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1.スリー・コミッション(4)


「さて、と飛んでもらおうか。パイロットさん」

 相変わらずの無表情で、恐ろしい雰囲気を纏う男は淡々と命令を下した。

「妙なまねをしたらエンジンと機体の主要パーツやコンピューターが完全に使えなくなるからな」

 そういったことには慣れていると、いわんばかりの勢いの良さで放たれたそれに、命と同等の価値をその機体に抱いているソラとしては「わかってる……」とにらみつけるだけで、唯々諾々と“アマツバメ”のコクピットに座るしかなかった。

「ソラ……っ」

 クリエが悲痛な声をあげる。

 いつの間にかそこには、宿屋に踏み込んできた細身のサングラスも合流していた。

 二人の男にクリエはがっちりとガードされていて、アマツバメのコクピットにいるソラは、少年の顔さえも見えない。

「はっ。さすがだな“リゴール”」

「名前で呼ぶな“リスカル”……と言いたいところだが、これから死ぬ人間と、監禁される人間に、名前を知られたところで大差ない、か」

 ざまあみろと言わんばかりの嘲笑を浮かべて、宿屋に来たサングラス――リスカルは少女達を睥睨する。

 なんとなく小物臭を感じさせるリスカルとは対照的に、リゴールと呼ばれた、豊かな体躯を誇る男は、皮肉を交えている間も眉一つ動かさず、的確にこちらの挙動を観察してきていた。

 一分の隙もないとはこのことで、機体を取り返せば眼があるか、最悪パーツを破損させてでも――と思っていた心境は見事に裏切られた。

 メインコンピューターは、これまで飛行して、取得してきた全てのデータが詰まっている中枢だ。

 真っ白な状態から飛ぶごとに、本人の癖を吸収し成長していく最新のシステムのそれは、その複雑さ故に破壊されたときの完全復旧は困難で、全ての機能を複合的に扱うため、かなりデリケートな構造となっている。

 そのために、一部が破壊されたときでも全体に問題が波及する可能性が高い。

 最悪、一カ所の破損が全損となる可能性となる。

 高性能だからこその弊害だった。

「よし……と。じゃあ俺が合図したら一人で飛び立つんだぞ?」

「……っ!」

 リゴールの巌のような顔が、ぐいとソラに近づけられる。

 そのままサングラス越しに冷ややかな瞳で、操縦席に乗り込んだソラをねめつけるように見つめて、先ほどと同じように口の端をゆがめる奇妙な笑いを浮かべた。

「そしたらどことなりとでも行けばいい。といっても……最終地点は天国だがな」

 くく、と後ろからリスカルが押さえきれないように笑い声を上げた。

「あんたら……っ!」

 悔しさで頭がどうにかなりそうだった。

 自分の夢を叶える翼を棺桶にして、閉じこめようとするなど――それは翼飛機乗りにとって大きな屈辱だった。

 自分のミスで死ぬのならばむしろ最適な死に場所である。だが、それが他人の手によってもたらされるのであれば、それは最悪の場所だ。

 だが、それでも――空の上で死ねるのならば。

 感情が飽和して、今にも殴りかかってしまいそうになる悔しさを、押さえるために浮かべた思考は、惨めさを加速するだけで、涙がにじみそうになる目端を振り払うように、ソラはぐっと足下を見つめた。

