悪魔な彼女
………………………悪魔? それってサタンとかデーモンとかの悪魔?
それってこいつをどうにかしかしないと、俺一生彼女出来ない感じなの?
「本当に悪魔……?」
正直信じることはできない。どれだけ根拠があろうともこれは現実だ。漫画やライトノベルの世界とは違う。
「まあ、そうだね」
「まだ、信じることはできない。今は頭が混乱しすぎて発狂しそうだ」
「まあ、いいんじゃない。ワシだっていきなり信じてもらえるとは思っていないし」
そう言うと、彼女はベッドから跳ね起き、こちらに体を向ける。
「信じてもらえないなら、信じてもらうまで証拠を見せるだけだからね」
「証拠……?」
彼女はどこから出したのか、長い巻物のようなものを用意しそれを読み上げる。
「小学五年生の九月二十一日、午後四時三十二分、空き教室にて。クラス一番のマドンナの石嶺さんをお前が呼び出す」
「そ……それは……」
――誰しも思い出したくもない記憶や、ずっと心の奥底に封印してきた記憶が一つはあると思う。
今、彼女が語ろうとしているのは、おそらく俺の中にあるその記憶のうちの一つだ。
さすがにそれはまずい……。せっかく忘れていた黒歴史をわざわざ語られたいマゾがいるわけがない。
そんな俺の心境を察してか――彼女は俺にむかって意地悪な笑みを浮かべる。
「教室に来た石嶺さん向かってにお前は――」
「うわぁぁぁぁぁぁ。待って、待って。わかった、お前は確かに悪魔だ。他人の不幸をそこまで楽しそうに語れるのは悪魔くらいしかいない。だから、これ以上傷口は広げないで。いや、広げないでください……」
「…………………………」
彼女は俺のあまりの必死さに驚いたのか、呆然と俺を見つめる。
これってもしかして、俺の必死さにドン引きして喋るのをやめてくれるパターン!?
そして、我に返った彼女は――
「『あなたのことが太平洋やエベレストの大きさにも負けないほど大好きです。付き合ってください』とお前は告白した」
――ことの顛末を話す。
ぎゃぁぁぁぁ! 消えろ消えろ。こんな記憶思い出したくもない。
大体、『太平洋やエベレストの大きさに負けないほど好きって……気持ち悪いわ!
どんな例えだ。もっと他にあっただろう。あの時の彼女、顔が引きつってたからな。
「あの告白は傑作だったね。告白が成功しそうになろうものなら、ワシが遠慮なく邪魔に入るつもりだったけど、あれはワシ無しでも玉砕してたからなぁ」
よほど面白かったのだろうか、彼女は腹を抱えてベッドの上を転げまわる。
死にたい死にたい死にたい。あんな黒歴史早急に忘れてしまいたい。
「もういい、わかった。お前が悪魔なのは嫌というほどわかった……」
「やっと信じた? もう少しお前の黒歴史を掘り返してもよかったんだけど――」
「結構です!」
俺は即答する。これ以上彼女をしゃべらせてしまっては、俺の精神力が持たない。
「あぁ、そうそう。これは余談だけど、冷蔵庫にあったプリンはワシが食べちゃった」
――はい? 冷蔵庫のプリン?
…………それってまさか!?
「限定五個のプリン……?」
「そうだったの!? 通りでおいしいはず。でもワシには少しくどく感じたかも。胃もたれしそう……ウェェエ」
「あれは、今日の俺の不幸を慰めてくれる唯一の楽しみだったのに……。この悪魔め……」
「まあ、そんなに褒められると恥ずかしいよ」
彼女は頬を紅潮させ両手を頬にあて、体をくねくねと動かす。
こいつどうしてやろうか……。
「少し待っていてくれないか」
「ん、どうしたの?」
「いや、少しトイレに……」
「レディーを差し置いてトイレって……。まぁ、漏らされても困るから行ってもいいけど……」
「悪いな」
俺は扉を開け、ゾンビの様にふらついた足取りで部屋を出る。
一人残された彼女は仰向けになり、天井を仰ぐ。
「たかがプリンで人間はあそこまで落ち込めるんだ。やっぱり人間の負の感情程面白いものはないね」
そして、数分が立ち、――がちゃ。扉が開く音がする。
「おっ、意外と早かったじゃない。お前もレディーに対する礼儀というものがやっとわかって――ってそれはなに?」
「お前を追い祓うためにもってきた。くたばれ、このプリン泥棒!」
俺は彼女にあるものを振りまく。
「白い粒に、このザラザラした触り心地。……それってまさか塩!?」
――そう、俺が持ってきたのは塩だ。先程トイレに行くふりをして台所に行き、急いで持ってきたものだ。
さあ、くたばるがいいこのくそ悪魔め! 食べ物の恨みほど怖いものはないと思い知らせてやる。
「まって、ワシ悪魔だから。幽霊じゃないから! 塩かけても祓えないから」
「嘘をつくな。証拠にお前は今、塩をかけられるのを拒絶してるじゃないか」
「誰だって塩かけられたらいやがるわ! ――――――って、甘い……? それ……よく見たら砂糖……」
「え!? 本当?」
