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イカのおすし短編集

隻童の王~半童貞の物語~

作者: イカのおすし

 雨が降っている。ヒドイ雨だった。


「おいヒデ、しっかりしろ!まだ死ぬな!」


 二人の男が雨に打たれていた。ヒデと呼ばれた人物は瀕死の重症を負っていて、もう、助かる見込みもなかった。


「ハァハァ、ッ!、グハァ!ハァ、マ、マサ、俺の事はいい、早くここから逃げろ。奴等、俺達を殺すつもりだ。ガフ!ゲホ!ゲホ!・・・あの話は、都市伝説じゃなかったんだ。」

 ヒデは血反吐を吐き出しながらも、マサに逃げろと伝えた。もうすぐ奴等が来る。変な噂だと彼らはパソコンの前でひたすらバカにしていた。しかし、あの話は現実だった。事実、ヒデは死に瀕している。


「見つけたぞ!あそこだ!」


 黒服の一人がヒデ達を見つける。彼は仲間達を呼んだ。直ぐに奴等が来る。そして奴も。

 もう時間が無い。ヒデは最後の力を振り絞って、立ち上がる。少しでも時間を稼ぐつもりだ。

 マサを死なせる訳には行かなかった。彼には最近になってやっと彼女が出来たのだ。帰りを待つものがいる。それに、ろくでなしの自分と親友で居てくれたいい奴だ。そんな奴を守って死ねるなら悔いはない。

 そんな事を思いながら、親友を逃がすため、死にかけの体を引きずって、ヒデは死地へと向かおうとする。


「マサ、早く、逃げろ!。ここは俺が食い止める。だからお前だけでも逃げてくれ」


「ま、待てよ!俺も一緒に戦うから、だから・・・」


「オヤオヤ、なかなかに素晴らしい友情じゃないか、君達にしては珍しいね。実に感動的だ」


 口許を歪め、抑揚的な喋りなのに、恐怖しか感じられない喋りをする男が歩いてくる。奴だ、黒服達の親玉が歩いてくる。


「や、奴は!」


「だが無意味だ」


 パァン!

 ヒデの言葉と同時に、一つの銃声が響く。


「え?」


 そう言ったのは、マサだった。突然の事に理解が追い付かなかった。彼は自分の胸元を見る。胸辺りに痛みを感じる。胸元がどんどん赤く染まって行く。ああ、撃たれたの俺か。良かった、ヒデじゃなくて。そのまま彼は前のめりになって倒れた。


「マ、マサ!」


「ん?なんです?アッチじゃないですって?これは失敗しましたね。わかりました、こうしましょう。彼は私たちの捜査に協力してくれた一般人で、こうなることも覚悟の上だったと・・・」


「このやろうがぁ!燃え尽きろ!」


 親友を殺された怒りと悲しみに身を任せ、ヒデは両手から炎をだす。魔法だ。

 それはこの雨の中でも一般人を黒焦げ位には出来る火力だった。

 それでも、その炎は届かない。いや、届きはした。しかし、その炎では黒服達燃やす事は出来なかった。


「おやおや、今日は失敗の多い日です。まさかこんなに元気が残っているとは。まあ、それもこれまでですがね」


 男は銃を構える。マサを撃ったあの銃だ。

 パァン!


「ふう、ようやく終わりましたか。では皆さん、後は死体処理班に任せて行きましょう。今日は私の奢りです」


 そう言って、黒服達は帰っていった。


 後に残されたのは瀕死(・・)の二人だけだった。

 ヒデはマサの元へ這い寄る。手を翳し、自身の魔力をマサに注ぎ込む。

 血は止まり、傷が治る。後はマサの生命力に賭けるだけだった。

 自分のようなウィザード(童貞)、黒服達のようなウォーリアー(非童貞)、両方の狭間に立つことが出来る者。この世でおそらく、マサしかいないであろうその存在に。


 とくん、とくん。


 マサの心臓が鼓動する。マサは息を吹き返した。

 良かった。そう思って、ヒデは目を閉じた。最後に聞いたのは、唯一の親友が叫んだ、自身の名前だった。


 ー一年後ー

「おら、童貞は死ねぇぇ!」 

「得意の魔法でも撃ったらどうだ!」

「おっと!ハハハ、ちゃんと狙えっよっと!」


「ちくしょう。なんで、なんで僕が、僕たちがこんな目に会わなきゃなんねえんだ」


 世界は変わらない。童貞は迫害され、非童貞に駆除される。

 今日も一人の童貞に対し、三人の非童貞がその現実を叩きつける。

 童貞に救いはないのだ。


 否、救いはあった。今日この日にある男が生まれたのだ。


「やめろよ」


 一人の男が立っている。フードを被っているので素顔は見えない。それでも解ることが一つあった。


「そこのお前、早くにげろ。俺がこいつらの相手をしてやる。今度は捕まるなよ」


 男は襲われていた男を逃がす。それを非童貞が許すはずもないのだが。何故か、彼らはその場を動かなかった。いや、動けなかったのだ。


「なんだよ、童貞がまた来たのか。この魔法、物体停止か、なるほど賢者クラスの者だな」


 男は魔法を使っていたのだ。それも、あらゆる物の動きを停める物体停止の魔法を使ってだ。この魔法は研鑽を積んだ童貞(ウィザード)、所謂、賢者と呼ばれる童貞が使う魔法なのだ。