「それじゃあ――」

 リゴールの口の端から笑みが消える。最終通告を出そうとその口を動かそうとして――

「少し待ってくれよ」

「なにっ!?」

「え!?」

 合ってはならない制止の声が聞こえた。

「誰だ!」

 リスカルが焦ったような声を上げる。

「ザン・アキヅキ。あんたたちより――強い男さ」

 ざっ、と地を踏みしめる音と共に現れた男――ザンと名乗るは――そういって、ひょうひょうとした笑みを浮かべた。

 背の高い男だった。丈夫な革製の黒いジャンパーに身を包み、蒼いGパンのようなズボンをはいている。

 眼にかからないほどのばされた、漆黒の前髪が、そよそよと風に揺れ、静かにその眼光を遮っていた。

 それでもなお、隠しきれずに感じる何か得体の知れ無さは、ザンが携えた棒状の物体にあるのかもしれなかった。

「“ワトウ”だと――?」

 リゴールの口からうめき声のような声が漏れた。

“ワトウ”。放たれたその言葉には明らかな畏怖とおそれがつきまとっていた。

 それはリゴールと呼ばれる男が最初に見せた感情だった。それだけそれに脅威を感じているのか――

 明らかにこの場の空気が代わり始めていた。

「ワトウ――倭刀、か。本当の名前は“日本刀”と言うのだが」

 少し不満そうにザンはうんちくを流し、刀の柄をそっと撫でた。

 そこには使い慣れた武器に対する、深い信頼があった。

「さて、お嬢さんお坊ちゃん」

「え?」

「ふぇ?」

 その言葉が自分たちに向けられた物だと――クリエとソラは、理解するのに数秒を要した。

 この場にまったくそぐわない気楽な口調だった。

「こいつらよりも俺の方が腕が立つぜ。どうだい? 俺を雇わないか?」


「――はぁ?」

 ソラは、まるで目の前の男が何を言っているのか分からずに、つい自分の置かれている状態も忘れ、間抜けな声を発してしまった。

「お嬢ちゃんはここの人じゃないだろう?」

「え? そ、それはそうだけど……」

 まったく初対面の人に個人情報をも当てられて、なんだか呆然とした気分を取り戻せず、男のペースに乗せられて言葉が交わされる。

「そこの坊ちゃんもだ。二人ともここの気候に住んでる割には肌が白すぎる」

 さんさんと照りつける太陽はそこに住む人たちに、等しく刻印をつける。

 こんがりと焼けた小麦色の肌。確かに二人の白い肌はそれには即していなかった。

「そして、坊ちゃんの方のその服、まったく使い込まれてない上にここの生活には則さない。こら明らかに別の星から来た人だ。それでいてその服の高級な生地――」

 機関銃のようにはき出される、身勝手なようで本質を突いている推測の個人情報。もはや完全に立場を忘れて呆然としているソラに、ザンはとどめといわんばかりに、にやりと不敵に笑い――

「さらにそいつらのカタギを振り切ったような面と雰囲気」

 あまりの出来事に、呆然としているスーツ二人に指をさしてから、きっ、とソラとクリエを交互に見つめた。

どきり、ともしかして助かるんじゃないか――と淡い妄想がわいてくる。

「こいつは完璧に――」

 自身満面の顔で男は人差し指を掲げ――

「あんたら金持ちだろ!」

 びしり、と指でソラとクリエを指さし、傲然と言い放った。

「は―――?」

 今度こそ完全に凍り付く場。

「なんてったってそんなレアものの翼飛機ウィングなんて持ってるくらいだ。あんたらは金持ちの姉弟で、こいつらはボディガードってことだろう? 残念ながら、あまりいい腕ではないようだけどさ」

 しかし男はそれに気づかずに、満面の笑みを崩すことなく言葉を続けていく。

「だからさ。そいつらをクビにして――ま、一緒でもいいけど――俺を別の星に連れて行ってくれるなら、特別サービスでガード料をタダにしてやってもいい。そのスーツの奴らより断然お得だぜ?」

 得意満面の笑みで、ザンはそう締めくくった。

「…………」

 あまりのズレ方にしばし、場に沈黙が満ちる。

「あ、あれ……?」

 その妙な沈黙に、ようやく自分の行っていることがおかしいと気がついたのか――男は困ったように頭をかいて、

「何か俺……違った?」

 おそるおそるそう言った。

「おいおいおいおい。お兄ちゃんよぉ。ずいぶんふざけたこと言ってくれてるなあ!」

 弛緩してどこかにとんでいきそうな空気を、鼓膜が痺れるような大喝が、再び修復した。

 リスカルと呼ばれた男の声だった。

 細身の身体にみなぎるような殺気を乗せて、ポケットに手を突っ込んだままザンに近づいていく。

「てめえが何者かなんぞどうでもいいが……そんな時代遅れのブツもって歩いてるような奴が何粋がってんだ?」

「む……」

 ザンと名乗る男の目がすっと細まった。

 それは自分の心にある大切なものを侮辱された怒りだ――と、同じ状況にあるソラは理解した。

「そんなものでよぉ。銃弾は切れねえだろ? なあ、カミカゼサムライ――!!」

 瞬間、リスカルはポケットから手を引き出す。

 引き出された手には何かが握られていた。

「銃!?」

 リスカルの手に握られていたものを見てソラは絶叫を上げる。

 黒光りのする、19世紀よりまったくと言っていいほど形の変わっていない、“最良の兵器”として名高いそれは、技術革新によりさらに故障の確率を減らし、反動すらも軽減することに成功した。

