新しい同居人は年寄りに負けず劣らずの健康オタクのようです……。やりすぎているような気もするけれど。

 朝もやがかかる町中。車の通りもまばらだ。太陽だってまだ完全には出ていない。ようやく東の空が明るくなってきた程度。

 そんな時間に俺はジャージを着て、家の前で安倍聖菜とウォーミングアップをしている。

 高校に入学する前の俺はこんな状況考えてもいなかった。考えていたら考えていたで、気持ち悪いけどね。


「それじゃあ、行くよ……」

「はあ、りょうかい」


 彼女は颯爽と走り出す。ペースはなかなか速い。このままだと数分後には置いて行かれそうだ。

 やっぱり、悪魔祓いをやっていたりするから体力はあるのだろうか。

――と思っていた時期が俺にもありました。走り出してから数分、安倍聖菜は体力が底を尽きた様で、現在はほぼ徒歩と変わらないペースで走っている。

 さっきから肩で息をして、今はもうほとんど虫の息である。


「はぁはぁ……死ぬ……」

「いや、お前いくらなんでも体力なさすぎだろ」

「私運動嫌い……」


 そういえば、ジャージもスニーカーも新品だったな。こいつ普段は運動していないんだな。


「だったら始めからランニングに誘うなよ……」

「それは無理……私は黒瀬に聞きたいことがあった……。そのためにも二人きりになりたかった」

「ん? なに? あっ! そういえば俺も聞きたいことがあったわ。お前俺のこと呼ぶとき君から、黒瀬になってるよな」


 始め彼女は俺を『君』と呼んでいた。それなのに今日俺を起こすときには『黒瀬』になっていた。

 別に嫌というわけではないが、どうして呼び方を変えたのか気になる。


「それは簡単なこと……今は私たち同棲している……。だから名前で呼び合う……」

「同棲ではないからな……。お前が半ば強引に居候してるだけだからな」

「でも、一緒に住んでいることに変わりはない……」


 こいつの言うことは間違ってはいないから反応に困る。

 まあ、本当に呼び方なんてどうでもいいんだけどね。


「わかった。名前のことはもういい。それでお前が俺に聞きたいことっていうのは何だ?」

「私が黒瀬に聞きたいことはただ一つ……」




「黒瀬はあの悪魔――ベルを本当に退治したいの……?」




 ――ベルを退治したい?


「そんなの当り前だ。あいつのせいで俺はもう二回もモテ期を棒に振っているんだ。これ以上俺の青春を邪魔されるわけにはいかない」

「それにしては黒瀬の態度はおかしい……」

「おかしい……?」

「悪魔を退治したいほど憎んでいるはずなのに、私が退治しようとしたとき黒瀬は彼女を抱えて逃げた……」


 あ~そういえばそんなこともあったな。だが、あれはなんとなくあのまま見知らぬ奴にあいつを退治されるのが嫌だっただけで――。

 断じてあいつがかわいそうとかそんな感情で動いたわけではない。


「黒瀬はいったいどうしたいの……? 君はあいつを本当に退治したいの……?」


 安倍聖菜はその無機質な目で俺をまっすぐ見つめる。

 その瞳には一点の曇りもなくただ俺だけが映っている

 ――ここで嘘はつけない。俺は直感でそう感じた。

 俺は本当にあいつ――ベルを退治したいのか。それとも――。


「私は黒瀬の答えが知りたい……。そうじゃないと私はあなたに協力できない……」

「協力って俺は別に……」

「私の夢はこの世の悪魔を滅ぼすこと……ただそれだけ……。場合によっては黒瀬は私の敵になる……。だから君の答えが知りたい……」


 そういえば、ちゃんと考えたことがなかった。俺はベルを退治して平穏な高校生活を送りたいとは思っている。

だから俺はあいつを退治するためにいろいろ試した。全部だめだったけれど……。

でも、同時にあいつと過ごした数日が楽しかったのも事実。

今まで誰かとあんなに楽しく過ごした数日はない。その生活がなかったのはあいつのせいなんだが……。

本当に俺はあいつ——ベルを退治したいのだろうか、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

だが、ここで答えを出さなかったらあいつに何をされるかわからない。


 俺は……俺は……あいつを――ベルを――。



「俺は……ベルを――」


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