「おい、賢者クラスってやばくねーか?」


「大丈夫だって、此方には三人いるんだ、高々賢者クラスなんて目じゃねーぜ」


 それでも非童貞達は逃げようとはせず、目の前の男を討とうとする。ただの童貞と賢者では、そのレートが違うのだ。危険も大きくなるが、その分実入りも桁違いになる。

 彼らには自信があったのだ。賢者でも所詮は童貞、火力トップクラスの自分達が三人で懸かれば勝てるという自信が。


 三人に掛かっていた魔法の効果が切れる。一人対三人の戦いが始まろうとしている。


「お前らやるぞ、フォーメーション、ビッ○ストリームアタックだ」


 リーダ格の男が指示をだし、三人が攻撃を仕掛ける。一人が前、一人が真ん中、一人が後ろ。一人が目眩ましとなり、二人が死角から攻めるこの技は誰にも破られたことのない技だ。


「ハハハ!死ね!童貞風情が!」


「その命貰った!」


 一人が殴り、一人が蹴りかかり、一人が頭突きを行う。

 しかし、その攻撃は意味をなさなかった。居ないのだ。確かに殴り、蹴り、頭突きをした存在がそこには居ないのだ。


「残像だ」


 三人組の背後からそんな声が聞こえる。男は平然と立っていた。


「ばっ、ばかな、分身魔法まで」


 リーダー格の男が驚く。分身魔法は普通、大賢者クラスの使う魔法だ。しかし、大賢者クラスの童貞はもっと老齢な筈だ。見るにあの男は30代前半、賢者クラスでも早すぎるのに、大賢者クラスとはどういうことなのか。異質過ぎる。目の前の存在がわからない。

 男は手を前に出し、指を二本立てて言った。


「二つ、間違いを正しておこう。一つ、俺は大賢者どころか、賢者クラスですらない。二つ、さっきの残像も、魔法じゃなく縮地法の応用だ」


 男は淡々とそう言った。三人組は驚きを隠せない。

 あり得なかった。あんな魔法を使える存在が只の童貞であるはずがなかった。残像をだす童貞(ウィザード)なんて聴いたことがなかった。


「ばっばかな、そんな話あるか!童貞は魔法が使える変わりに身体能力は一般人並みかそれ以下の筈。そんなお前らが縮地法を応用だって、あり得る訳がない。貴様、非童貞か!童貞か!どっちだ!」


 言うや否や、三人組はもう一度ジェットストリー○アタックを繰り出す。目の前の存在をこのままにしてはいけないと直観が悟ったのだ。


「違う!俺は」


 男は構える。彼らの攻撃は見切った。魔法を使う必要はない。ここは拳で充分だ。

 三人組はにやける。童貞ごときが筋肉美(ハイパーマッソウ)を持つ自分達にかなう筈がないと思ったからだ。

 それが間違いだった。 

 この男は只の童貞でなかった。

 童貞(ウィザード)の持つ魔力と非童貞(ウォーリアー)の持つ身体能力、二つの力を半分ずつ持つ男、マサ。

 彼の親友であるヒデは彼をこう呼んでいた。


「俺は、半童貞(ピンポンダッシュ)だ!」


 三人組の正面の男を踏み台に二番の男を殴りとばす。三番目の男に踵落としを食らわせ、向き直って最初の男に魔力弾を打ち込む。

 その間わずか三秒。

 圧倒的な力で三人組を倒した。


「命までは取らない、俺が望むのはこの世界の変革だ。童貞も非童貞も皆が手を取り合う世界を、俺は望んでいるから」


 半童貞のマサはさんがそう言ってその場を後にした。


 これはいがみ合い、互いに殺し合いを続けていた両者の狭間に立ち、終わることなかった争いに終止符を打った、隻童の王(せきどうのおう)の物語だった。


 半童貞とは、聖なる儀式の際に男側に問題が生じ、儀式を完遂できず、リベンジの機会もないまま、30を迎えた者のこと。

 その様がまるで、家にピンポンしたのに入らず終わるようだったので、ピンポンダッシュとも言われる。

 童貞の魔法と非童貞の身体能力を半分ずつ持つ。故にその存在は酷く不安定である。

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