第六話
翌日。
イザベルの自室。
「う~ん……。」
昨日の作戦は、ハリソン様相手にはできそうにないわ。
妾に大人の女性なんてモノは、少し早すぎたようね。
とにもかくにも、よ。
次の作戦よ、次の作戦。
でも、
「どうしたらいいのかしら…。」
まぁ考えたって仕方がないわ。
だってわからないんだもん。
それよりも…。
ローズのクッキー美味しかったわ…。
彼はお菓子職人になるべきよ、うん。
あれだったら毎日食べても飽きないわ。
あんまりにも美味しかったから、今日も焼いて部屋に持ってきてって頼んじゃったわ。
「そろそろ来る頃だけど。」
コンコン。
「言ってるそばからって奴ね。今開けるわ。」
コンコンコン。
コンコココンコンココン。
「ちょ、そんなに焦らせないでよ。」
ローズにしてはやけに急かしてくるわねぇ…。
多分、このノックの仕方はローズじゃなくて…。
「もう…。」
イザベルは多少の苛立ちを孕んだ表情でドアを開けた。
だが、イザベルの予想通り、彼女の視界に、ローズの姿が映ることはなかった。
何度も何度もノックをしたのは彼ではなく、
「イザベルのお姉ちゃん、クッキーと紅茶を持ってきたよ★」
ハナビだった。
「…やっぱりアンタね。ローズは?」
「ローズのお兄ちゃんはお取込みチューだよ。」
「何で?」
「兄ちゃんと喧嘩してる。」
ハナビがただ、『兄』の単語だけを使い慕う人間は、ヒガンだけしかいない。
ヒガンとローズの関係は、犬猿の仲といって差し支えないモノであった。
それを知っているイザベルは微量の溜め息を漏らした。
「そう…。ってかアンタ、いつもノックし過ぎよ。落ち着きがないったらありゃしな…。」
ピコーン。
イザベルの中で、また何かが閃く。
「…そうだわ。」
「?」
そうよ。
大人の女が落ち着いているのならば。
子どもの女は落ち着いていない。
ハナビがひっきりなしにノックをするのは、ハナビが子どもだから。
つまり、前のユリと違って、ハナビは真逆の存在…。
ハナビと一緒に作戦を考えるってのはどうかしら。
妾ナイスアイディア♪
そうと決まれば…。
「ハナビ、中にいらっしゃい♪作戦を考えましょ♪」
「へ?」
イザベルはハナビを、部屋の中に引きずり込む。
「およよよ?」
「実はかくかくしかじか…。」
イザベルはクッキーをかじりながら、ことの顛末を説明した。
「……と、いうわけなのよ。むしゃむしゃ。」
「へえ~そうなんだー。」
「……。」
反応薄いわね。
よく考えたら、子どものハナビは妾より人生経験が短いわけであって。
まず好きな人できたことあるのかしら?
それか好きな人今いるのかしら??
「は、ハナビは好きな人いたりする?」
「いるよ!」
お!
まさかの!
やっぱり妾のアイディアに間違いはなかっ…。
「兄ちゃんが好き!」
「だっは!」
イザベルは絵に描いたようにこけてみせた。
「そうよね、言うと思ったわ。」
……好きという意味がこの場合少し違う気もするけど。
いないより、いる人から話を聞いた方が良いわよね。
「ハナビはどんな作戦が良いと思う?」
「うんとね~。」
ハナビは少し考えると、とても子どもらしい発言をした。
「一緒に美味しいモノ食べて、一緒に遊ぶ!」
「…は?」
「兄ちゃんとご飯食べて、いっぱい遊んだら、あたし嬉しいもん★」
いや、今そんな話してるんじゃないんですけど。
……けどよくよく考えたら。
これってデートの基本よね。
ご飯食べて遊ぶって。
子どもの方がやっぱりわかってるのかも。
ユリの作戦が駄目だったことを考えると、真逆のハナビの作戦は…。
成功する!
そうと決まれば…。
「実践あるのみね!行くわよぉぉぉおおお!!」
イザベルは残っていたクッキーを皿ごと持つと、部屋を跳び出していった。
「ほ?おょょよ…。」
その粉塵が舞う如き勢いは、小さなハナビを吹っ飛ばした。
紅茶が入ったポットと一緒に。
ポットが、宙を舞う。
ハナビの頭上を、舞う
「お?」
ハナビの思考がまとまる前に、
「ぶべ!」
彼女は紅茶まみれになった。
床がカーペットでなければ、ポットが割れ、ケガをしていたことだろう。
それが不幸中の幸いか。
だが、不幸にはかわりない。
紅茶の熱さ。
汚れた服。
「ふ、ぇ…。」
それは明らかな、不幸だ。
「ふぇえええん兄ちゃぁあぁぁぁぁあああん!!」
少女は一人、女王の部屋で兄を呼んだ。