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1.スリー・コミッション(2)

友人に「一話が長すぎる」と諭されたので分割形式にすることになりました。




 暗闇の中、手を伸ばすと、体中が何かに包まれていることが分かった。

 少し蒸し暑くて、全身に霧吹きで水をかけられたかのような違和感があった。

 その違和感が知りたくて目を開けようとする。

 ぼんやりとした視界が徐々に明確さを取り戻し、木張りの天井がしっかりと見えるようになって――身体にのしかかっているものが布団だと理解する。

「あの……っっ!?」

 誰かいないか確認しようと声を上げかけてしまうが、自分の置かれた状況を思い出し、とっさに声を抑える。

 自分のうかつさに罵声を上げたくなるのをこらえて、とにかく落ち着こうと、深く息を吸った。

「起きた?」

「うわあっ!?」

 そんな不安な状況でにゅっと視界に人影が飛び込んできたものだから、心臓が停止するような驚きが叫び声に変わって爆発した。

「なっ!? ここはっ!? あ、うっ!?」

 とにかく状況を知ろうとして言葉を発想と努力してみるが混乱した頭では、ろれつがいっこうに回らない。

 噛み噛みで意味の通らない音を垂れ流しながら自分のうかつさを呪う。

「落ち着いて落ち着いて。これが君を襲う人間の顔ですかっての。せっかく助けてあげたのに傷つくなあ」

 そんな、破裂しそうなほどの鼓動を刻む心臓も、冷静に考えることができるほど眠気が収まってくると少し落ち着いてきて、かけられた言葉の意味を冷静に考えることが出来た。

 そっと、自分をのぞき込んでくる顔を見つめてみる。

 憮然と唇をとがらせる、髪の短いボーイッシュな顔立ちの女性がそこにはいた。

 その顔に、声と共に空中へと放り出された記憶が思い起こされて、ぶるりと身体が震えた。

 恐ろしいほどの浮遊感と衝撃が続いて、いつの間にか意識を失っていた自分を確認し、胸中になんともいえない恥ずかしさが巻き起こる。

「……ふう。それで、身体に異常はない? 眼とか耳とか――そこらへんがよくダメになるんだ。高いところにいると」

「あ、いえ……」

 身体を確認して、どこにも違和感がないことを認識する。

 眼はきちんと違和感なく目の前に立つ女性を確認できているし、耳は不自由なく音を拾っている。

 その言葉を聞いた後、女性は納得の表情を作ってからふんふんと頷いた。

「そっか。異常はないんだね。それじゃあ、私いくから」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 手を振り、あっさりと出て行こうとする女性を少年は慌てて呼び止めた。

「ん? 何?」

「ここ、何処なんですか?」

 見覚えの全くない場所である。その情報くらいは仕入れておきたかった。

「君が落ちたところのすぐ近くにある町の端っこの宿屋。酒場と兼業してる」

 さらりと答えられたその内容に、自分が大きく迷惑をかけてしまったことを知る。

「その……ありがとうございます」

「いいよ別に。そういう決まりだから」

「決まり?」

「君を助けたあの空を飛ぶ機械――翼飛機ウィングっていうんだけど――を操るのに必要な免許はいくつか決まりがあるの。その一つが人命救助よ。絶対にやらなければならない義務で、それがばれたら厳重注意なの。それに――」

 そこで女性は照れくさそうに眼を少しそらして、

「空の上で人が死んで欲しくなかったから。私の夢の場所で」

 はっきりと――声は控えめにそう言った。

「空……ソラ。ソラさん?」

「ん、私の名前……そっか。通信を聞いたのね」

「いい、名前ですね……」

「名前にイイも悪いも無いでしょうに」

 不意を打たれたと虚を突かれた表情で、女性は口をとがらせて快活に笑う。

「それはその人にとって唯一無二なもの。それ以上でもそれ以下でもない。ねえ“トロン”くん?」

「あ……それ、違います」

「え?」

 肩すかしをくらったかのように女性は問いを発する。

「それ、僕の名前じゃないです」

「じゃあそれ――」

 そう聞きかけて、ふとソラは口ごもる。少年は誰かに追われていた。そう呼ばれていたわけがその理由に関わっている可能性がある。

(面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だなあ。レースが控えてるんだから……)

