エピローグ
結局コテツとヒルダ、アルファとヴォルフガングの試合は引き分けということで決着がついた。
そして数日後。
コテツは現在、煙草を吸いながら自宅でボーっとしている。
ブレインユビキタスネットワークを通じて自身のブログを覗いてみるとコメント欄が荒れに荒れていた。
曰く、
「アルファちゃんのために負けろよ」
というものだった。
アイドル……アルファ=アストラルのファンによる抗議行動だった。
それからコテツはネットの動画サイトに飛んでアルファ=アストラルのコンサートの様子を見る。
合奏団を背後に控え、アルファが歌っているところが映っている。
その動画を見ながらリズムを取っていると、
「楽しそうだな」
と声がかかった。
コテツは自身の視界にしか映らない仮想ディスプレイを閉じて、ダイニングに直接つながっているキッチンにいるアーデルハイトに言う。
「うん。アルファのコンサートの動画を見てたんだ。さすがに高音はよれない。低音は沈み過ぎない。良い歌声だね」
「お前! あんな奴がいいのか!」
アーデルハイトは焦ったようだった。
「誤解だよ。ただ単にアルファも頑張ってるんだなぁってさ……」
「アイドルに目を曇らせたわけじゃないんだな?」
「それこそまさか。僕が好きなのは今も変わらずマイだけだよ」
「むう……喜べばいいのか落胆すればいいのか?」
「ハイトも僕に見切りをつけてもいいんだよ?」
「そんなわけにもいくか。俺はお前に惚れてるんだ! うぎゃー恥ずかしい! こんなこと言わせるな馬鹿!」
「自分で勝手に言っただけじゃないか……」
煙草をスーッと吸って紫煙をフーッと吐くコテツ。
「コテツ、茶が出来たぞ。煙草を消せ」
「アイアイ」
コテツはくわえていた煙草を灰皿に押し付けて鎮火する。
それからコテツはアーデルハイトの用意した紅茶を前に香りをかぐ。
「地球産のものか。うん、香り高い……」
「嗜好品にかけちゃ地球は群を抜いているからな。お前の吸ってる煙草然り……な」
「やっぱり自然の土壌で育てられたものが一番の栄養になるんだね」
「まぁテラフォーミングした土壌ではどうしても偏りが起こるからな」
「最近は火星の紅茶も見直されているところだけど……やっぱり地球産には追いつかないなぁ」
一口飲むコテツ。
「ああ……いい味」
紅茶を堪能していると、コテツの視界にコンタクトの可否の仮想パネルが現れた。
相手はヒルダ=ニュートンだった。
コンタクトを受理するコテツ。
「こんにちは。何でがしょ?」
「ごきげんようお兄様。遊びに来ましたわ。マンションのロックを開放してください」
「アイアイ」
コテツは紅茶を飲みながらマンションのシステムにアクセスしてロックを開放する。
同時に玄関の自動ドアがウィーンと機械音を発してスライドする。
それからバタバタと足音が聞こえて、
「お兄様!」
そんな快活な声がダイニングに響いた。
「やっほーヒルダ……」
紅茶を飲むコテツ。
「げ……! 負け犬……!」
そして口をへの字に歪めて嫌がるアーデルハイト。
「随分なご挨拶ですね、泥棒猫」
「今俺とコテツは二人きりでのティータイムなんだよ。邪魔が入ればいい気持ちはしないのが当然だろうが」
「じゃ、あなたはもう要りませんので出ていきなさいな。ここから」
「要らないのはお前の方だ! コテツの愛はマイと俺だけのものだ!」
「いいえ。マイとヒルダのものです」
「今のところマイだけのものだけどね……」
「コテツは黙ってろ!」
「お兄様。お静かに」
「……はーい」
割って入るの野暮だと思ったのかコテツは素直に言った。
それからワーギャーと言い争うアーデルハイトとヒルダを横目に、立体映像のコンスタンスに声をかけた。
「先生……」
「何だわさ?」
「この世界には魔術が実存するんですよね?」
「前にそう言ったわさ」
「だったら魔術で人を生き返らせることは出来ないんですか?」
「できるっちゃできるけどいくつか制限がつくだわさ。当人そのものを生き返らせるには多大な入出力が必要になるのよ。それだったらマイと瓜二つのアンドロイドを用意してそこにマイの人工知能をインストールした方が都合がいいだわさ」
「さいで」
そこに黒髪ショートの美少女、マイ=ナガソネが声をかけてきた。
「兄さん、もしかして私の事を……」
「……うん……まぁね。生き返らせられたらいいなぁって……」
「……その言葉だけでも嬉しいです。でもマイはもう死んだ人間です。兄さんの足かせにはなりたくありません」
「足かせ、ね。誰かを大事に想うってことがこんな呪縛になるなんてね……」
「兄さんはもう兄さんの人生を歩んでいいんですよ?」
「それはもうちょっと待って。僕にはまだマイが必要なんだ」
「……はい。無茶を言いました。ごめんなさい」
「マイは悪くないよ。悪いのは僕の方だ。僕が弱いから、まだマイなんて幻想に浸っている……」
「でも兄さん、それは……!」
「うん。まぁね。裏があれば表もある。僕はマイのために強くなるって決めたんだ。マイを心に残すために人生を精一杯生きようって決めたんだ。それは……きっと《いいこと》だから……」
「はいな……」
咲く花のように笑うマイ。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し……か。重荷ってわけじゃないけどマイを負って僕は生きるよ」
と、そこで、ワーギャー言い争っていたアーデルハイトとヒルダが割って入った。
「なら俺がその荷を支えてやる!」
「ヒルダがお兄様の支えになります!」
二人は互いを睨みあう。
「ありがとう。二人とも。でも僕は……」
とコテツがそこまで言った直後、ピンポーンと玄関ベルが鳴った。
「ん? 誰だろう?」
コテツはマンションのシステムにアクセスして玄関ベルを鳴らした相手を見る。
それは茶色にパーマのかかった髪をしたブランド服で固めた美少女……アルファ=アストラルだった。
「…………」
コテツは無言で玄関を開けた。
そしてアルファがコテツの自宅に入ってくる。
「ハロー、マイナイト。引越し蕎麦を届けに来ましたわ」
「引越し蕎麦?」
「ええ、今日からこのマンションの三十六階三号室はわたくしのモノになりました。故に引越し蕎麦をお持ちしましたわ」
「そりゃどうも」
「いいええ。マイナイトのためですもの」
「何で僕がナイトなのさ?」
「アンチドレイクに襲われたわたくしを庇ってくださったじゃありませんの。わたくし、いと感動しましたわ……。マイナイト……」
と、そこに、
「誰がお前の騎士だ! コテツは俺のモノだ!」
「違います! お兄様はヒルダとマイのモノです!」
「十把一絡げがなにか言ってますわね」
ワーギャー騒ぎ出すかしまし娘。
それを見守るコテツとマイとコンスタンス。
「しかしコテツ……」
コンスタンスが言った。
「誰彼に愛されすぎるな……」
「超光速で逃げたい気分です……先生……」
コテツは紅茶をすすった。
ちょうど時間と相成りました。
これにて「超光速機アースク」閉幕にございます。
如何でしたでしょうか?
お帰りの際にコメント等残していっていただければ幸いです。