突然の指摘に俺は突然素に戻る。そして自分が持っている袋をよく見ると――そこには確かに砂糖と書かれていた。
「ま、ま、間違えたぁぁぁぁぁぁ!」
「もしかして、人間が面白いわけじゃなくて、こいつが面白いだけなんじゃ……」
その日、俺は砂糖まみれのベッドで一夜を過ごすことになった……。
――翌朝。俺は部屋に差し込む朝日の陽気に包まれ目を覚ます。
なぜか、今日はいつもよりも目覚めがいい。こんな日には、いいことの一つや二つが待っていそうだ。
ベッドの横にある布団には、気持ちよさそうに寝ている少女――悪魔がいる。
正直、今でも完全に信じてはいない。ただ、彼女が知っている俺の黒歴史は間違いなく本物だった。
さらに、俺に彼女が出来ないのはあの悪魔のせいらしい。どうして彼女が俺の青春を邪魔するのか、どうやって彼女が俺の恋を邪魔してきたのかはまだ聞いていない。
細かいことは、休日にでも聞いてみるか。まずは朝ごはんを食べて、学校の準備をしないといけないからな。
俺は現在の時刻を確かめるために時計を確認する。
――そこには短針が八、長針が六のところを指している時計があった。
現在時刻、午前八時三十分。ちなみに、学校の始業時間も午前八時三十分。
…………………………………えっ。
「遅刻だぁぁぁぁぁぁぁ!」
そういえば、目覚ましをかけていたのにも関わらず、俺が目覚めた時には時計はは鳴っていなかった。
この目覚まし時計が壊れていない限りは、鳴らなかったなんてことはないだろう。
だが、今でも時計は正しい時間を刻んでいる。壊れていたという可能性はほぼゼロだろう。
それに、両親は毎日俺より早く起床して出勤をしている。だから、俺の起床時間に鳴る目覚ましを止めているはずがない。
ということは……両親以外の誰かが、鳴っていた目覚ましを止めた? ――そんなの俺以外には一人しかいない。
俺は犯人と思しき人物の目の前に立つ。容疑者は現在、スゥスゥと寝息を立て、幸せそうに寝ている。
俺は容疑者のこめかみの部分をこぶしで挟み、万力のように締め上げる。
「痛たたたたたぁぁぁ。ちょっと朝からなに⁉︎ ワシの幸せなひと時をじゃましないで!」
「なあ、一時間くらい前に目覚ましが鳴ったはずなんだけど、お前心当たりある?」
「目覚まし……? あぁ、あのうるさかったかったやつね。それなら止めたよ。ワシの眠りの妨げだったから」
「やっぱり、お前のせいかぁぁぁ!」
俺はさらにこぶしに力を込める。彼女の頭はメキメキと音を立てる。
「痛い、痛い! 死んじゃう、このままだと死んじゃう! 頭にくびれが出来ちゃう。せめてくびれを作るなら腰にして!」
「うるさい。まだ冗談が言えてるのに死ぬわけないだろ。それにお前悪魔だろうが」
「悪魔だって死ぬときはあるから! 除霊とかお祓い的な意味で!」
彼女はどうにかして俺の万力から逃れようと必死に抵抗をする。しかし、小学生女子ほどの体つきの少女になすすべはなかった。
「こちとら二日連続の遅刻で殺されるかもしれないんだ。だったら、おまえもついでにみちずれじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」
悪魔の悲痛な叫びと断末魔が家中にこだました。
「……………………」
もう今更急いだところで、遅刻は確定しているので俺は現在リビングで優雅に朝食を食べている。
その横では俺を遅刻へと導いた犯人――悪魔が静かに正座している。
「朝からこんな不幸が訪れるとは思わなかったわ。ほんと、さすが悪魔様って感じだな」
「……………………」
「そりゃあ、こんな悪魔が取り憑いてたら彼女もできないよな」
「……………………」
「あ~あ、こんな感じでの高校生活も不幸ばかりがおとず――」
「あぁもう、さっきから人がおとなしく聞いていれば文句ばかり! そんなにワシにいてほしくないなら、追い出せばいいでしょう」
さすがに我慢の限界だったのか、彼女は俺に強い口調で責め立てる。
「俺だって追い出せるなら、追い出したいわ! お前のせいで俺は何年間も幸運が訪れてないんだからな!」
「な、自分の不幸をワシのせいにするの!? ワシが邪魔していたのは恋愛だけですぅ〜」
――彼女と俺の口論は一時間も続いた。さすがに、お互いに体力もなくなり、今は二人ともへとへとになって床に倒れこんでいる。
「ふ、さすがはワシが見込んだ男。悪魔相手にここまで善戦するとは……」
「お前こそ意外にやるじゃないか……」
一時間もの激闘を戦い抜いた俺と悪魔には友情が芽生え始めていた。
「せっかくの記念だし、ちょっとした秘密をお前に教えてあげる……」
「ん? 秘密……?」
「そう、秘密」
「それって、お前の本当の正体とか? 実は悪魔じゃなくて異星人でしたー。みたいな?」
「違うわ! はぁ、もうとっとと終わらせよう。実はね――」
「――お前にはすでに二回モテ期がきていたのだ!」
…………え? 俺モテ期来てたの?