 胸中でそう打算して、ソラは強引に話題を転換した。

「君の名前はなんていうの?」

「母には、“クリエ”と呼ばれていました」

「母、には……ね」

 うつむいて深刻そうな顔をする少年――クリエにさらなる面倒ごとの予感を感じつつ、その言葉をオウム返しにつぶやいた。

 改めてソラは少年――クリエと名乗った――を注視する。

 細い……か弱ささえ感じさせる体つきである。

 クリーム色に近い、淡い色彩の金髪。女の子のように音程の高い声と相まって、その容貌は少女と言っても通用するかもしれないくらいだった。

 そのあまりな容姿に、男娼に売られたたぐいか――と下世話な想像をして見るも、どうも身売りをされりほどの育ちの悪さを感じない。

 母親との思い出を話すあたり、どうもお金に困っている様子もなく――敬語をきちんと使っているあたりからもそれが伺える。

「母親……ね」

 そういえば……“母”――聞き慣れない言葉――言い慣れない言葉だ。

「あの……ソラさん」

 そうつらつらと、目の前の奇異な生物を観察していると、つい会話が止まってしまったらしく、不安そうな声でクリエがこちらの眼を見つめてきた。

「ソラでいいよ。なんか……くすぐったいな」

「じゃあ。ソラ。なんで……その、あんなに凄い操縦ができるんですか? 普通のパイロットじゃないなあ、って」

「ん……と、クリエはウィングレース、って知ってる?」

「ええ。一応は……あなたはその選手なんですか!?」

 ウィングレース。それは車がF1という競争手段に進化していったように、移動速度と普及率を目的とした翼飛機ウィングが必然にたどり着いた場所だった。

 それは、翼飛機を並べ、どの機体がどのパイロットが一番早いかを競い合う、単純な競技である。

 ただでさえ相当なスピードの出る翼飛機をさらに改造し、極限まで速さにこだわった人間達が0.0コンマを競い合う別次元の戦い――

 あくなき探究心と単純なプライドと――そして勝負の熱。落ち着きを見せ始める開拓済みの星において、再び退屈が支配を始めたとき、必然的に求められる熱狂が形を得たそれは、娯楽として惑星間を越えた人気のスポーツとなっている。

 その競技の最終地点として、四年に一度に開催される全星系を巻き込んで開催される大会があった。

その名はグランドトーナメントと言う。

 それに優勝した者は、世界の全てを飛ぶ翼が手に入る。

 金と名声と――そして伝説だ。それはまるで翼のように、世間という逆風を切り裂く力であった。

「そう。これからグランドトーナメントの予選に出るところだった。その最終調整のためにこの星にいたの」

「そ、そうだったんですか……」

 純粋に感心したようにベッドの上でかぶりを振る少年を見つめ、面倒ごとに巻き込まれた嫌感情よりも、なぜか弟を見るようなほほえましい感覚がソラの胸にわき起こった。

「本当にすみませんでした……とんでもないとことにかかわらせてしまって……」

「いいよいいよ。私は翼飛機乗りの勤めを果たしただけだから」

「そうですね。翼飛機法の――」

「それもあるけど、それ以上に私達は誇りを持ってるんだ。早く飛べることを。それで助けられる命があるなら絶対に助ける。それが私達の“空駆けるものの誇り(スカイヤー・スピリッツ)”だから」

「スカイヤー・スピリッツ……」

 誇らしげにそう言って強い視線を向けてくるソラに、クリエはその言葉を繰り返した。

 それは彼女にぴったりの言葉だと思った。

「じゃあソラ……ありがとう。死ぬところだった」

 だから、それを表す言葉は謝ることでないと思い、クリエは笑顔でそう言い換えた。

「うん。生きてて良かったよ。それじゃ……」

 その対応に満足そうな微笑を浮かべ、ソラは後ろを向く。

 それをクリエは名残惜しそうに見送って――

 ――終わるはずだったのに。

「おい、女将。ここに餓鬼をつれた翼飛機のパイロットが泊まってるって聞いたんだが」

 どばん、という音と共に、階下に無造作な足音があがりこんできて――

 ぜえぜえと息を切らした呼吸と共に、何か、どこかで聞いたような声がする。

 せっぱ詰まったように息を切らして、殺気を含んだ野太い声。

「あ…………っ」

 クリエの顔がさっと曇った。

「ええ、いますが――いったい何の……ってちょっと!?」

「邪魔するぞッ!」

 怯えたような女将を一喝して、誰かがドカドカと木造の階段を踏み壊すようにここへあがってくる。

「ちょっ……と!?」

 ソラが身を翻す暇さえなく。

 ――だん、とこの部屋の扉が開かれた。

「見つけたぞ“トロン”……ッ!」


 開け放たれた扉の先には、

 サングラスをかけてスーツを着こんだ男が、息を切らせながら立っていた。




「くっ……」

「逃がすかよッ!」

 その事態に、クリエは素早く身を翻して逃げようとするが、男の動きは訓練された者のそれで、迅速かつ的確だった。

 ベッドまでの距離を一直線に綺麗なフォームを描いて、あたふたと逃げようとするクリエにすかさず肉薄する。

「うわっ!?」

 一方の捕らえられる側――クリエは、その容姿に違わずまるで素人の動きで、驚愕さえもまだその表情から振り払うことが出来ていなかった。

 まさに刹那の時間。

「ぐわーっ! はなせぇ!」

 捕縛完了であった。

「え、あ、え……」

 ぽかんと惚けた表情で、まったく状況について行けてないできていないソラは、とりあえず事態の緊急度合いは第六感の部分で感じていた物の、自分の立ち位置を決めあぐねていた。

