彼女はあきらめが悪い
「私は、ここに住む」
「え? そんなの許せるわけがないだろ。家には俺だけじゃなくて親だっているんだぞ」
「じゃあ……消す?」
安倍聖菜が可愛く首をきょとんとかしげる。こいつの発言いちいち過激だよな……。
誰か、加減とか話し合いとか妥協って言葉を教えてあげて。
「いいわけないだろ!」
「まあ、それは冗談……」
「お前の場合冗談に聞こえないから困る……」
ほんと、こいつは何をするかわからない。表情も本当に機械じゃないんかと思うほど変わらないし、声も感情がこもっていなさ過ぎて全く読めない。
「でも、君の親……しばらく戻ってこないよ……」
「はい? なんでお前がそんなことわかるんだ?」
「この悪魔を消すためには君の近くにいた方が色々楽……。でも君の両親がいるといろいろ面倒……だから、すこしの間この家に帰ってこないように頼んだ……」
「そんなのどうやって? まさか、脅したのか!?」
「それは……これを使って……」
安倍聖菜はそういって偽札でいっぱいのジュラルミンケースを指す。
俺の親まさかこんな見え見えの偽札で騙されたのか? だとしたらどれだけ守銭奴なんだよ……。
俺息子として恥ずかしいよ。
「それ偽札しか入ってないだろ」
「違う……君の両親にあったときはちゃんと現金だった……。むしろ君の両親がもらったから今偽札しか入ってない……」
俺の両親何やってるんだよ、息子の生活売るなよ……。
「はあ、わかった。とりあえず親がしばらくここに帰ってこないことはな。だが、お前とここで一緒に暮らす理由はない」
「でも、その悪魔は君と一緒に暮らしてる……」
「ま、まあこいつは姿見られないから……」
「君の両親はしばらく帰ってこない……。だったら私も見られることはない……」
こいつほんとしぶとい……。そろそろあきらめて帰ってくれるとうれしいんだけど。
それにこいつにだって家族がいるだろうし、あまりここに長居させても危ない? かもしれない。
「もう、さっきからうるさいなぁ。ワシはこいつには切っても切れない縁があるからいっしょに生活するのは、まあ、当然と言ったところかな」
ない胸を一生懸命張って勝ち誇ったような表情で安倍聖菜を挑発する悪魔。
なんか、見ていて悲しい……。
「でも、あなたと君が名前で呼んでたりするのを見たことない……。名前も知らない相手との縁って何……? 文通……?」
「それは……お互い名前くらい知ってるに決まってるでしょ! ね、黒瀬?」
こっちにふるなよ! お前は昔から俺に取り憑いていたらしいからわかるかもしれないけど、こっちはお前の名前聞いたこともないし、聞こうと思ったこともないわ。
「お、おう、もちろん知ってるぞ。名前だろ? それは……え~と……ちょっとまってド忘れした」
名前、名前。どうしよう。悪魔……悪魔だろ……。悪魔、デーモン、サタン、ベルフェゴール。
ベルフェゴール? ベルフェゴール、ベルフェ……ベル……!
「そうそう、こいつの名前はベルっていうんだ。思い出した、思い出した」
「そう、ワシはベル! これでワシらにはしっかりと縁があることがわかったでしょ?」
「なんか……納得できない……やっぱり一緒に住んで確かめるしかない……」
こいついつになったら諦めるんだ……。そろそろ本当におかえり願いたいんですけど。
「大丈夫、生活費は自分で払う……」
「あたりまえだ! なんで俺がお前のことを養わないといけないんだ!」
「じゃあ、そういうことで、不束者ですがよろしくお願いします……」
安倍聖菜は立って俺に深々とお辞儀をする。
なんだ、意外と礼儀正しいやつじゃないか。これならまあ――って、あれ? いつの間にか許したことになっているの?
「待て待て待て、俺は一度も許してなんかいないぞ」
「でも、自分の生活費は自分で払えって……」
ああ、そうか。あれは考え方によっては自分で払えば済んでも大丈夫という解釈もできる。もちろん、俺にそんな意図はなかった。
あいつ誘導尋問うますぎるだろう。いや、俺が馬鹿なのか?
「確かに言ったけど、俺にそんなつもりはなかった」
「でも、言ったことに変わりはない……。男に二言はない……」
くそっ、こいつ……。もう許すしかないのか。
何か他の言い訳は――。
「――――――――――――わかった。許す……」
「ちょっ、お前! ワシは絶対に嫌だぞ! こんな胡散臭い女と暮らすのは。」
「よろしくお願いしますね。ベルさん」
安倍聖菜は太陽すらも勝てないほどの満面の笑みで悪魔――ベルにあいさつをした。
こいつ、こんな笑顔もできたんだな。ただ、正直怖い……。
――この日、俺の家に新しい同居人が増えた……