コテツとハイト04
そして二時間後。
コテツは七本目の煙草を吸い終わると、アッカーマンシステム本社に顔を出した。
受け付けは顔パスで通る。
五十階もあるアッカーマンシステム本社の、その五階にある修練場へと行く。
そこには刃引きされた真剣を振る幾人かの人間がいた。
修練場……そこはアッカーマンシステムが五階の一部屋に作った道場のようなところだった。
「どうも」
靴を脱いで入るコテツに、
「「「「「ナガソネ先生! おはようございます!」」」」」
と修練をしていた幾人かの人間が返事をする。
コテツはこの修練場のカリスマでもあった。
コテツは修練場の隅っこで煙草を吸いながら刃引きされた刀を振るう幾人かの修練者を観察して、それらに口を出しながらゆったりと時間を過ごした。
そうしていると修練に励んでいた一人が、
「ナガソネ先生、一手試合を申し受けてはくれませんか?」
そう言いだした。
コテツは、
「まぁ……いいけど」
少し躊躇う。
修練をしていた人間達は一切合切修練場の端に正座してコテツとコテツに挑もうとする挑戦者に視線を向けた。
コテツはというと煙草を携帯灰皿に捨てて首をコキコキと鳴らして修練場の中心に立ったのだった。
コテツに挑んだ挑戦者は刃引きされた刀を正眼に構えて爆発的膂力を身体に溜めているようだ。
対してコテツは脱力して無手の無構えだ。
修練場の管理者である一人の男が手をかざすと振り下げた。
同時に、
「始め!」
と声を出した。
次の瞬間、挑戦者は正眼から上段に構えを変えてコテツへと斬りかかる。
それは刃引きされているとはいえ凶刃とも言える威力だ。
しかしてコテツは動じなかった。
刃がコテツの頭上に接触するか否かというところでコテツは体を少しずらして文字通り紙一重で避ける。
同時にコテツの手刀が閃くと、それは挑戦者の喉に突き付けられた。
「……っ!」
驚愕する挑戦者。
「一本……だね」
手刀を収めて距離をとるコテツ。
今度は袈裟切りに刀を振り下ろす挑戦者。
しかしてバックステップでコテツはこれを避ける。
そこに袈裟切りをフェイクに突きへと繋げた挑戦者の判断は合理的ではあったろう。
しかしコテツは突きが自身の体に触れた瞬間コマのように回ってこれを避け、そしてそのまま距離を詰めて挑戦者の鳩尾に手刀を触れるように当てた。
「また一本……だね」
手刀を収めて距離をとるコテツ。
今度は、挑戦者は正眼の構えから突きを敢行した。
それはコテツの喉目掛けてくり出され、そして次の瞬間、挑戦者はコテツを見失った。
「こっちだよ」
コテツの声は挑戦者の真横から聞こえた。
「っ!」
驚愕しながらも体を回転させ真横に刀を薙ぐ挑戦者。
次の瞬間、挑戦者の刀はコテツの足によって踏み落とされた。
「「「「「足譚……?」」」」」
ギャラリーが呆然としながらそう呟く。
それはたしかに松林蝙也斎の……ひいては夢想願流の奥義である足譚だった。
そして刀を足で撃ち落とすのと並行して、挑戦者のこめかみに手刀を軽く当てるコテツ。
それは即ちいつでも目潰しができるぞという暗喩だった。
「また一本……だね」
それからまた距離をとるコテツ。
挑戦者が上段に構える。
コテツは相変わらず無構えのままだ。
構えを取れば次の瞬間の行動半径が制限される。
故に無構え。
あえて構えを取らないことで次瞬行動半径を全方位に最大にしているのだった。
上段に構えた挑戦者が一歩踏み出した。
上段からの斬撃のギリギリを見切りバックステップするコテツ。
しかしてコテツの予想より斬撃は長く伸びた。
片手面だ。
コテツは振り下ろされる刀を素手で掴むと同時に、腕をしならせ回転を生み、そして無刀取りの要領で相手の手から刀をすり抜けさせると、スポーンと上空へ刀を放った。
「…………」
呆然とする挑戦者の顔を見て、それからカランカランと音をたてて床に落ちる刀の残響を聞いて、それからコテツは言った。
「一本……だね?」
「はい。その通りです……」
刀を拾って一礼する挑戦者。
コテツは言った。
「踏み込みは速くなってるよ。ただし肉体に重きを置きすぎてるね。何度も言うようだけど識身一如を忘れずにね」
「ありがとうございます」
「うん。心なんて形而上のものじゃなくて識という形而下の感覚を支配する意図を忘れちゃ駄目だよ」
そうアドバイスして、また修練場の隅っこで煙草を吸い始めるコテツ。
そんなコテツにブレインユビキタスネットワークを介してコンタクトがとられた。
コンタクトを受諾するコテツ。
相手はサブシステム技術部のアビエルだった。
コテツは煙草を吸いながら思念で答える。
「あいあい。何でやしょ?」
「コテツさん。今どこに?」
「本社の五階……修練場ですけど?」
「ちょうどよかったです。しばし時間をもらえませんか?」
「あいあい。何でやしょ?」
「バーサスアースクの実験モデルを試してほしいんです」
「はぁ、それくらいならお安い御用ですけど」
「そうですか! では迎えを寄越しますので……」
「いえ、自分で行けますよ。二十六階でいいんですよね?」
「はい。では恐縮ですが御足労願います」
「そんな大層なもんじゃないですよ」
くつくつと笑うと、コテツは煙草を吸いながら修練場を後にした。