“映画の中の銃”とCMで銘打たれるロルド社の“HS・16《ハリウッドスター・シックスティ》を、喜悦の表情を浮かべて握りしめるリスカルに――

「やめろリスカル! 死ぬぞ!」

 半ば恐慌といった風な口調で黙りこくっていたリゴールが制止の声を上げるが――

「俺の魂を侮辱した報復、たっぷりと楽しめよ」

 眼がおかしくなったと思った。

 目にゴミが入ったのだ、とクリエは思った。

 美しい銀色の糸が、ぴっ、とノイズのように空間を走った。

 それはまさしく刹那の時間の出来事で。

「な――!」

 息をのむリゴールとソラの声を聞くまで、何かが今起きているのだということすらも分からなかったのだ。

「峰打ちだ。てめえは刀の錆にする価値すらない。あばらが折れるのは痛いだろう? 地獄の近くで、せいぜい苦しむといいさ」


「ご、ええええええええっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」

 ちん、という鈴の音のような音。同時に醜い、男の絶叫が響きわたった。

「な、何いまの……刀の動きが捕らえられない……」

 遙か遠くを飛翔する翼飛機を捕らえるソラの動体視力ですらそれは早すぎると感じる物だった。

 まさしく神業。まさしく迅雷の所行。

「ちぃっ!」

 その技を目にとめた瞬間、リゴールは脇目もふらずに走り出していた。

 ザン・アキヅキという男から逃げるように。

「冗談じゃねえ……っ! なんでこんな辺境の地に“雷華流”の奴が……」

 先ほどまでこの日光であせ一つかかなかった余裕の顔つきがすっかりと消え去って、表情には恐怖がこびりついていた。

「正解だったようだな……ッ。まさか使うことになるとは思わなかったが“アレ”を持ってきて……っ」

 巨躯に似合わぬスピードでリゴールは疾走し、目的の場所へ到達する。

「雷華の奴らを相手にするんだ……半端な方法じゃいかねえよなあ!」

 そこには何も変哲のない草原が広がっているかに見えたが、リゴールがそう吼えながら何もない虚空に手を伸ばしたとき、景色の一部が妙な形にたわんだ。

 それは草原の擬態防護シートであった。

 その中にはさらにシェルに守られた魚のような機械が入っている。

 翼飛機――空を舞う、人の翼であった。

 乗り込み、計器類を手早くチェックし、リゴールは操縦桿を握ったままエンジンを始動させた。

《エンジン・オールグリーン。テイクオフ・フリー》

 意味の通るようで意味の通らない英語――リゴールが好きなコメディアンを真似し、学習したそのAIは、いつものように使い込まれた往年の感触をリゴールに与える。

 古巣に帰って一服したような安息をと心強さをかみしめながら、リゴールはどう猛な笑みを浮かべた。

「いくぜ……!」

 余裕の一切合切をはぎ取られたときに浮かぶ本性の――残忍な色彩が、その表情に張り付いていた。

「テイクオフ!」

 操縦桿を後ろに倒すと、滑走もなく翼飛機はいきなり空へと疾走を始めた。鳥の飛翔原理から魚の泳法までをことごとく応用した最強の移動効率アルゴリズムが可能にする、物理法則を無視したかのような動き。

 科学的なGをその身に耐えながら、リゴールは機体の下部にあるスイッチをいれた。

《コンバットモード。オールグリーン》

 その不吉な言葉と共に機体下部の側方が開き、そこにミサイルがセットされる。

さらに真下に位置する場所にも穴が開き、目の前のガラスに、四角形をいくつも重ねたような照準が現れた。

「機体下部の焼夷弾、下部側のミサイルも異常なし……」

 まるで牙を研ぎ澄ますかのように不適な言葉を描くリゴールは、少年を移送しているときの飛翔とは比べものにならない手際の良さでなめらかに機体を操作する。

「いくぜえええええっ!」

 鋼の牙を振りかざし、黒い翼飛機は、まるでオオワシのように中空を飛翔した。






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