コテツとハイト03
次の日の朝。
「兄さん。兄さん。朝ですよ」
立体映像のマイがベッドに寝ているコテツに声をかける。
「う、ううん……」
かけられた声を不快に感じ、コテツは寝返りをうつ。
「朝食はもうハイトさんが作ってくれていますよ! 早く起きてください兄さん!」
「う……マイ……?」
「はい。マイですよ」
ニッコリと笑う人工知能のマイ。
「そっか。マイは行方不明になったんだっけ」
「何度も確認しなくても、もう既にオリジナルはいませんよ」
「だよね……」
コテツは起きた。
同時に、
「朝食はできてるぞコルァ。早く起きろコテツ!」
エプロン姿のアーデルハイトがコテツのベッドルームに乗り込んできた。
「ハイト……なの?」
「俺が他の誰かに見えるってのか?」
「その俺様口調……ハイトだね」
「っ……! 俺様口調で悪かったな!」
「いや、逆に安心するよ」
「ふわぁ」
と欠伸をすると、コテツは言った。
「それで? ハイト……今日の朝食は?」
「サンドイッチにオレンジジュース。起きたのならさっさとダイニングに来い」
アーデルハイトはエプロンを脱ぎながらコテツのベッドルームから姿を消した。
おそらくダイニングに向かったのだろう。
コテツは背伸びをした後、コキコキと首を鳴らしてベッドから立ち上がった。
それから無手術の型を一通りこなした後、ダイニングへと向かうコテツ。
ダイニングテーブルには大量のサンドイッチとオレンジジュースが置かれていた。
コテツがダイニングテーブルの席に座りながら聞く。
「このオレンジジュース……市販の?」
「いや、俺が直々に産地直送させたオレンジを絞って作ったモノホンのジュースだ。ありがたく飲め」
「そうさせてもらうよ。いただきます」
一拍するコテツ。
続いてアーデルハイトが神に食事への感謝をしながら十字を切る。
そうやって朝食を始める二人。
そこに立体映像のマイが言う。
「今日は二人ともSCリーグの試合が入っていますね。ハイトさんは木星圏内での試合が一つ。兄さんは地球圏内での試合が一つ」
「うむ、相手はメタトロン。不足はない」
血気盛んにアーデルハイト。
「僕はパス」
だるそうにコテツ。
それからコテツは食事を終えると煙草に火をつけた。
スーッと煙を吸ってフーッと吐く。
そんなコテツの態度にカッとなるアーデルハイト。
「コテツは……また不戦敗になる気か!」
「まーそーだねー」
フーッと煙を吐くコテツ。
「早くまたAクラスに戻ってこい! お前がいないと張り合いがないんだよ!」
「まぁその内ね……。手に取るな、やはり野におけ、蓮華草……なぁんて歌もある。何事も自然に任せるのが一番さ」
そこにマイが口を挟む。
「しかして兄さん、ここで不戦敗になれば勝率が五割を切りますけど……」
「いいんじゃない? 勝率四割。十分さ。野球のバッターなら名選手だよ」
「兄さんがそう言うのなら私は止めませんけど……」
アーデルハイトが叫ぶ。
「お前は! いつになったら本気を出すんだ!」
「マイが帰ってきたら、かな?」
「…………」
沈黙するアーデルハイト。
それから気まずげにアーデルハイトは自身の金髪を弄りだす。
コテツが話題を切り替える。
「それより今日のニュースは何かある?」
「はい。やはりSCリーグ以外でですか?」
「ん」
煙を吸うコテツ。
「SCリーグ以外で主要というと……ああ、デンドロビウムのモノが一件。デビルズネクストのイオラニ支社にてクラッキングをかけたみたいですね。例によって置手紙をしたみたいで」
「電子怪盗デンドロビウム……か……」
煙を吐いた後、そうコテツは呟く。
電子怪盗デンドロビウム……それは今世間をにぎわせているゴシップの一つだ。
意図不明。
目的不明。
理由不明。
正体不明。
無い無い尽くしの電子泥棒だ。
主にシステム関連の企業を狙ってクラッキングをかけて作業の妨害及びデータの窃盗をする謎のハッカー。
そして最後に「デンドロビウム参上」と書置きを残して去っていくのが通例である。
「……イオラニ支社って……ここじゃん」
「はいな。もしかしたら今度の狙いはアッカーマンシステム本社かもしれませんね」
他意なくマイ。
「まぁ後ろめたいことがないのならデータ盗まれたって問題ないよね」
簡単にコテツに、
「何が問題ないだ! 大問題だろう! 俺の会社が荒らされるんだぞ!」
バンと机を叩いて抗議するアッカーマンシステム社の令嬢……アーデルハイト=アッカーマン。
コテツは煙を吸って吐く。
「電子怪盗デンドロビウムは特に問題のある事柄がなければ告発することはないんでしょ? 堂々としてればいいんだよ。それにまだアッカーマンシステム本社に狙いをつけているなんて決まったわけじゃない。第一アッカーマンシステムのクラッキング対策は万全なんでしょ?」
「それは……そうだが」
「なら後はアッカーマンシステム本社が狙われないことを祈るだけじゃないかな」
「それは……そうだが」
むぅと不満げに呻くアーデルハイト。
マイが話題を転換した。
「それより後三時間後にはハイトさんの試合が始まりますけどこんな悠長にしていていいんですか?」
「もうそんな時間か。木星軌道上まで二十分……戦闘空間まで三十分ってところか。とりあえずブレナムまで行かなければ……!」
「がんばれー」
覇気なくコテツは煙を吸って吐く。
それからアーデルハイトがドタバタと朝食の後片付けをすると玄関に立った。
それを見送るコテツとマイ。
アッカーマンはマンションの三十六階のベランダから躊躇なく跳び下りる。
しかしマイもコテツも慌てない。
空中でネックレスのペンダントを両手でつかんでアーデルハイトは呟いた。
「疾く在れ、オクトパス……!」
アーデルハイトが呟いた瞬間、アーデルハイトの全身を錆色の丸みを帯びた装甲が包む。
そしてその背中から八本の金属突起が生まれる。
アーデルハイトのアースク……オクトパスだ。
オクトパスは加速機能によって加速度を獲得し宙に浮かび、そしてマンションの三十六階まで上昇する。
全長十八メートルにも及ぶ錆色の甲冑を纏ったアーデルハイトがコテツとマイにブレインユビキタスネットワークを通して言葉を伝える。
「それじゃ行ってくる」
「がんばれー」
二本目の煙草を吸いながらそう送り出すコテツ。
「御武運を。ハイトさん……」
丁寧にそう送り出すマイ。
「うむ。俺の勝利を祈っていてくれ!」
アーデルハイトはオクトパスを繰って亜音速でシェルコロニーたるイオラニの対宇宙スペースへと飛んでいった。
大気のあるところではアースクは最大でも亜音速でしか飛べないのだ。
「行ったな……」
「行きましたね……」
コテツとマイはそう言い合った。
「それで……兄さんは今日どうされるのですか?」
「うん? そうだなぁ……。アッカーマンシステム本社の修練場にでも行こうかしらん」
「なるほど」
マイは納得した。




