第七話
数十分後。
「あークソ、イライラする。」
イザベルとヒガンの姿はテラスにあった。
ヒガンは今、ローズに対しての不満を言い終えたところだった。
「で、何でケンカの仲裁をしてまで、オレをここまで連れて来たんだ、イザベルのお嬢さんよ。」
「別に意味はないわ。実践よ、実践。実践のステップ2よ♪」
「…んあ?」
それは嘘であった。
ヒガンを連れ出したのには、意味があった。
珍しく、イザベルが二人のいざこざを止めたのには、意味があった。
彼女は、今回は絶対に、ヒガンを相手に実践をしたかったのだ。
ハナビがヒガンのことを好きだとすれば。
好きの意味が違っていたとしても。
ハナビは『ご飯を食べる』『遊ぶ』といったことを、ヒガン相手に実践しているハズだ。
つまり、ヒガンはそれらの行為を受けることに慣れている。
相手が慣れているのなら、自分もやりやすい。
イザベルがヒガンを、実践相手として連れ出した理由はそこにあった。
「つーか、さっきから持ってるその皿。そりゃ一体何だ?」
「ふふ…。」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、イザベルは皿をテーブルに置いた。
「じゃーん!クッキーよ一緒に食べましょ。」
「…え。」
「すっごく美味しいんだから♪」
「いや…オレ甘いの無理。」
え。
「…嘘でしょ?」
「ほんと。」
「妾、そんなの初耳よ?」
「さいでっか。」
「いやいやいや、『さいでっか』じゃなくて。」
盲点だったわ…!
盲点過ぎたわ!
「あ、ブリオッシュは好きだぜ。ハナビとよく食うし。」
今そんなのどーだっていいのよ!
けどそうよね…誰だって嫌いな食べ物くらいあるわよね……。
ハリソン様も嫌いな食べ物とかあるのかしら。
だとしたら…。
「んま、せっかくイザベルのお嬢さんが持ってきてくれたんだ。一枚くらい食うぜ。」
ひょい、と、一枚のクッキーを、ヒガンは口に運んだ。
「……甘。やっぱ苦手だわ。誰だよ、こんな甘ったるさ抜群のんつくったの。調理場のババアか?」
「ん?ローズだけど?」
ぴし。
ヒガンの顔が固まる。
「…嫌がらせかい、お嬢さん?オレとローズが仲悪いの知っててこういうことするって、嫌がらせかい?」
「あ……そこまで考えてなかったわ。」
それも一つの盲点だったわ。
中々上手くいかないモノね…。
いや、
でも、
妾にはまだ、
『遊ぶ』ことが残っている…!
「ヒガン!」
バシッと、イザベルは、手をテーブルにつく。
座っていた椅子から、彼女は立ち上がった。
「かけっこしましょ!」
「は?」
そして言葉通りに、走った。
庭園の中を、走った。
「ほら、妾を捕まえてごらんなさいな♪」
教科書通りの、定番の台詞を交えながら。
「な、意味わかんねぇ…。」
ぼやきながらも、ヒガンは女王の戯れに付き合った。
「おらおら待てこらぁ!」
口は悪くても、ヒガンの顔は笑っていた。
嫌いな人物がつくったクッキーを食べさせられても。
突然走ることを強要されても。
ハナビ慣れしている男は、本気では怒らなかった。
「ほらほら、こっちに来なさ~い♪」
「おらおらおら!」
「うふふふふ♪」
「おらおらお…。」
だが。
「……。」
「ヒガン?」
気持ちは許せても。
嫌いなモノを食べた後に、急に走った体の方は、
「おぇ…。」
耐えられなかった。
三十路近い体の方は、耐えられなかった。
「おぇぼろろろろろろろろろ…!」
「きぃやぁあああああああああああああああああ!?」
美しい庭園と、男の髭は、彼の吐瀉物にまみれた。