第四話
定例会議が終わり、数日が経ったある日。
イザベルは自室で悩んでいた。
「う~ん…。」
ヒガンが言ってた通り、全然個人的にお喋りできなかったわ。
ハリソン様ったら…妾のこともうちょっと見てくれてもいいじゃない。
結局ドレスのことも何も言ってくれなかったし。
どうすればもっとお近づきになれるのかしら??
次に会った時もこんな調子じゃ…進展がなさすぎる!
どうにかしないと。
そのためにも作戦よ作戦!
次に会う時までに色々考えとかないと!
作戦を立てないことには、恋愛は上手くいかないわ!!
……けど恋愛経験がないのよね、妾は。
何をどうしたらいいかさっぱりだわ。
どうしましょ…。
「ぬぅぅ…。」
頭を抱える彼女の耳朶を打ったのは、ドアのノック音だった。
「お嬢様、昼食をお持ちいたしました。」
声の主はユリだった。
「……そうだわ!」
ピコーン。
イザベルは何かを閃く。
希望に満ちた顔で、イザベルはドアを激しく開けた。
「ユリ!妾と一緒に作戦考えて!」
「…はい?」
イザベルはユリの背中を押し、中に入れる。
戸を閉める勢いは、先程よりも速かった。
「な、何ですかいきなり?」
「実はかくかくしかじか…。」
恋する少女は、昼食を摂りながら事情を説明した。
「……ってことなのよ。もぐもぐ。」
「なるほど。お気持ちはよくわかりました。ですが何故アタシに相談を?」
「それはやっぱり人生経験が長いからよ♪」
そう言われても、自分はまだ二十代なんだが。
そう思う気持ちを、ユリは腹に飲み込んだ。
彼女は困惑顔で、髪をいじった。
しなやかにポニーテールが揺れる様は、ユリがイザベルより大人の女であることを体現していた。
「…まぁ頼まれたからには何かお力添えしたいですけど。」
「ホント!?」
「ですが……どうしたらいいですかねぇ…。」
ピコーン。
「あ。」
ユリはすぐに閃いた。
「『大人の女』感を出して接するようにするのはどうでしょう?」
それはユリらしい意見だった。
「えー、でも前みたいにセクシーな感じは妾には無理、」
「いいえ、違いますよ、お嬢様。」
ユリは右手の人差し指を掲げた。
「前とは違い、『落ち着いてて気が利く大人の女性』を演じてみるのです。」
「は、はぁ。」
イザベルは大人しくなると、ユリの話に耳を傾けた。
「男性というのは知らず知らずの内に母性を求める生き物なのです。特に、恋人には。では、母性とは何か。それは『自分を守ってくれる優しさ』なのです。」
「な、な、なるほど。」
「慌てている人やテキトーな人にその優しさはありません。つまり、その逆。『落ち着いている』『気が利く』人が、母性を持ってて、モテる女なわけです。……と、アタシは思いますわよぅ。なので、」
ユリが指を下ろすと、イザベルはそれを待っていたかのように、一人盛り上がった。
「なるほどなるほど…ふふふ、おーほほほほほほほほ!!」
「お嬢様?」
だぁーん、と音を立ててイザベルはテーブルにのる。
その姿は一国の主というよりも、ただの興奮した幼き少女にしか見えなかった。
「『落ち着き』『気が利く』……この二大ポイントさえ守れば妾はモテモテ、ひいてはハリソン様を落とせるわけね…。」
「ま、まぁ、落とせるかどうかはわかりかねますが。……っていうか、はしたないですわよぅ。」
「そうとわかれば実践あるのみね…よぉぉおおし!」
そして、今日一番の力を込めてドアを開けると、イザベルは部屋から跳び出していってしまった。
残されたのは開け放たれたままのドア。
微妙に残った昼食。
テーブルの上の足跡。
一人のメイド。
「…あらあら。困ったものね、ウチのお嬢様には。けど実践て…。ハリソン様に次会うのはまだ随分先の話なのに、どうするつもりかしら??」