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プロローグ

 私はいつも独りだった。

 親には捨てられ、道行く人にも蔑みの視線が向けられる。

 私の人生は常に灰色。一度だって色づいたことはない。

 いつまでこんな人生が続くんだろう。神様は私になにか恨みでもあるのだろうか。


 ――死にたい。それが私の唯一の望み。それ以外には何も求めない。幸せになりたいなんて言わない

 だから神様、いや、閻魔でも悪魔でもなんでもいい。誰か私を楽にして――。


 周りの人間、環境、自らの人生に絶望した私は、灰色の街を目的もなくただ歩く。

 一体何時間がたったんだろう。私の足にはもう感覚がない。まるで機械の様に一定のペースで歩き続ける。

 いつの間にか私は、町はずれの墓地にいた。

 私には死を弔うほど親しい家族や友人なんて一人もいない。それなのに私はここで足を止める。

 目の前にはたくさんの墓標。そこからはこの世に対する未練からか悲しい雰囲気が漂っている。

 私にはわからない。こんな何もない世界から別れることが出来たのになぜ悲しむのだろう。本当にわからなかった。


 ――墓地の片隅ですすり泣く幼い少年を見つけるまでは……。


その墓標はまだ新しく、御影石がつややかに光っておりつい最近できたものだとわかる。


「ねえ、あなたはなぜ泣いているの?」


 私は少年のあまりの悲しみ様に思わず声をかけてしまった。 

 その声に気付いた少年は目にたまった涙を手でぬぐいこちらを振り向く。


「なんでって……悲しいからだけど……」

「悲しいって何? 私にはわからない。こんな世界とお別れできるなんてとても幸せなことじゃないの?」

「そんなわけがないよ。だって死んだらこの世界とは二度とお別れなんだよ……幸せなことなわけがないよ……」


 私には彼が言っていることが理解出来ない。

 なぜこの世界とお別れすることが悲しいのか。私ならば両手を上げて喜ぶだろう。


「でもこの世界には何もないんだよ。死んでからの世界のほうがよっぽど幸せだと思う」

「でも、ここには友達とか親もいるんだよ……誰かが死んだらみんなが悲しんじゃうよ」

「私には親も友達もいない。私が死んだって誰も悲しんだりしない。たぶん私が死んだことにだって誰も気づかない」


 そう、私は独り。そんな奴の死をいったい誰が悲しむのだ――。


「そんなことない! 君が死んじゃったら僕が悲しい。僕は……これ以上誰かが死んじゃうのはいや……」


 彼は私に向かってそう叫ぶ。先ほどまでのか細い声からは想像もできないほどはっきりと。

 ……僕が悲しい? 私は彼と初対面だ。それなのに彼は私の死が悲しいというのか?

 ありえない。私は今まで散々周りの人間から見放されてきた。今更誰かが悲しんでくれるとは思わない。


「私とあなたは初対面。あなたが私の死を悲しむ理由はない」

「いや、あるもん」

「じゃあ、理由は何? あなたが私の死を悲しむことが出来る理由は何!?」


 ――私は思わず声を荒げてしまった。私自身が驚くほど唐突に。


 彼の言葉が私には許容できなかった。今まで独り誰からも見向きもされなかった人生をすべて否定されたような気がしてしまったから。


「確かに僕たちは初対面かもしれなけど、これで僕たち友達じゃないの? 一回話したらそれはもう友達でしょ?」


 彼は純真無垢な笑顔で私に尋ねる。

 ――その瞬間私の中で何かが音を立てて崩れ去った。


「はははっ。そうか、一回話したら友達かぁ。はははははっ!」


 心の底から笑いがこみ上げてくる。この感情は何だろうか。今まで感じたことのない感情。決して嫌なわけじゃない、むしろすがすがしいこの感情は何だろうか。


「ほら、これで友達。だからもう死んだ方がいいとか言わないで」


 彼は私に手を差し出す。

 仕方がない。手を差し伸べられてそれを拒絶するほど私の心は汚れていないからな。

 私は彼の手を握る。そこには確かなぬくもりがあった。今まで自分が散々欲したぬくもり。私にはもらう権利がないとあきらめたぬくもり。

「仕方がないからもう言わない」

「わかった。それじゃあ、帰ろう」

「うん」


 神様。今更かもしれませんが、私にも幸せが少し欲しくなりました。

 私は彼の手を強く握りしめたまま、透き通るような青色の空の下、町へと帰った。


 鮮やかに彩られた景色を眺めながら――。


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