 少年に加勢するべきか。はたまた関係ないよとばかりに逃げるべきか――

「貴様……」

「ふぇ?」

 見捨てて逃げたらなんか印象悪いよね――と空転堂々巡りをする思考を、男の幽鬼じみた声が現実へと引き戻す。

「見たよな」

 ゆらりと、男がこちらを見た。

 痩せた男だった。といっても貧相なというわけではない。無駄がない身体と言おうか、まるで柳の木のように柔軟性のある体つきだった。

「ちょっと……」

 サングラス越しにでも明らかに分かる危険な眼光を、きっちりと両の眼に向けられ、手を前に突き出して降参のポーズを取るソラだったが、

「しかも通信まで聞いたな。極秘事項中の極秘事項だ。ったくよぉ。これ給料に関わってくるわけなんだよ……わかるかな? お嬢ちゃん」

「きゅ、給料……?」

 何かアウトローな空気を発散する男の雰囲気に、一番そぐわない言葉のような気がしたが、それさえも地雷だったらしく。

「だあしまった!? 完全なミスだッ!?」

 男は目を見開いて絶叫した。

「私のせいじゃないよねぇ!?」

 さらに険悪さを増す男の視線が、危険な輝きをぎらぎらと帯び始めるのを見て、やけくそといわんばかりにつっこみを返すソラ。

「……貴様も連れて行くッ!」

「え? ええーーーっ!?」

 男の脳内でいったいどういう計算が働いたのか、拉致が選択肢にあがる時点でどうしようもない計算だったのが、理解できるだけに恐ろしい。

「な、なんで私が――」

「くっ、うっ……聞いて見た。かなり致命的なんだよ!」

 シーツを引きちぎり、クリエの両手両足を手慣れた手つきで拘束してから、男がユラリと立ち上がり、手をのばした。

「来い……少しでも長生きしたかったらな!」

「そ、そんな……私は“レース”にでなきゃいけないのよ!?」

「知るか! っていうか、もしてめえが有名人になったら、さらに取り返しが付かないだろうが!」

 スーツ姿に似合わない粗雑な言葉遣いをしながら、男はソラへと一歩一歩近づいていく。

「というわけだ……おとなしくしやがれ!」

 ずい、と強面の顔を近づけ、捕縛しようと――

「おとなしく……できるわけないでしょうがっ!」

 のばされる手を素早く避けて、ソラは地面に倒れるクリエへと駆け寄った。

「……っぐ。部品よりは重くない」

 そしてなんと、クリエをまるで荷物のように抱え上げた。

「なっ!?」

 その離れ業に驚く男は、プロにあるまじき隙を作ってしまう。

「また、落ちるからね!」

「ふぇ? ふわわあああああああああっ!?」

 その隙を縫うようにソラは、窓からしっかりと抱えられた少年と共に飛び降りた。

 野菜を売っているテントの上に見事着地する。

 だが、いかに女性と子供の体重であれ、二人分は受け止められなかったらしく、テントは四方の軸が歪み、倒壊を始めた。

 突然の落下物に、そのテントの主である物売りが、仰天した拍子に、店の枠組みが完全に崩れ、テントが倒壊する。

 轟音と主人の悲鳴が響き渡り、何事かと行き交う人々のたくさんの目線が集中してくる中、クリエの絶叫が始まりの合図を告げるかのように響き渡ったも一瞬。

「く、くそっ!」

 間抜けな声を上げながら、スーツ男が窓より見下ろしてくるが、もうそのころソラとクリエは、宿からかなり離れた位置を走っていた。

 その様子を苦々しげに見つめ――男はスーツのポケットからおもむろに携帯電話を取り出した。

 流れるような指裁きで番号をプッシュして、どこかへ電話を賭ける。

 呼び出しの間が少しあり――

「――すまん。逃した」

 男は忌々しげに口火を切った。

「ああ、ああ。……頼む。いや、それはすまないと思っている。だからクビだけは……ああ、分かっている」

 ソラ達と相対するときとはうってかわって神妙な様子で、電話の向こう側に強い調子で男は話しかける。

「借りは、必ず返す……ッ!」

 そのサングラスの奧で、鈍く殺意が輝いた。






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